第21話 秘策
成瀬たちが完全に立ち去った後、翔太は学校の敷地を隔てるフェンスに歩み寄る。
すると、
「新野くん!」
フェンスを設置する基礎ブロック塀に身を隠していた、制服姿の海玲が翔太の前に姿を現した。
海玲の顔は、涙に濡れていた。
それだけ彼女を心配させてしまったことを気に病みながらも、翔太は訊ねる。
「動画、ちゃんと撮れてる?」
海玲はコクコクと首肯し、その手に持ったスマホに映る、まさしく先程翔太がイジメられていた動画をこちらに見せた。
「それなら、よかった……」
腹を殴られすぎたせいか、立っているのがつらくなり、その場にへたり込んでしまう。
「新野くん! ごめんなさい……ごめんなさい! わたしが〝あんなこと〟を言ったから……!」
懺悔するように、涙ながらに、海玲は謝罪する。
〝あんなこと〟とは、昨日海玲が、
『安心して、新野くん。もう二度と、〝あんな人たち〟に新野くんをイジメさせたりなんかしないから』
そう言った後に提案してきたことを指した言葉だった。
その提案とは、海玲が一人で成瀬たちに接触し、挑発することで彼らを怒らせて暴行を受け、それを翔太が隠れて撮影し、インターネットに配信することで、成瀬たちを学校にいられないようにするというものだった。
当然、翔太はその提案を却下した。
自分のために海玲が傷つくなど、許容できるわけがなかった。
だから翔太は、海玲の提案をもとに代替案を提示した。
『新野の分際で恥かかせやがって……てめぇ、明日は絶対に学校に来いよ』
昨日成瀬にそう言われた時点で、今日のイジメがひどいものになることはわかりきっていた。
わかりきっていたから、事前にスマホを設置してその様子を撮影すると、あくまでも自分一人で実行すると、翔太は言った。
しかし、海玲は折れなかった。
当然、翔太も折れなかった。
なぜなら互いに、相手が傷つくところを見たくなかったから。
このままでは平行線を辿るだけなので、互いに絶対に譲れない部分を話し合い、折衷した結果、イジメられるのはあくまでも翔太であること。動画を確実に撮るために海玲が手ずから撮影することで落着した。
なお海玲は、このためだけに仮病をつかって学校を早退し、翔太のもとに駆けつけてくれた。というよりも、翔太がいくら止めてもやると言って聞かなかった。
校内を盗撮しているところを誰かに見られたら、最悪警察に補導される恐れがあることを承知した上で。
そしてそのことが父親に知られたら、それこそ海玲の方がひどい目に遭うことを覚悟した上で。
だから、そこまでしてくれた彼女に謝られる道理はなかった。
むしろ、
「謝らなきゃいけないのは僕の方だよ。夏木さんに、こんな危険なことさせて……」
「ううん……! 新野くんの危険に比べたら、わたしなんて……!」
ポロポロと零れた涙が、地面に染みをつくる。
つくづく想う。
あらためて想う。
やっぱり僕は、夏木さんのことが好きだ。大好きだ。
僕
だから今度は、僕が彼女を――
「そ、そうだ……っ」
突然海玲が声を上げ、翔太は我に返る。
「今の動画、SNSに上げるけど……いいん、だよね?」
「いいも何も、ユーチューブの方じゃもうすでにライブ配信済みじゃあ……」
「あぅ……そうだけど……」
それでもやはり、海玲は翔太に断りを入れておきたい様子だった。
「……わかった。僕の方からお願いするよ、夏木さん」
「! う、うん!」
それから海玲はスマホを操作して、ツイッターを中心に、SNSにイジメの動画を投稿した。
「後は
「……そうだね」
翔太の顔もばっちりと動画に映っているからか、それとも翔太がイジメられている様をネット上に配信することに罪悪感を覚えているのか、海玲の相槌はどこか暗かった。
(気に病むなって言う方が無理な話だよね……。実際、褒められたやり方じゃないし)
自分がイジメられている動画をネットに流し、
心中の独白どおり、褒められたやり方ではないことはわかっている。
(けど……)
翔太は思う。
周りにイジメを止めてくれる人間が誰もいない状況で、いったいどうすれば、褒められたやり方でイジメを止めることができるのかと。
外野がどれだけ綺麗事を並べたところで、イジメは止まらない。
道徳だなんだと言ったところで、イジメる側が止まってくれることはない。
だから、止めるなら、こんなやり方をとるしかない。
そう思えてならなかった。
「夏木さん……あんまり長居しすぎると危ないから……」
海玲はコクリと首肯を返す。
「新野くん……その……気をつけて」
「うん。学校はまだ終わってないからね。夏木さんも気をつけて」
「うん。わかってる。さすがに、もう家に戻っておいた方がいいかもだし。……それじゃあ新野くん。また、LINEで」
翔太が首肯を返したところで、海玲は気遣わしげに何度もこちらを振り返りながらも去っていった。
彼女の背中が見えなくなったところで、翔太は大の字になって地面に寝転がる。
「いて……いてて……」
殴られた腹の痛みに顔を歪める。
口腔に充満する
「本当に、これで終わってくれたらいいんだけど……」
まずは、動画がバズらないことには話にならない。
バズらなかった場合は、海玲が匿名で水無月学校にイジメの動画を送りつけると言っていたが、これに関してはたいした効果は得られないだろうと翔太は思う。
なぜなら、それくらいで対処してくれるような学校だったら、翔太が相談した時点でイジメを止めるためにとっくに動いてくれていたはずだから。正直、動画を送りつけたところで、隠蔽される可能性の方が高いとさえ思っている。
兎にも角にも、後は果報を寝て待つしかない。
けど、できれば、これでイジメがなくなればといいのにと切に願う。
こんなつらい思いをするのは真っ平だという思いは、勿論あるけれど、
「夏木さんがあそこまでしてくれたのに、もし何も変わらなかったりしたら……さすがに恨むよ、神様」
無神論者のくせに、こういう時だけ神様にケチをつける。
けれど、もし海玲の頑張りに報いないような神様なら、それこそケチをつけるだけじゃ済まさないと翔太は思う。
もし仮に、上手くいってイジメがなくなった場合は、今度は成瀬たちがひどい目に遭うことになるかもしれないが……さすがにこればかりは、翔太といえども同情する気すら起きなかった。
しばらく休んだところで、翔太は立ち上がる。
腹を殴られまくった上に吐いてしまったせいで、食欲は完全に死滅していた。
「もういっそのこと、夏木さんみたいに早退しようかな」
むしろ、名案なのではないかとさえ思う。
成瀬たちが学食に行っている間に早退すれば、今日のところはもうイジメられずに済むし、その方が海玲を安心させられる。
そう思った翔太は早退の手続きをするために、職員室を目指してヨロヨロと歩き出した。
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