第3話 初活動の日

 ホームルームに鳴り響くチャイムは、生徒たちを一斉に動かす。


 放課後、校内に響き渡る運動部の掛け声も、どこからともなく聞こえてくる生徒たちの笑い声も、僕の青春の一ページとなって記憶に刻まれていく。


 夕日を背にして、今日のことを振り返りながら友達と帰る。


 誰が可愛いとか、あの先生めんどくさいとか、そんなくだらない話を馬鹿みたいに笑って言い合う。


 そして家では、来る明日を楽しみに眠りにつく。


 そんな平和で、普通の高校生活を送るはずだった。いや、送りたかった。


 でも現実は違う。


「おい、誰だあの人」


「めっちゃ肌白いし、かわいい~」


「スリッパの色からして先輩か?」


 教室でそんなひそひそ話が繰り広げられる。


 教室の入り口には、皆が話しているように、肌が白く可愛らしい女子生徒が立っている。


「でも、先輩がうちのクラスに何の用だ?」


「もしかして、彼氏とか?」


「そんなわけないだろ~」


 最後の人、大正解。そんなわけないのである。


 もうお気づきのように、彼女は鴨井先輩である。


 僕はばれないように鞄で顔を隠しながら、後ろのドアから出ようとした。


 ドアに手をかけたその瞬間、小動物が飛び跳ねるかのような素早い足音が僕に近づく。


 そしてドアをつかむ僕の手を、その細い手からは想像もできないような握力でつかんだ。


「こ、こんにちは、先輩」


「ごきげんよう。あら、今から帰りかしら?」


 引きつった笑顔に、なぜか少し高い声を出す先輩。


「え、ええ。まあ」


「あらそう、ご一緒しても?」


 教室にいた生徒全員の視線が僕に集まる。


「ほ、方向がちがうんじゃあ、ないですか?」


「いいえ、あなたの家は駅方面。私と同じよ?」


 だからその情報どこで手に入れてるんですか? 個人情報だだ漏れなんですけど?


 先輩はもう片方の手で僕の肩をガシッとつかみ、上に持ち上げた。


 僕の体は先輩の思い通りに持ち上がり、「行こうか」と笑みを浮かべながら言う先輩に連れ去られた。




「一体全体どういうつもりかしら、月見阿羅矢君?」


 再び僕は、狭くて薄暗いこの部室に連れ込まれていたのだった。


「どういうつもりも何も、帰ろうとしただけです」


 先輩は机を力強くたたき、大きな音を立てた。


 その音にびっくりし、僕の体は素早く反応する。


「あなたはここの部員よ? それなのに学校が始まって一週間一度も顔を出さないじゃないの」


「いや~、ちょっと用事があって」


 後頭部を掻きながら、先輩の様子をうかがう。


 小さな部室の壁から壁を何度も行ったり来たりしながら、何かを考えこむ先輩。


「まあいいわ、どうせやることなかったし」


 いいのかよ!


 小さくホッとため息をつき、僕は鞄を持った。


「じゃあ、今日は帰りますね、先輩」


 そう言って部室を出ようとした時だった。


 光の速さで僕を追い越し、ドアの前に立ちふさがる先輩。


「今日は帰さないわよ!」


 僕の顔にハアハアと息を吹きかけながら、両手を広げてドアを塞いでいる。


「でも、やることないんじゃあ・・・」


「いいえ、今日はあるのよ!」


 そう言って先輩は、どこから持ってきたのかホワイトボードを引っ張ってきた。


 そこには何やら関係図のようなものが書かれていた。


「これは?」


 僕がそう聞くと、先輩は待ってましたと言わんばかりに説明を始めた。


「ふふん、これはね、足立先生と春日先生の関係図よ!」


 うん、どっちも知らない。


「どっちも知らないといった顔ね」


 だから先輩はなぜ僕の心が読めるんだ?


「いい? 足立先生はちょっとマッチョで薄いひげの生えた歴史の先生で、春日先生は事務室で一番かわいい先生」


 はあと頷く僕。


「私の見立てだと、どうやら二人は交際しているようなのよね」


 ホワイトボードに線を引きながら言う先輩。部屋が薄暗い分、先輩の白い肌が目立つ。


「でもまだ確証がないの。そこであなたに来てもらったの」


「はあ」


「なによさっきから頷くばっかで、聞いてる?」


「聞いてますよ。ただ、それを突き止めてどうするんですか?」


 先輩は両腕を組んで鼻を鳴らした。


「この学校、社内恋愛禁止なのよ!」


「え? でも確か山田先生と酒井先生は結婚してたはずじゃあ」


「そう、結婚は許されるの。でも交際はダメ」


 何だこの学校。


「だからこの事実を突き止めて、二人の間の線引きをしっかりしようって根端なの!」


 相変わらず最低な活動だ。


 先輩は立ち上がり、いつものように腰に手を当てて、もう片方の手で僕を指さす。


「後輩! スキャンダル部での初仕事、行ってこい!」

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