ひみつのロリポップ

新吉

第1話

 さつきちゃんは私の担任しているクラスの子ではなかった。イラストクラブの活動で一緒だった。小学校にあるベンチでいつも何か絵をかいていて、どこかみんなから浮いていた。話をするのも好きだけれど、想像するのが好きなようで話がいろんなところへ飛ぶ。クラブの中では楽しそうにしているから、まさかクラスでいじめにあっているとは思わなかった。はっきりそう言うわけにもいかない。なぜなら本人があまりいじめられていると思っていなかったからだ。無視されたり、ぶつかられていたり。


 その日担任の先生に用事があって職員室に向かう途中なんとなく教室を通りすぎる。さつき邪魔とか汚いとかうるさいと暴言が聞こえてきた。ガラッと戸を開けると○○ちゃんが机に出ていたボンドを彼女につけようとしていた。前の授業が工作の時間だったのか。



「あれ、担任の先生いない?」


「いないよ?」


「そうなの、ごめんね」



 あとでクラブで一緒の時、話を聞いてみた。



「さつきちゃん」


「先生、あのねこの絵ね」


「さつきちゃん、先に先生のお話してもいい?」


「いいよ、どうしたの?」


「休み時間〇〇ちゃんに邪魔って言われてたでしょ」


「うん、ジャマだったんだろうね」


「いやだなあって思わない?」


「ジャマだったんだろうし、何がいや?」


「いやじゃないなら、いいの」



 彼女と話をすると驚くことばかりだった。気にしないというのはすごいな。集中するとはこういうことなのかと。


 後日担任の先生が道徳でいじめの話について授業をしたらしい。見ているだけだった子や、ガキ大将までいろんな子に謝られたらしい。さつきちゃんは何であやまるの?と言ったらしい。担任の先生ともお話をしたが、彼女はたいしたことじゃないと思ってる様子だった。担任の先生と仲良くなり、さつきちゃんの話をよく聞けるようになった。道徳の時間以来、そういう雰囲気はクラスにないという。いじめとして扱われることはなかった。

 

 自分の都合で引っ越すことになり、さつきちゃんの学校をやめることになった。文通するきっかけは彼女の母親からの電話だった。



「家でさつきがあなたのことをよく話すんです。よかったら仲良くしてやってください。失礼でなければ…」


 私はいじめの話を母親へ伝えた。彼女も知っており、友だちが少ないことを悩んでいた。さつきの方が悪いんです。さつきだけが悪いわけじゃないけれど、そうはっきりとお母さんは言った。さつきちゃんは話すのは好きだが、それを文章にするのが苦手だった。その練習にもなったらと。もちろん断ってくれてもいいと。私はいいアイデアだと思った。文章を書くのが嫌なときは絵をかいてもいい。イラストクラブで彼女の絵をいつも見ていたが、とても丁寧にかくのだ。かいているとき彼女は途端に無口になる。集中したさつきちゃんの作品は何度か賞をもらっている。


 はじめの手紙は私から書いた。



 さつきちゃんへ

 引っこすことになりました。先生の住所です。何か困ったことや話したいことがあったらいつでもお手紙にかいてね。書けないときは絵でも大丈夫だよ。


 すぐ返事がきた。



 先生へ

 お手紙がんばって書きます。書けないときが多いかもしれない。今日も絵をかきます。


 そうして同封された絵にはお別れの時に一緒に写真に撮った自分の似顔がかかれていた。とても嬉しかった。私は新しい田舎の町の話や、さつきちゃんがハマっているものの話など手紙のやりとりはしばらく続いた。やっぱりさつきちゃんは話しているときのようには文字には起こせなくて、イラストだけの日もあった。絵はどんどん上達した。画家さんになりたいという夢はすぐにでも叶うと思う。

 そうして何度もやり取りを重ねた。だいたい一月に一通ずつ多いときで二通、だんだんと頻度が減っていき、ついには一年に一度お正月にハガキを送るだけ。それもそのうちなくなった。私も子育てに夢中でしばらくさつきちゃんのことを思い出すことはなくなっていった。


 夏の終わり、秋が顔を出し終えて、次は体だぞと身を乗り出している頃。新聞の他に手紙がポストに入っていた。



 先生へ

 お久しぶりですね。肌寒くなってきましたがお元気ですか?あいかわらず手紙の挨拶が苦手です。

 いつかのお手紙で『サヨナラ、小さな罪』というマンガの話をしたのを覚えていますか?当時の私の好きだったマンガや絵を先生に送りつけて困らせていたんじゃないかと今になると思います。そのマンガを読み返したのですが、アルバムをみながら思い出とケンが踊るシーンで私は先生のことを思い出しました。(あの後ケンは思い出にひたって片付けが中途半端になりました。私と一緒)小学校のアルバムを引っ張り出して思い出と踊りました。先生の手紙が入った缶を開けて、一つ一つを読んでいるうちに懐かしくてお手紙を書こうと思いました。

