第6話

【12の鐘】


王都にある冒険者ギルドのマスターはディックという。元冒険者の魔術師だ。


年齢は62歳。


20年程前、同じパーティの仲間2人が同時に引退したのを機に、自分も区切りをつけた。


あの2人以上のメンバーが見つかるとは思えなかったのが大きい。


自分の引退と同時に、ギルド職員に退職者が出たのでそこに収まった。


そして5年前、自分より立場と年齢が上の者がいなくなった事もあり、押し出される形でギルドマスターになってしまった。


今でもこんな面倒な立場はゴメンだと思っているが、「あいつはデキない奴」と思われるのも癪なので、できるだけのことはしている。


今も、待合室のテーブルと椅子の老朽化に伴う交換の提案書と、その見積もりを眺めている。


王都のギルドだけあって予算は多いが、だからといって湯水のようには使えない。


しかし、椅子やテーブルなんて物はどうしたって消耗品だ。ケチって交換しないのも貧乏くさい。


だが、今は大型ゴミを処分するのにも金が掛かる。


(さて、どうしたものか・・・)




と、その時、執務机の端に設置してある物質転送の魔法陣が起動し、青白い光を放ち始めた。


これが動くということは、どこかでろくでもない事が起きているという事だ。見積もりを机の上に放り出し魔法陣に注目する。


もちろん、直接ギルドに関係ない話である可能性もあるが、心積もりは必要だろう。


転送されてきた物を見た瞬間、とても嫌な予感がした。


音声保存の魔道具だ。


どう考えても書類での連絡より緊急度が高い。


よく見ると魔道具になにか書いてある。


(何だ・・・?文字・・・?)


音声保存の魔道具は高価だ。本体に直接文字を書いたりはしない。


嫌な予感は悪寒に変わりつつある。


書いてある文字を読んで絶望する。悪寒にも納得だ。


「カルージュ アリステア」


(マジか・・・)


自分宛にくる連絡の中でも一番ダメな送り主である。銀色の卵型の魔導具が悪魔の卵に見え始めた。



彼女の家には元仲間の2人がいる。あの2人だって只者では無いのだ。


あの2人とアリステアがいるのにも関わらず、音声保存の魔導具まで使って連絡を取ろうとしてきた。かなり重大事案なのだろう。


(関わりたくないのだが・・・)


送られてこなかったことにはできないだろう。では、「部屋にいなかったので確認が遅くなった」というのはどうだろうか。


いなかった理由が「王城に呼ばれていた」とかであれば、仕方がないのではないだろうか。


ギルドは国営で、監督官庁は国務省なのだ。役人には逆らえない。


お腹が痛くてトイレにいたとか、肩こりが酷くて医者に行っていたとかはどうだ?ダメか。


どんな言い訳をしても、より良い未来が全く見えてこない。


あの人相手ではほとんどの人間は無力だ。


(仕方がない)


彼は腹をくくった。


送り主が送り主なだけに、対応が遅れたり間違えたりしたら、どういう事態になるか解ったものではない。


魔導具を手に取り、魔力を流し音声を再生する。


そして聞き終わって拍子抜けした。


(そこまで酷くないな・・・)


ディックは大きく安堵のため息を吐いた。これならギルドの中で動くだけで対応できる。


要するに「孫が家出しちゃったから、そっちに行ってたら引き止めて」という事だ。


アリステアの過剰なまでの孫Loveは有名だ。


その様子は、ディックも直接見たことがあるし、ライアルとマクリーンの夫婦からも聞いた事がある。


元白銀級冒険者であるアリステアもただのおばあちゃんだということだ。


すっかり気持ちが楽になったディックは、さっさと用件を済ませてしまう事にした。


自室を出て受付カウンターに向かう。


この時間は、はっきり言ってしまえば暇だ。


冒険者が帰ってくるにはまだ早いし、用事がある人はだいたい朝一番に来ている。


受付に付いている女性職員に声をかける。


「パット、ちょっといいか?」


「はいマスター、何でしょう?」


「今日、冒険者の新規登録の対応はあったか?」


「はい、午前中に1件ありました」


嫌な予感がする。


「その申請書ちょっと見せてくれ」


「? はい、少々お待ちを・・・」


パットがファイルから申請書をだしディックに渡す。


ディックはその記載内容を見る。


やはりキース少年のものである。


(間に合わなかったか・・・)


