遥か星羅征く蒼き舟よ

サヨナキドリ

第1話 星降る夜明けに

「少し、いいか?」

「イノ?どうしたの?私もいまパネルを敷き終わったところだけど」


 俺の問いかけにセカは額の汗を拭きながら応じた。今日は地球人が総出で光発電パネルを敷き詰める日だった。汗をかくほどの肉体労働をするなんて、何世代ぶりなんだろうか?


 セカは俺の幼なじみだった。この広い星の、狭い世界で、俺とずっと一緒に生きてきた女の子だった。


「今日の夜、一緒にいられないか?」

「今日の夜って、ええっ!?いや、『夜明け』だよ!?なんで私と!?」


 目を丸くして驚くセカ。俺は、ゆっくりと、何日も考えてきた言葉たちを選びながら言う。


「夜が明けた時に、最初に見えるのがセカだったらいいって、そう思ったんだ」


 セカは頬をかきながら大声で笑った。


「あはは!イノってば、それじゃまるっきり愛の告白だよ」

「……ごめん」


 俺が謝るとセカの眉が少し下がった。セカが何か言おうと息を吸ったが、その前に俺の言葉が割り込んだ。


「俺もいろいろ考えたけど、それ以外の意味の言葉にならなかった」


 もう一度、セカは目を丸くした。口を両手で覆って、それから何かが崩れるように涙が溢れ出した。そんなセカを俺は抱き寄せた。


「一緒に夜明けを見よう」




 夜は暗いし、ひどく寒い。


「……お待たせ」


 アルミニウム製のコートを羽織ったセカが家から出てきた。俯き加減で、いつもほどの元気はない。俺は黙ってセカの手を握った。セカがビクッと肩を震わせる。


「行こうか」


 そう言って俺はセカの手を引いた。


 とはいえ、行き先は空さえ見えるならどこでもよかった。


「昔はさ」

「うん?」


 目星をつけていた、小高い丘の上。手ごろな岩に腰を下ろすとセカが話し始めた。


「寒いときに息を吐くと、息が白くなったんだって」

「なんで?」

「息には水蒸気が含まれているから。それが冷やされて凝集して」

「じゃあ、いまは水蒸気が含まれなくなったのか。」


 そう答えると、セカは黙って空を見上げた。俺もそれにならう。離れていても心音が聞こえるような沈黙が俺たちの間に流れた。黙って、同じ空を見て、同じことを考えている。待ち望んでいるのだ。『夜明け』を。きっと、この地球にいるすべての人が同じだろうけれど、俺の一番近くにいるのはセカだった。


「きた」


 小さな声でセカが言った。その声で、今みたものが本当だと分かった。空の頂上から一筋に流れる星、流れ星。空はわずかな沈黙のあと、またひとつ星を落とした。ひとつ、ふたつ、瞬きする間も無く数がふえ、流星が天球と視界を真白に埋め尽くした。まるで星が降る音が聞こえるようだった。


「おおっ!」


 思わず俺は立ち上がっていた。自然と口角が上がる。眩んだ視界が意味を取り戻すころ、引き寄せられるように俺は隣を見ていた。そして、セカと視線が交わって、俺は自分の選択が間違っていなかったことを知った。10年ぶりの天然の白色光の下で見るセカは、何よりも美しかった。



 地球が迎えた仮初の夜明け、絶え間なく降り注ぐ小惑星が照らし出す『カイパーの朝』。地球は、エッジワース・カイパーベルトに突入したのだった。年老いた、母なる太陽を見捨て、第三宇宙速度で地球が航行を始めてから、10年が経ったころのことだった。

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