 あの頃先生がよく言っていた『あいさつ』をなんとか頑張っています。明るくいつもさわやかに続けて。さわやかさはなくなる年頃になってきましたが。

 今だからいえるのですが、先生に謝らなくてはいけないことがあります。実は先生へ手紙をかくのは大変でした。話す内容が思いつかなくて絵ばかりかいていました。先生も褒めてくれるので楽しかったんですよ。でもどうしても文章が苦手で、すいません先生、ずっと謝りたかったです。

 先生に相談したいことがあります。私だけ高校の卒業制作、何を作るのか決まっていません。何かいいアドバイスはありますか?

 さつき


 さつきちゃんから、初めて相談事のお手紙が来た。私はいろんな卒業制作を調べて、きっと美術部なんだろうなと想像しながらアドバイスをした。さつきちゃんの好きなものと、高校で学んだことを絵にしてみたら?中学の頃の絵は少ないから今どんな絵をかくのか気になります、と。話す内容がないうんぬんはもうとっくに知っていた。


 さつきちゃんからの返事はすぐに来た。やってみます、うまくできたら先生にも写真送りますねと。私のポストの中の小さなさつきちゃんが知らないうちに大きくなった気持ちがした。


 しばらくして届いた手紙の内容を読む前に写真に気づき、驚いた。キャンバスの下にタイトルが入っている。タイトルはひみつのロリポップ、というそうだ。可愛いタイトルと絵のギャップがすごい。ロリポップとはペロペロキャンディのことをいう。大きな舌と飴がいっぱいに描かれていて、動画でもないのにものすごくゆっくりとなめている様子がわかる。きっとこのあとくわえるのだろう。ロリポップの柄もすごい、表現力がない私も悪いが、いろんな柄が敷き詰められていてとにかく体には悪そうだ。



 先生へ

 秋が深まり寒さが増して、今から冬の心配をしています。冬は寒いので憂鬱です。

 さて、先生にアドバイスをもらって絵を完成させました。美術部の先生には褒められましたが、驚きましたよね?きっと先生は私のことを嫌いになったんじゃないかなと思います。

 私は、きっとみんなもひみつを抱えて生きていると思っています。甘い砂糖でコーティングしてもなめているうちに剥がれてきて苦いようなひみつまでも中から漏れてくる。口の中に隠して、だんだん溶かして、ゆっくり自分の中に染み込ませて。

 こどもの頃と違って中高とクラスに馴染むように生活出来るようになりました。いろんなことに気を使って、好きなことだけして生きていくことはできないことも分かりました。

 そんなときに片付けをして小学校の時の自分と先生との文通を思い出して、アドバイスをもらって、美術部の顧問の先生と相談してかきました。卒業制作は無難なものをかこうと思います、先生は美術部に名無しで飾ってくれるそうです。だけど卒業したら思い切り好きなことしてやると決めました。

 ありがとうございます

 さつき


 私はさつきちゃんへ手紙をかいた。会いたい、あなたのお話を聞きたい。一人の女の子の決意までの道のりを妄想しながら、だけどそれは私の妄想でしかない。私の記憶のさつきちゃんは小学生の姿で止まっている。

 本人に勝手な妄想をしていたことを見抜かれていた。今さつきちゃんは誰かに嫌われることがいやなんだ。クラスでの平和を守っている、小学生の頃とは違うんだ。変に目立つ、周りと違うことをするだけで排除しようとする、どうしようもない世の中を生きるのは大変だ。だから隠す。ひみつのロリポップを大事になめて、それを時に噛み砕いたりするんだろう。ロリポップのいろんな模様の中には可愛い柄も混じっていた。集中してかいただろう細かい線が綺麗で、絵を続けようとしていることがとにかく嬉しかった。

 さつきちゃんこそ私が老けたこと忘れないでねと付け加えた。冬は私も嫌いなので寒くなる前に旅行に、さつきちゃんに会いに出かけたいと思う。さつきちゃんがオーケーしてくれたら懐かしい故郷へ。私もやっと帰ってみようと思えた。オーケーしてくれなかったら?私はやっぱり迷うのだろう。

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