第二章 第3話 ラハン修業

 お師匠のダーバ様はラハンになりたいという僕の希望を叶えるために、ラハン職の神官のルマン様の指導を受けられるよう口添えしてくださることになった。昔、ダーバ様がまだラハンだった頃の後輩だった神官様らしい。


 神殿に住み込みを始めた翌日の朝のお勤めのあとに、ダーバ様に連れられて、ラハン様たちが普段暮らして訓練などもしているラハン棟に連れてこられた。


「ルマンよ、この子が以前に話しておいたワシの弟子のダルタじゃ。なかなか優秀な〈再生〉の恩恵ギフト持ちでな、ラハンにも向いておると思う」


「おお、紹介してもらえるのを楽しみにしてましたぞ、ダーバ様。この子は裏庭でよく泥団子を捏ねてましたな」


「よろしくお願いします、ルマン様」


 ルマン様は僕の父さんよりも少し年輩のがっしりした体格のラハン様で、神殿の門や御神体の丘の入り口の警護に当たっているのを見かけたことはあったけど、こうして言葉を掛けて貰うのは初めてだった。ラハン様は仕事中はあまり喋っちゃいけないらしい。


「そなたは遠目にもピカピカ光って見えたからな。前から気になっておったわ」


「やはり、わかるか? この坊主は不思議なことにトゥルパの基礎が出来ておるようでな」


「ダーバ様、トゥルパって何ですか?」


「トゥルパとはな、簡単に言えば自分のオドを分け与えて作る使い魔よ。頭の上辺りで何か蠢くものを感じてはおらんか?」


「ええーっ! ダーバ様はこの金魚が見えてたんですか?」

 僕の頭の上の黄色い金魚もダーバ様を見つめていた。


「ほほぉ、すでに形まで成しておったか。普通はな、自分のトゥルパは他人には見えぬ。だが、オドを練り長年かけて育て上げたトゥルパは実体化も出来て、周囲の人間にも見えるようになると言う。まあ、そこまで育てられる達者は、ラハンたちの中にもなかなかおらんのじゃがな」


「これは将来が楽しみですなダーバ様。私がこの子を一人前のラハンに育てて見せましょう」


「うむ、よしなに頼む」


 こうして僕はラハン長のルマン様の指導も受けることとなり、神殿で過ごす半分の時間はラハンの修行になった。朝晩のお勤めはダーバ様の元で行い、それ以外の時間はルマン様の指導を受けるラハン見習いとなったのだ。


「ダーバ様の元で格闘術の手解きは受けたのだな。なら次は棒術、それから剣術だな。ラハンはその任務上やむを得ず他者を害することもある。本来なら神官には許されぬ行いだが、その業を己の身に刻み体に実感させるため、弓や槍などの遠間で戦う武器は使わず、拳や剣を使う。または刃のついてない棒で戦うのだ」


「僕の父さんが十歳の誕生季祝いに、僕がラハンになれば必要になるからと剣を作ってくれました。父さんは鍛冶場で働いているんです」


「ほお、では次回からその剣を持ってくるが良い。今日は棒術から始めるとしよう。棒術とは護身の技よ。相手に深傷を与えることなく無力化するのが目的でな。まず己の身長より頭ひとつ長い棒を選んでだな――」


 両手の拳を身幅一つ分くらい離して棒の中程を握る。右手で持つ方を上にして棒を体の前で斜めに持ち、左足を前に出した左半身で構え、右足を前に踏み出すと同時に右手を伸ばして右上から棒を振り下ろす。


 次に左足を踏み出しながら、右手を引いて左手を伸ばし棒の左端を下から上に突き上げる。

 さらに右足を踏み込みつつ棒を右上から振り下ろし、次にはまた左足を踏み込んで左下からの打撃を繰り出す。


 右上からの打撃と左下からの打撃を一歩一歩交互に足を踏み出しながら延々と繰り返す。


 ラハン棟の脇の修練場でお昼の時刻になるまで、汗だくになって腕が持ち上がらなくなるまでやらされたよ。

うー、疲れたー!




