第19話 成瀬陸斗
あの後、成瀬たちは電車に乗って自分たちの町に帰っていた。
イジメをするにしても、自分の手で対処できないレベルの
今回もその処世術に従って、あの場は撤退したが、
「さすがに、むかつくな」
電車を降りながら、加藤と広田に言う。
「新野のくせに生意気だったよな。彼女がいたことも含めて」
「明日朝一に、俺が黒板にアーティスティックに晒そうか?」
広田の申し出に、成瀬は「いいや」とかぶりを振る。
「あの女、見たとこ中坊っぽかったからな。同じ学校にいねぇんじゃ面白みがねぇ。それに、そんなことしても加藤が惨めになるだけだしな」
「成瀬……わかってくれるのは嬉しいが、言葉にするのはやめてくれ」
遠い目をする加藤の肩を、広田は優しく叩く。
それから三人は、明日は新野で何をして
一人家路についていた成瀬は、新野のことを思い出す。
新野をオモチャとして目をつけたのは、本当にただなんとなくだった。
なんとなく、こいつはオモチャにしても何も言わないだろうと、多少やりすぎても
これほど愉快なオモチャは、そうはない。
だから、周りにバレないよう気を遣い、すぐには壊れないよう多少以上はやりすぎないよう気をつけた。
殴る時は、大怪我をさせないように。
物を捨てる時は、足がつかないように。
金を奪う時は、警察に相談しにくい額になるように。
末永く
そのオモチャに、あろうことか彼女がいた。
それどころか、彼女のために刃向かってきやがった。
「許せるわけねぇよなぁ、新野」
嗜虐的に口の
「オモチャのくせに、俺に楯突きやがってよぉ」
明日は、ちょっとくらいやりすぎてもいいだろう。
大事になるかならないかの微妙のラインで
日常を潤すには、偶にはそういうスリルも必要だ。
そんなことを考えている内に、自宅に到着する。
成瀬の家は、紛うことなき豪邸だった。
敷地面積は東京ドームほどもあり、どこの城だと言わんばかりに物々しい門を抜けてから純和風の本邸にたどり着くまで、それなりに歩く必要があった。
大手警備会社の社長を務めている成瀬の父――
警備会社とはいっても社長なんだからそこまで鍛えなくてもいいだろ――と、常々思わされる筋骨隆々の体躯と、警備会社よりも殺し屋をやっていると言われた方が余程しっくりくる凶悪な面構えが特徴的すぎる父親を前に、さしもの成瀬も気後れしてしまう。
今から取引先と会う約束でもしているのか、似合わないにも程がある上等なスーツに身を包んでいた。
専属の運転手が車を用意するのを待っていた弘造が、こちらに気づき、話しかけてくる。
「帰ったか。
「あ、ああ」
「飯はもう食べてきたのか?」
「ダ、ダチとファミレスでな」
などと話している内に黒色の高級セダンが、弘造の目の前に停まり、車から降りた運転手がドアを開ける。
「ファミレスか。今から堅苦しい会食をせにゃならん俺からしたら、羨ましい限りだな」
冗談とも本気ともとれる物言いをしながら、弘造は車の後部座席に乗り込む。
続けて、運転手が後部座席のドアを閉めようとするも、弘造は片手で制し、
「いつも言っているが、今のように補導されかねん時間帯に出歩く程度のヤンチャならばいくらでも目を瞑ろう。だが……」
弘造の双眸が底光りする。
ボクシングをちょっと囓った程度では、この父親には絶対に勝てないと確信させられる鋭い眼光を前に、知らず息を呑んでしまう。
「いきすぎたヤンチャをした場合は……わかってるな?」
「あ、ああ。勿論だ」
「ならいい。頼む」
最後の言葉は、運転手に向けられたものだった。
短い言葉だけで全てを承知した運転手は、後部座席のドアを閉めるとすぐに自身も運転席に乗り込み、すぐさま車を発進させる。
車が離れていき、門を抜けて見えなくなったところで、成瀬は疲れたようなため息を吐き出した。
「わかってるよ、親父。
弘造は知らない。
自分の息子が、イジメといういきすぎたヤンチャをしていることを……。
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