ディックは大きくため息をつく。残念ながら1つ目の依頼は果たせなかった。


しかし、これはアリステアから連絡が来る前に終わっていたのだ。


こちらの落ち度では無い。OKOK大丈夫大丈夫と心を落ち着かせる。


(マスター具合悪いのかしら・・・いつも帰るの最後だし、忙しいのだろうな)


申請書を見たあとに大きくため息を吐き、胸に手をやるディックを見て、パトリシアは心配になった。



「パット、このキースという少年は、小柄で金髪、緑の瞳だったよな?」


「はい、そうです!金髪サラッサラで天使みたいな!とっても可愛いくて!学院のローブがまだ着慣れていなくて服に着られているっていうんですかね?それがまた背伸びしている感じでもうたまらないんですよ!ほっぺもほんのりピンクでもちもちしてて、思わずつまんじゃいそうになりましたが何とか我慢しました!私偉い!ほんと後を付けて連れて帰ろうかと思うぐらいでした!」


「・・・衛兵のお世話になる様なことはくれぐれも無い様にな・・・」


今まで知らなかった彼女の一面に少しヒキながら申請書を返す。


そのままカウンターの外に出て、パーティ募集の掲示板の前に行く。


掲示板の右下付近に貼ってあった、「魔術師募集」の用紙を全て剥がす。


「パット、この魔術師の募集をかけているパーティの所在は分かるか?」


「あ、その方達なら依頼を受けて出ています」


「・・・?何で知っているんだ?」


「先程のキース君にも聞かれまして。帰ってきたら接触するつもりの様です」


(おっと、それはまずいな・・・)


「そうか・・・みんなちょっと聞いてくれ。貼ってあった魔術師の募集は、全て一旦保留とする。この募集をかけたパーティのメンバーを見かけたら、私から説明するから部屋に案内してくれ」


ディックは続けてキースの特徴を皆に伝える。


「知り合いから彼の様子をみてほしい、と頼まれていてな。ちょっと動向に注意を払って欲しい。縁もゆかりも無い新米魔術師を、いきなりパーティに入れる様な奇特な冒険者はいないと思うが・・・どこかのパーティに入りそうになっていたら、すぐ私に知らせてほしい。」


「「「「・・・?承知しました!」」」」


皆返事はしたが、ちょっと不思議そうでもある。パットが手を挙げて質問する。


「マスター、キース君が戻ってきた時に、募集の用紙がなくなっていたら、間違いなくこちらに尋ねてくると思うのです。なんと返答したら良いでしょう?」


「・・・とりあえず申請書類の内容に不備があったため、とでも言っておいてくれ」


「分かりました・・・」


マスターが一冒険者の事で、ここまで前に出て対応する事は基本的に無い。


(知り合いと言っていけど、どんな知り合いなのかな・・・?)


パトリシアは釈然としないものを感じながら業務に戻った。


ディックは部屋に戻り、先程の音声保存の魔道具を手に取り魔力を流す。


青白い光を確認してから喋りだした。


「ご無沙汰しております、ディックです。ご依頼の件ですが、やはり彼はこちらに来ております。新規登録は午前中に行われていたため、既に受理され冒険者証は発行済みでした」


「魔術師のメンバー募集が数件ありましたので、こちらは一旦保留としました。新米をいきなりパーティに入れる冒険者はいないと思いますが、職員には動向を見守り、なにか変わった事があれば報告する様に指示してあります。以上になります」


魔力を流すのをやめ、魔法陣で送り返す。


とりあえずはこんなところだろうか。


(でも、これで全て終わりという事は無いのだろうな・・・)


胃の少し上辺りを撫でながら、ディックは昼食にするべく部屋を出た。

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