影屋

夏山 月

第一幕

金もなし、彼女もいなければ家族もいない。

何かに期待することもやめてしまった。

いつもの日課のように都会と言えば質素で田舎と言えば少し近代過ぎる街を景色と一体化するかのように歩く。

俺は一つの看板に目がとまる。

[今なら影、お高く買い取りいたします]

影を買い取る?どういうことだ?

とても不気味な看板にその看板に見合ったお店が堂々とたたずんでいる。

外観は何もなく、そのせいもあってか薄汚れている壁のひびがとても大きく見える。

唯一扉には不相応なステンドグラスの小窓ついておりそのステンドグラスがあまりに不釣り合いなためそれが不気味さにアクセントを加えている。

これも決心か、入りたくはないがあまりにも気になる。それにこの機会入っておかなければみすみす逃してしまうような気もする。

扉を開ける。そこには外観に不相応なおしゃれなジャズバーのような内装をしている。いや、ようなではなくジャズバーだった。店の中心には古く傷がついているがそれはそれは大変大切にされているようなグランドピアノが一つ。

それに外の壁とは違い赤を基調とした壁や家具が並んでいる。

なんというか拍子抜けだ。中はスピリチュアルの道具が揃っているお店や古臭い、乱雑としたお店を想像していたのに、面を食らったともいっていい。

正面にはカウンターがありそこには老人がレコードの選曲をしている。その棚にはジャズを少し齧った程度の俺にもわかる名盤からいつの物かわからない古いもまで多種多様なレコードが揃っておりこの町で一番レコードが揃っているのではないかという疑惑がかかる程の数。

「あら?久しぶりのお客様ですね。いらっしゃいませ、ようこそバー・albumへ。」

「すごい数のレコードですね」

「嗜む程度ですよ。知人が持ってくるのでそれがいつの間にかこんな数になっただけです。それにこんな数あってもいくつか使えなくなってしまった物や種類が被ってしまったものもありますし」

「それにしてもこの数はすごいですよ」

「お褒めの言葉だけお預かりしておきます。それでお酒は何にいたします?レコード程ではないですけれども多く取り揃えてございますが?」

マスターは自慢げに笑う。

「いいや、今日はお酒を飲みに来たわけではないどころかここに入るまでバーだなんてわからなかったよ」

「それでは何用で?」

「表の看板を見てきたんだ。影を買い取ります。だったっけ?そのことについて聞きにきたんだ」

「それはまた、、、知人の紹介ならまだしも、あの看板を見てそれを聞きに来るってあなたも相当な物好きですね」

そうマスターは俺を嗜めるように見る。

「あの看板を見てこのお店に来たのはあの小説家以来か、、、」

そう聞こえるか聞こえないかの声で呟いていたが聞き流した。

「それでは影の買い取りについてご説明いたしますね」

「そのままの通り何の比喩もありません。あなたの影を買い取りいたします。それも高額で、しかし制約というかデメリットのようなものもつきます。それは、、、」

「それは?」

「それは、日の光に出ると体が薄くなり消滅してしまうということです。それにつけくわえ影が戻って来るのは一週間後となります」

店主は日常の雑談を話をするかのように話す。

「影は戻ってくるのですか?」

「それはそうでしょう?一生日の元を出られなくなるのとたかが数十万を掛けるなんて頭がどうかしてるでしょう?」

「たしかにそうだけど一週間でそんな貰えていいんですか?」

「いいんですよ実験的なものですし被験みたいなものだと思ってくだされば」

彼は紙とペンを差し出す

「わかりました。契約します」

俺はそれにサインした。

「小林透様ですね。これで契約成立です」

すると俺の意識は闇の中に消えていった。




一体何時間寝ていたのだろう。5分のような気もするし1、20時間寝てたような気もする自分の中の感覚がごちゃごちゃだ。

俺はソファーに寝転んでいた。

「おめざめになられたようで」

そう言うと彼はコップに入ったお水を差しだした。俺はそれを間をおかずに飲み干した。

「なんの変化もございませんがあなたの影は確かにこちらでおあずかりいたしました。代金の50万円でございます」

そう言うと札束を渡された。数えてみるときっかり50万ある。

俺は頭がどうにかなりそうだった。



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