物語になりたかった子たち

茶々瀬 橙

ジャンル別(間違っているかも)

恋愛・恋仲・恋情

失恋

 一年間思いを寄せ続けたあの先輩には、好きな人がいるらしい。噂話なら突っぱねられたかもしれないのに、突っ込んで玉砕したわたしにはもう成す術なしだ。

 泣いてやるのも癪だったから、幼馴染みのあいつを巻き添えにケーキバイキングへ攻めこんだ。この一年応援し続けてくれたからそのお礼も兼ねて、と建前では言ってみせたが、あいつもそれが後付けの理由であることには気づいていると思う。

 その証拠に、ケーキをほとんど取らずに自分は優雅にコーヒーなんか飲んじゃって、そのうえ呆れたように、

「そんなに食うと、太るからな?」

 とか意地悪なことを言ってくる。この一年間の優しさはどこへ落としてきた。せっかく奢ってやるんだ、もっと他に言葉はないのか。それともあれか、優しさストックが尽きたのか。まったく、懐の小さい男だ、逆に奢らせてやるぞこの野郎。

 とそんな思いを詰め込んだ視線を送ったら、あいつはおー怖っ、とまったく心のこもらない言葉と表情でもって、ハンズアップした手をひらひらと揺らす。

 むしゃくしゃしたので、フォークにぶすりと刺したケーキをまるごと一つ、前に座るあいつの口につっこんでやった。油断していたのか、避けること叶わず口の周りをクリームだらけにしてもごもごと声にならない声を出す。うひゃひゃ、いい気味だ。

 そう思っていたのに、思いの外あっさりと口一杯だったはずのケーキを飲み込んで、ご丁寧にペーパーで口の周りのクリームを拭き取って、それから淡々と言う。

「ふむ、間接キスだな」

 こいつ、馬鹿なのか? わたしには好きな人がいるっていうのに、そんなことを言ってくるとは、気味悪いな。

「だけどもう、いないだろ?」

「そういう問題じゃないでしょうが」

 もう一個突っ込んでやろうかと、ケーキへフォークを突き立てたところで、あいつはまた呆れたような表情になって、溜め息をつく。

 そしてビシッと、何も刺さっていないフォークをわたしに差し向けてきた。

「そういう問題だよ。ったく、馬鹿はどっちだ鈍感女」

「ど、どういう意味よ」

 何それ、先輩に好きな人がいるの、あいつは気づいていたっていうわけ? それなのに黙って、わたしが失恋するの見ていたってこと?

 優しくしてくれたの、全部嘘で、裏でわたしのこと嘲笑っていたってこと?

「そうじゃねえよ……」

 あいつは首を振って、右手で自分の顔を覆う。そしてまた溜め息。けれどそれで何かを諦めたのか、すっくと立ち上がった。

「くそっ、大失恋パーティーだこんちくしょう」

 吐き捨てるように言って、あいつはようやくスタスタとケーキを取りに行った。

 な、なに、どういうこと、あいつも失恋してたの? それならそう言ってくれればいいのに……。なんだ、そうなのか。それならわたしも、寛大な心でさっきまでの言動を許してあげようじゃないか。

 ちょっとだけ気分もよくなって、わたしはパクリ、一口サイズに切ったケーキを口に放り込んだ。んむ、これで両者ともに間接キスだ。

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