 次の日には神殿の自分の部屋に置いてあった父さんから貰った剣を持参した。ルマン様は、良い剣だなと誉めてくださったが、しばらく剣術は教えず棒術の修練をするとのことだった。ただし剣を左腰に下げた状態で棒術を習うことになった。

 左腰が重たいよ!


 昨日習った右上左下からの連撃のお浚いをしたあとに、今度は横打と突きも加わった。


 右手で握った側を上にした棒を体の前に斜めに保持したまま、左足を前に出した左半身に構える。これが基本の構えだ。右足を踏み出し腰を回しながら右上から棒を振り下ろし、次に左足を踏み込むと同時に、また腰を回転させながら左下から棒を突き上げ、また右足を進めながら右真横から棒を繰り出し、つぎに左足の踏み込みと同時に左真横からの打撃を加える。


 そのまま左橫打後の左半身の構えから棒は引かずに左手で保持したまま、右手を後方に送って棒の右端を握り直し、足を止めたまま左掌の中を棒を滑らすように腕だけで左突きを繰り出す。


「そうだ、打撃時は足の踏み込みと同じ側の手を前に出すように。そうすることで体重を乗せた重い打撃を出せるようになる。腕だけで打つのではなく、踏み込みと腰の回転を生かすんだ。それ、右上、左下、右横、左横、左突き!」


 ルマン様の掛け声に合わせて打撃を繰り返す。


「常に目の前に相手がいることを想定しながら棒を振るうんだ。今の突きは軽い牽制の突きにもなるが当てるつもりで撃て! 棒の端を握ることで離れた相手にも棒が届く。間合いの外から伸びてくる突きは恐ろしいぞ」


 うん、正面から棒が急に伸びてきたら避けにくいし怖いよね。


「左突きの後は、前方に突き出した棒を素早く手元に引き、棒の握りを変えながら大きく右足を踏み込んでの右半身からの右突きだ。左半身の構えから右半身に素早く切り替えろ。体重の乗った踏み込みながらの突きは、相手が大人でも吹っ飛ぶぞ。ここまでが基本の表の行程だ。忘れないよう何度も繰り返せ!」


 右上・左下・右横・左横・左突き・右突き! と頭の中で唱えながら打撃を繰り返す。こんがらがりそうだよ!


 昼食の半刻前になるまでずっと、踏み込みながらの打撃を延々と繰り返して、汗だくになっちゃった。初めて棒術を習った昨日よりは体が慣れたみたいで、まだ幾らか元気が残ってるけどね。


 この後、お昼ご飯はダーバ様の房まで戻らずにラハン棟で戴くことになってる。もちろん僕は新入りなので料理や片付けなどを手伝わなきゃならないから、くたくただけど急いで水浴びして汗を流さなくっちゃ!


 修練場脇の井戸で水を汲み、運動着を脱いで頭から水をザブンと被る。運動着を桶の水に浸けて軽く濯いだあと固く絞り、井戸端に広げて干し、急いで黄色と白の神官服に着替えるとラハン棟の厨房に向かって駆け出した。


 この神殿のラハン職は全部で10人いて、門前に二名ずつが午前と午後の二交代で立つらしい。夜は門を閉めるので見張りは無しだ。でも御神体の丘に通じる道の警護には寝ずの番もあって、一日中三交代で一人ずつラハン様が警護に立つんだって。


 毎日七人のラハン様が交代で神殿警護について、一人が食事当番、二人が休みだそうだ。結婚して所帯を持っていて町から通ってるラハン様もいるけど、休みの日でも通ってきて修練をしているラハン様がほとんどだから、昼の食事はほぼ全員が摂るので、毎食十人前は作らないと駄目らしい。一人で作るのも大変なので、見習いの僕が手伝いを申し出たらとても喜ばれた。


 今週の食事当番のラハン様は成人して五年目のジーク様で、ラハン職のなかでは僕を除くと一番若い。最近はなかなか新人が入ってこないので、僕がラハンになってくれると一番の下っ端でなくなるので嬉しいんだって!

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