第5話 単純接触効果

「先生、おはようございます!」


「こんにちは、先生!」


「先生、ここ教えてください!」


 ・・・・・・・


 全く、この仕事も楽じゃない。


 そもそも先生が交際してるかしてないかなんて、どうでもいいじゃないか。


 なのにどうして僕は、こんなおじさんの好感度を上げようとしてるんだ。


「と、僕は思うわけですよ」


「いや、何が?」


 今日も放課後、いつもの部室で先輩と会議をしていた。


 相変わらず薄暗い部室で、男女二人で中年男性について話をしているのだ。


「いやあ、先輩いつも僕の心を読むから、言わなくてもわかるかなーって」


「わかるか!」


 いつものように、間に机をはさんで向かいに座る先輩は、再びホワイトボードを引っ張ってきた。


「それで、今日の収穫は?」


 長い脚を高く上げ、そのまま脚を組む先輩。なんだか鼻につく行動だ。


 しかしこの集まりも三回目、少し慣れてきた自分がいる。


「とりあえず今日も好感度だけ上げときました」


「ギャルゲみたいだな」


 他人事のように言うなこの人。


 ホワイトボードにこれまでの成果を箇条書きしてく先輩は、ペンを置いて腕を組む。


「それで、何かわかったの?」


「はい、今日は日清戦争の部分がわかりました!」


「何普通に勉強教わってんだよ!」


 今日は先輩のツッコミにキレがある。


「冗談ですよ。でも、今日大した収穫がないのは事実です」


「な~んだ」


 そういってつまらなさそうな表情を浮かべる先輩は、置いてあるペンを唇に乗せて遊んでいる。


 そしてそのペンを乗せたまま僕に質問した。


「それで、後輩はなんで先生のことストーカーしてるんだ?」


「ストーカーじゃないですよ! あれも必要なことなんです」


 この先輩、もしかして僕のことをおちょくってるのか?


「別に馬鹿にしてるわけじゃないぞ? 後輩のことだから何かわけがあるのかなーと思って」


 もう驚かない、驚かないぞ。


 はあと一息つく。


「いいですか、あれは単純接触効果を利用してるんです」


 僕がそこまで言うと、


「あ、それしってる! この前テレビでやってた!」


 と、口に乗せたペンを吹き飛ばして言った


「そうです。言葉の通り、繰り返し接触することで、好感度や印象が高まる効果のことです」


 自分の知ってることが出てきてうれしかったのか、先輩はいつもより笑顔でうんうんと頷いている。


「だからわざわざ先生が出てくるタイミングを見計らって廊下を歩いたり、先生と登校時間を合わせたり、先生の後をつけてたわけか」


「なんかその言い方だと、僕が先生のこと好きみたいですね」


「ちがうの?」


「違う!!」


 心なしか、先輩のテンションが今日は高い気がする。


 ホワイトボードに、好感度上昇、と書いてペンを置く先輩。


 ふと、僕がこんなに苦労しているのに、この人は何をしているのか疑問に思った。


「先輩は今日、何してたんですか?」


 僕がそう聞くと、待ってましたと言わんばかりの表情で座りなおした。


「ふふ、私は今日、新入部員を探していたのだよ」


「新入部員?」


 先輩はそういうと、ノートパソコンを取り出し、プロフィール画面のようなものを僕に見せた。


「木村・・・百花?」


「そうよ!」


 力ずよく画面を閉じ、立ち上がって僕の周りをぐるぐる回り始めた。


「後輩、スキャンダルにもっとも 重要なものは何だと思う?」


「はあ、情報ですか?」


「一発で当てるな! そこは少しためて、私がバシッと言うところだろ!」


 やっぱり先輩、今日はテンション高めだ。


「それで、情報とこの人にどういう関係が?」


「ふふん、実はこの木村百花、君と同じ一年生なんだが、ずいぶんパソコンに詳しいらしい」


「なるほど」


 大体の予想はついた。


 この人を利用して、インターネット上でも情報を集めようという根端だな。


 そしてこの人の勧誘も、あわよくば僕にさせようと。


「そこでだ!」 


 先輩がいつものように、腰に手を当て、僕を指さした。


「後輩に」


「いやです」


「おい、まだ何も言ってない!!」


「僕に勧誘しろと?」


「・・・・・」


 やっぱりだ。


 ずばり言い当てられた先輩は、口をもごもごさせている。


 次の言い訳が思いつく前に、僕が話し始めなければ。


「そうでなくても、今僕は任務を請け負ってます。なのにそっちがうまくいかないからって、僕に押し付けるのはおかしいでしょう」


 完全に言葉を失った様子の先輩。


「それに、これ以上この怪しい部活に人を巻き込むのはよくないです。あと・・」


 僕がそこまで言ったところで、先輩の目が涙であふれそうになっていたのに気づいた。


「え、先輩?」


「そ、そこまで、言わなくても、」


 ズルズルと鼻をすすりながら涙をぬぐう先輩。


「え、いや、何も泣かなくても」


「だって、私が頼れるのは後輩だけだから・・・・でも、負担をかけてしまっていたのね、・・謝るわ」


 先ほどまでのテンションとは打って変わって、落ち込む先輩を見ていると、次第に気の毒に思えてきた。


「まあ、先生の件が終わってもまだ、苦戦しているようでしたら手伝いますけど」


 僕がそういうと、手で覆われた先輩の表情に、笑みが浮かんだ。


 あ、やられた。


「ほんとに? やっぱ後輩ならやってくれると思ったよ!」


 満面の笑みで僕の前を飛び跳ねる先輩。


 もうため息も出なかった。


「先生のことはあんなに観察してるのに、私のことは全然見てないな~後輩!」


 ああ。


 いつか痛い目を見せてやろう。


 そう決心した日だった。

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