第二章 第5話 エルフ(前編)

第二章 8.一週間


 太陽が天空を千億も廻り

 月が百億の満ち欠けを繰返す

 業火が全てを焼き尽くし

 天水が破壊の傷を癒す

 緑の木々は廃墟を覆い原始に戻す

 やがて鋭い鉄が森を切り開き

 土が耕され畑が広がり国が興る

 太陽が天空を百億も廻り

 月が千億の満ち欠けを繰返す


 世の中に永遠不滅のものなどありませんよ、というブッダ様の教えをモチーフにした古い歌があって、この歌を覚えておくとこの世界の曜日が覚えられるんだ。神殿に通い始めた頃に教わって、僕は曜日をもうとっくに覚えてるよ。


 僕が正式に神殿入りしたのが水の日で、ルマン様に紹介していただいたのが木の日。鉄の日にジーク兄さんとも知り合い、ダーバ様からはプラーナの操作を教わった。そして今日が神殿入りして四日目の土の日だ。

その土の日の午前。またラハン棟の修練場でルマン様から武術を習っている。


「昨日教えた基本の行程は覚えているな? 今日はその裏行程を訓練する。右半身の構えから左上撃ちをし、最後は左突きで終わる。さあやってみろ」


 えーと、右足を前に出した右半身の構えになって左手を上にして棒を持ち、左足を踏み込みながらの左上撃ちか。ややこしいな。


「どのような体勢からでも棒を繰り出せるようになるために、表と裏の行程を何度も繰り返して身に付けなければならぬ。よいか、基本は踏み出す足と同じ側の腕で打つのだ。体が覚えるまで何度でも繰り返すように」


 ひーっ、昨日までと全く逆に動くなんて難しいよ!


「踏み込み足と繰り出す腕の動きを合わせるのだ。棒の一撃一撃に体重を乗せろ。そこ! もっとしっかり腰を回せ!」


 頭がこんがらがりそうになりながら、今日も汗だくになりました。


「よし、今日の修練はこれで終わりにする。明日の太陽日からは実家に戻るのであろう?」


「はい、朝のお勤めを終えたら家に帰ります。次に神殿に戻るのは火の日の夕方です」


「では来週の武術の修練は水の日からだな。私は来週は午前中の丘番に就くから、武術の修練は午後にする。ダーバ様の房で昼食をとってからここに来るように」


 あーあ、来週はここでお昼を食べないから、毎日野菜食ばかりだね。


「三日も間が空くと体が忘れてしまうからな。棒を握らずとも良いが、足運びと手の振りだけは毎日練習しておくように」


「はい、御教授ありがとうございました」


 修練後は大急ぎで水を浴びてから食事の支度の手伝いだ。

 メニューは基本的に毎日同じらしく、今日も季節の野菜ゴロゴロスープとパンに焼きベーコンだ。昨日と同じようにジーク兄さんと並んで野菜を刻む。そして煮込む。

 出来上がったら盛り付けして、食堂に入ってきた人から順番に食事を出して、それから自分達も席に着き、お喋りしながら食事をした。


「そうか、ダルタはカーシナラの街の鍛冶職人の子なのか。私は街の外の村の農民の子だから、休みの日に半日かけて家まで歩いて帰ってたな」


「僕はカーシナラの街の外には出たことがないんですが、ジーク兄さんは見習いの頃に一人で村まで帰ってたんですか?」


「最初の頃は親が送り迎えしてくれてたが、毎回だと親も大変なんで、二年目頃からは一人で棒を握って帰ってたよ。まだ体はそんなには大きくなかったけれど、棒を持ってればそこらの大人にも負けないと思ってたしな」


「へえー、小さい頃から強かったんですね。それじゃあ、一人でも怖い目に遇ったことなんかなかったんですね」


「なあに、その頃はちょっと自惚れて怖いもの知らずだったからな。実際はそんなにたいした腕でもなかったから、危ない目にも何度か遇ったさ。中でも今思い出してもひやりとするのが、〈貴族〉に追いかけ回されたことだな」


「えっ? お貴族様にですか!」


「ああ、まだ知らないかな。人族のお貴族様のことじゃなくて、〈貴族〉と言えばエルフ族のことだ」

 と、言ってジーク兄さんはパンをもぐもぐし、飲み込むと話を続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る