第7話 脚の向き

 スキャンダル部の部長、鴨井くるみは質の悪いことに、SNSの裏アカウントを複数持っている。


 先日僕の調査によりほぼ確定した、足立先生と春日先生の交際。この事は先輩の裏アカから発信され、瞬く間に拡がっていった。


 裏アカから裏アカへと情報が渡ってゆき、もはや発信源をたどることは難しい。おそらくこれが先輩の狙いなのだろう。いままでもこうやって情報を流してきたらしい。


 僕が先輩に報告をして3日経たないうちに、校内中にその噂は流れていた。


 その噂がとうとう職員室に向かったらしく、足立先生と春日先生は間もなく結婚を発表した。


 職員室で校長に問い詰められた足立先生は、「すぐに結婚の報告をするつもりだったんですよ~」と苦笑いをしながらゴマをすっていたらしい。これも先輩からの情報だ。


 一部、春日先生ファンの男子生徒からヘイトを受けた足立先生だったが、今回の騒動は落ち着いた形で収束した。


 初仕事で大仕事を終えた僕は、精神的に疲れていた。


 しばらくは部活を休もう。そしてあわよくばそのままフェードアウトしよう。


 そう思っていたのだが、ふともう一つの仕事が脳裏をよぎり、いやな予感がした。


 そしてそのいやな予感は思っていたより早く、現実となった。


「ぐふっ!!」


 終礼が終わり帰ろうと廊下を歩いていると、突然教室から手が伸びてきて、僕の襟を掴んだ。


 その力があまりに強く、抵抗する間もなく僕は暗い教室へと吸い込まれていった。


 冷たく細い指が、僕の顔をなでる。


 首に当たっている爪は、まるで人質がナイフを当てられているような感覚を与え、耳元で囁かれるその声は、死の宣告をしているようだった。


「後輩、どこに行くんだ?」


「ヒエエエ!!」


「ちょっと、そんなに驚かなくても。私よ私」


 カチッと電気がつき、目が眩むほど辺りが明るくなる。


 気づけばそこはいつもの部室だった。


 狭い部室に机が一つとその上にノートパソコンが一台。椅子が二脚と、天井まで届く本棚が片方の壁に設置されている。


 そして奥に小さな窓があり、そこからはグラウンドが見えている。


 先輩はその小さな窓を開け、縁に座った。


「後輩、帰ろうとしてただろ」


「いえ、そんなつもりは・・・」


 じっと僕の目を見つめる先輩。ボールペンをたばこを持つかのように指で挟み、上下に揺らしている。


「ほんとか~?」


 その鋭い目つきは、僕の一瞬の油断を生んだ。


「ぷっはは!はい、嘘つき~。目に出てるよ~」


 本当にこの先輩は恐ろしい。


「この前自分で教えた技を利用されるのって、どんな気持ち~?」


 ボールペンで僕の肩をツンツンとつつきながら、ケラケラ笑っている。


「もう、ほんとに帰りますよ!?」


「冗談だって、そう怒らないで」


 と言いつつも笑みがこぼれている。


 僕はいつもの席に座った。


「それで、先輩の方はどうなったんですか? 新入部員の」


 先輩は僕の言葉を聞くなり、窓の外に視線を移し、鳴らない口笛を吹いている。


「ダメだったんですね」


「うるさあい!!」


 急にむきになって大声をあげる先輩は、両手を振り回しながら僕に殴りかかってきた。


「だってあの子、私が何言っても目は逸らすわ話の途中で帰りだすわで大変なのよ!」


「先輩でもダメなら僕が行っても無理じゃないですか!?」


 ぶんぶんと振り回していて手を止めて、先輩は何かを考え込む。


 数秒間沈黙が流れたと、先輩が一つの提案をした。


「二人で行きましょう」






 次の日の放課後、僕と先輩は例の新入部員、木村百花のクラスに来ていた。


 教室の後ろの戸を少しだけ開けて、先輩が上から、僕がしたから覗き込む。


「いい?これからはターゲットって呼ぶわよ。名前を呼んでいるのが聞かれたら逃げちゃうかもだから」


 ひそひそ声でそういう先輩はゆっくり戸を開ける。


「それじゃあ、作戦通り行くわよ」


「はい」


 そういって先輩ひとりで、ターゲットに近づいていった。


 今回の作戦というものの、僕はこうやって陰で見ているだけだ。


 先輩が二人で話しているうちに、観察する。それが作戦だ。


 ターゲットのもとにたどり着いた先輩が、小さく僕にサインを送る。僕はうんと頷いた。


「こんにちは、木村さん」


 先輩はいつもの陽気な感じで話しかけた。


「こ、こんにちは・・・」


「これから帰るの?」


「はい・・・」


「へ~、そうなんだ。この前も言ったけど、良かったらうちの部活見ていかない?ああ、もし時間があればだよ! 忙しいんだったら全然今日じゃなくてもいいし、話しづらいならラインとかでもいいよ? 好感しとく?」


 いつもクールで僕をからかう先輩はどこに行ったんだ? 


 これまで何があったか知らないが、あの先輩の慌てようはひどすぎる。


 ターゲットの観察どころか、行き場を失っている先輩の手に目が移ってしまう。


「前も言いましたけど、部活とか入るつもりは、なくて・・・」


「そ、そうなの? でも一度でいいから見に来てほしいな~って。ほら、木村さんパソコンに詳しいみたいだし!」


 その瞬間、ターゲットの体がピクリと動き、しばらく硬直していた。


 そしてそのまま立ち上がり「帰ります」と言って足早に去っていった。


 一人取り残された先輩は僕の方を見て涙目になっている。


 これは先生の時より難しそうだ。




 部室に戻ってきた僕らは、定位置についた。


「見た? 無惨にフラれる私の姿を」


 完全に落ち込んでいる先輩は、机に突っ伏したままそう言った。


「どうやらパソコンに関しては触れないほうがいいみたいですね」


「どういうこと?」


 そう、あの時、先輩がパソコンについて話し始めたときターゲットの様子は変化した。


「先輩、これまで勧誘に行ったときも、パソコンについて話し始めたときに帰りませんでしたか?」


 先輩は顔をあげて、少し考えてから言った。


「確かに、そうだわ!」


「やっぱり。という事は、彼女は何かしら事情があって、パソコンには触れてほしくないんですよ」


 顎に手を当てて考え込む先輩。


「うーん、どうしてだろう。情報によれば特に事件や問題が起こった過去はないのに・・・」


「理由はわかりませんが、触れないほうがいいのは確かです」


 今回の件は本当に面倒だなと思った。


「あと、先輩がターゲットに近づいた時から無理だとわかってましたよ」


「ええ!どうして!」


「脚の向きです」


「脚?」


「はい。目は口程に物を言うって言うじゃないですか。でも僕は足の方が出やすいと思うんです」


「どういうこと?」


「目って意外とごまかせるんですよ、ポーカーフェイスの人がいるように。でも脚に注意を払う人は少ない。だから脚を見ればその人の心理が読めたりするんです」


 難しそうな表情を浮かべる先輩。


「それで、ターゲットの脚はどうだったんだ?」


「はい、先輩が話しかけたときから出口を向いてました。つまり早く帰りたいと心から思ってたってことですね」


 ガクっと頭を落とし、机に額をぶつける先輩。


「私、そんなに嫌われてたか」


「みたいですね~」


 あれほどまでに拒絶するのは珍しいが、これは追及していいものなのか?


 なんにせよ、先生の時みたいにあまりしぐさに現れない人は厄介だな。

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スキャンダル部!! 夜凪ナギ @yonagi0298

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