第10話 〝また〟ね
クレーンゲーム店の外に出た翔太は、今さらながら海玲の手を握ってることに気づき、飛び跳ねそうになる。
「ごごごごごごごごごめん! 夏木さん!」
慌てて手を離し、流れるように平謝りする。
その一方で、頭の中では「夏木さんの手、ちっちゃかった」とか「柔らかかった」とか「僕の手、すごい汗ばんでるけど夏木さん嫌じゃなかったかな?」とか考えてしまうのは、男の
「わ、わたしの方こそ……なんか、色々とごめんなさい。でも……」
いまだ真っ赤になっている顔を、湯気が出そうなほどにさらに真っ赤にしながら、海玲は空いた手でずっと握り締めていたクレーンゲームの景品――ウサもんストラップを翔太に差し出した。
「新野くんは『僕なんかとお揃いでいいの?』なんて言ったけど……違うからっ。『新野くんだからいい』って思ったから……あの……その…………」
もらってほしい――最後のその一言を言うのが恥ずかしいのか、海玲は口の中をモニョモニョさせていた。
さすがに翔太も、女の子にここまで言わせてなお「僕なんか」と言うほど、ヘタレではない。
だから。
正直嬉しさ以上に恥ずかしさが強いけど、意を決してストラップを受け取った。
そして、
「……わかった。ありがとう、夏木さん。大切に使わせても
――噛んだ。
おそらくは、今日一番大事な場面で。
顔はおろか全身が紅潮していくのが、はっきりと感じ取れた。
穴があったらどころか、いますぐ穴を掘って隠れたい気分だった。
「……っ。ふふふ……」
本気で自殺を考えた自分がこんな表現をするのもアレだが、今すぐビルの屋上から飛び降りたい気分だった。
「ご、ごめんなさい……! ごめんなさい、だけど……っ……」
やっぱり堪えきれなくて、海玲は笑ってしまう。
(あぁ……でも……)
こんなにも海玲が笑ってくれるなら、それはそれで良いかもしれないと翔太は思う。
魔が差して自殺を考えた自分よりも、おそらくはもっと本気で自殺を考えていたであろう海玲が、今こうして楽しそうに笑っている。
それだけで翔太も楽しくなってくる。嬉しくなってくる。
とはいえ、
「『にゃ』って……新野くんって、猫ちゃんだったんだね」
「やめて夏木さん!」
やっぱり穴を掘って隠れたい気分の翔太だった。
「ふふふ……ごめんなさい」
笑いすぎて目尻に溜まった涙を拭いながら、海玲は謝る。
「いや、別に謝ってもらうほどのことでもないけど……」
翔太は、わざとらしく拗ねたように言って……ふと気づく。
「そういえば、今日の僕たちって謝ってばかりだよね」
「言われてみれば……そうかも」
謝罪の多さが生来の気質によるものなのか、それとも、イジメとDVを受け続けていることが起因しているのか。
いずれにせよ、あまり褒められたものではないと思ったのは、翔太も海玲も同じのようで。
「〝次〟からは、気をつけるようにしないとね」
「そうだね」
翔太の口から自然と〝次〟という言葉が出てきて、海玲もまた自然と相槌を打つ。昨日のことを思えば、それがどれほど大きなことなのかを自覚していた二人は自然と笑みを浮かべ、〝次〟という希望を見出せたことに感謝と喜びを抱いた。
「夏木さん、ありがとう」
その思いを、そのまま口にする。
「ううん。それはこちらこそ、だよ」
それだけで全てが通じ合うような、不思議で、心地良い感覚だった。
「それじゃあ、先に帰らせてもらうね。もっと新野くんと遊びたいけど、さすがにもう時間だから」
先に帰らせてもらうね――とは、言葉どおりの意味だった。
翔太も海玲も、異性と一緒に帰っているところを見られたらまずい人間がいる。
だからこの場でお開きにして、海玲が先に電車に乗って帰った後に、翔太も電車に乗って帰るという形をとることに決めていた。
「〝また〟ね。夏木さん」
「うん。〝また〟ね。新野くん」
二人にとってはこれ以上ないほどに希望に満ちあふれた言葉を最後に、海玲は踵を返して駅に向かっていく。
遠ざかっていく彼女の背中を見送っていると、一度だけこちらを振り返って小さく手を振ってくれたことが、なんだか無性に嬉しかった。
やがて、海玲の姿が見えなくなったところで安堵の吐息をつく。
(……よかった……)
本当に、よかったと思う。
海玲にも、翔太自身にも、明日を迎えたいと思えるほどの希望を持たせてあげることができた。
本当に……本当に、よかったと思う。
(それにしても、たった二日間でこんなにも目に映る世界が変わるなんて……)
たった二日の間に。
自殺しようとして。
同じように自殺しようとしていた夏木さんを止めて。
誰にも共感してもらえないと思っていたつらさを分かち合えたせいか、驚くほどあっという間に仲良くなれて。
あっという間に恋に落――
(いやいやいや……いやいやいやッ!)
なぜか、目いっぱい否定してしまう。
言うまでもないが、海玲に魅力を感じないからとか、そんな理由では断じてない。
その逆。
海玲が魅力的すぎるから、自分なんかじゃつり合わないと思ってしまうのだ。
そこまで考えたところで、ふと思い出す。
『なんか』じゃない!――自分に向かって、海玲がそう言ってくれたことを。
(そうだ……そうだよね。僕は……夏木さんが好きだ)
理屈ではない。
二日という時間の短さも関係ない。
心の奥底から、そう想えて仕方ないのだ。
彼女に抱く感情が、「好き」以外に考えられないのだ。
(だったら、僕は! 夏木さんにふさわしい男に…………なれたらいいな)
陰キャ気質ゆえか、単純にヘタレなだけか。
どうしても締まらない自分に、ちょっとだけ自己嫌悪した翔太だった。
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