気がついたら乙女ゲームの悪役令嬢でした、急いで逃げだしました。

克全

第1話:突然の記憶

 激烈な痛みでした、死ぬかと思うほど痛かったです。

 その日私は理不尽な怒りに震えていたようです。

 寒いから厚い紅茶を用意しなさいと侍女に命じながら、飲んだ紅茶が熱すぎると言って、気の弱い抵抗できない侍女を、下着姿で雪の降る中庭に放り出しました。

 許し難い鬼畜な所業ですが、私が命じやらせた事です。

 今思い出しても、その侍女がどうなったのかが怖くて、顔から血の気が引きます。


 ところが、前世の記憶を取ろ戻す前の私は、それだけでは満足しなかったのです。

 侍女を嬲ろうと、防寒具を着込み鞭を片手に雪の積もる中庭に出て行ったのです。

 ですが、前世の記憶を取り戻す前の私はとても馬鹿で、かかとの高い靴を履いて雪の積もった中庭に出たのです。

 しかも、普段水の溜まっている場所を、ヒールを鳴らして平気で歩くものですから、ものの見事に転倒して後頭部を強打したのです。


 私が気を失っている間に、気の弱い侍女は侍女頭によって助けられました。

 この残虐行為が、私の婚約破棄、追放、幽閉、暗殺を決定しました。

 この愚行が、我慢に我慢を重ねてくださっていた父上と母上、私の非道を苦々しく見ていた兄上と筆頭重臣に見放されることになったのです。

 そう、ここは私が夢中になって遊んだ乙女ゲームの世界。

 私が何十何百回と死の淵に叩き落とした悪役令嬢こそ、今の私なのです。


 乙女ゲームが大好きで、派生のアニメや小説も読みました。

 乙女ゲームの世界に転生する話も大好きでしたから、頭と心で空想もしました。

 自分が乙女ゲームの世界に入り込んだとしたら、どんな風にバットエンドを回避して生き残るか、そんな事を考えるのはとても楽しかったです。

 普通なら、小説やアニメならば、転生するのは、何とかバットエンドを回避してハッピーエンドに持ち込める頃です。


 それが、私が転生したのは、悪役令嬢が非道を重ねて、明日断罪されるという日なのですから、挽回の余地もなければ回避する事も不可能です。

 今できる事と言えば、このまま着の身着のままで逃げ出す事だけです。

 悪役令嬢の身体に入り込みはしましたが、私が残虐非道な真似をしたわけではありませんから、殺されるのは絶対に嫌です。

 昔から怖い事や痛い事が大嫌いなのです。


 逃げるとなると、他で生きていれるだけの金銭を持ち出す必要があります。

 普段は商人を呼びつけて後払いで買い物しているので、金貨や銀貨の手持ちはありませんが、贅沢し放題に買った宝飾品は結構な量あります。

 その全てを持ち出せば、それなりの期間は食べて行けるでしょう。

 高位貴族の嗜みで乗馬はできますから、馬を盗めば少しは荷物を持ち出せますし、距離を稼ぐことも可能です。

 善は急げです、今直ぐ逃げ出しましょう。

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