第四話「目覚めた先は」


風祭紅葉は頭がおかしいかもしれない。


そんな事実に少しの間沈黙が訪れるが、やはり見えるものは見えるので、一旦それは置いといて紅葉は気持ちの方を切り替える事にする。


「まぁいいや、とりあえず瑠璃? だったよね? 助けてくれてありがとう」

「いきなり呼び捨てですか。まぁいいですけど、どういたしまして」


紅葉は瑠璃が入れてくれた水を一気に飲み干し、蓋を返して礼を言う。だいぶクールダウン出来た様だ。


が、そこで瑠璃がそっけなく返答しつつも、隣に座って紅葉から返された水筒の蓋に水を注いで飲み始めた事により、クールダウン分が消滅する。


(それって間接……)


瑠璃は別に気にしていない様だが、紅葉はそれで何故か落ち着きが無くなり、自身の気を紛らわせる為か周りをきょろきょろと見回して何か話題を作ろうと瑠璃に尋ねる。


「と、ところで此処って何処なんだろ? 発展具合からして帝都『空城そらき』の何処かなんだろうけど……」


帝都『空城』というのは紅葉の元居た世界において最も発展していた都の事である。


[帝都『空城』というのは紅葉の元居た世界において最も発展していた都の事である。]


(元居た世界?)


視界の端に映る画面の文字に紅葉は妙な違和感を感じる。


そして、その違和感は瑠璃の放った一言により確信に変わる。


「さぁ? 私がこの世界に来たのはついさっきですからね。この世界にはそういう場所があるんですか?」


この世界にはついさっき来た。それは暗に此処こことは違う別世界が存在する事を意味している。


そして、自身の過去に関する記憶が無い紅葉の記憶にも、空城にはサイボーグや強化生物はいても獣人というのはあまり見かけなかったという事柄の記憶は存在していた。


そう、目覚めた周囲の街並みが自身の知っている文明圏の在り様に近く、尚且つ人通りがまばらで、一番初めに話しかけてきた瑠璃が自身とほぼ同じ姿だった為、この短時間では気が付かなかった。


(異世界……いや、そんなばかな……)


確かに異世界の存在は紅葉の元居た世界でもその存在が認知されかけていた。しかし、それはこの広い世界の中で、そうした異世界が存在する可能性は高いであろうという所までの話であり、実際には、そうした異世界の存在は御伽話に近く、何か確たる証拠でその存在が証明されていたり、そうした異世界と何かの交流があったりするという訳ではなかったのだ。


(でも、確か、それに介入した事によって……)


――ズキンッ――


そこまで思い出したところで、紅葉の頭に痛みが走る。どうやらそれ以上は思い出せない様だ。恐らくは脳に何らかのリミッターが掛かっているのだろう。


それにより、紅葉が未だ自分が異世界に来たという事実を疑っていると、突如中空の文章の文字が切り替わる。


security intervention:私が見えるのなら、上を見てみなさい。


[私が見えるのなら、上を見てみなさい。]


「っ!?」

「? どうかしましたか? 紅葉さん」


その文章は今までの文章とは違い、明らかに紅葉に語り掛ける形で綴られている。

一瞬の頭痛と謎の文章による語り掛け、それらにより多少慄おののく紅葉に瑠璃が声をかける。


「上?」

「?」


しかし、その言葉は紅葉には聞こえず、紅葉は中空の文字が指し示すとおりに頭上を見上げ、それに釣られて瑠璃も上を見る。


見上げた先は商店街の上空。先程見上げた透明なアーケードの天井よりずっと上、

商店街の外側にある高層建築群の頂より更に高い場所。



――そこには御伽話に出て来る様な巨大な竜や要塞が無数に動き回っていた――



紅葉に自身の過去に関する記憶はないが直感的にわかる。


自身の知っている世界に竜はいない。仮にいたとしても御伽噺の存在だったはずだ。


そして、あれ程に大きな天空要塞の類も、建造されていない。それが無数にともなれば尚更である。



「えっと……」


つまりそれらの目の前の現実から推測するに……。


「あれ? ここってもしかして異世界?」


そこは明らかに紅葉が知っている自身の世界とは違う世界だった。

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