もう一度、もっと本気でケンカしようぜ2
意気込んで朱雀店を出て来たものの、学校に向かって歩くにつれ、冴の心は及び腰になっていった。出て来た時の勢いが削がれてしまったのだ。というより、今やほとんど残っていなかった。
明日もどうせ学校あるんだし、別に今日じゃなくてもよくない?研究所に帰れば玲那ちゃんにも会えるし。わざわざあんなムカツク奴と話すことないよね。うんそうだ、とりあえず研究所に帰ろう。そうしよう。
そんな思考の元、冴の足は方向転換し、行き先をメルキオール研究所へ変更した。玲那が自分でなく小灯を選んだのが、やはり冴にはショックだったのだ。
「玲那ちゃん、ボクのこと嫌いになっちゃったかなぁ」
そう呟いてみて、直後にぶんぶんと頭を振った。懐深い玲那が、こんな小さなことで嫌いになるはずがない。……たぶん。
先程の昼休み、冴は自分が何と言ったか思い出そうとしたが上手くいかなかった。何か吐き捨てて飛び出したような気がするのだが。
「玲那ちゃんなんて嫌い!とかじゃなければいいんだけど」
しかし自分がそんなことを言うはずがないという確信だけはあった。玲那のことが嫌いだなんて、口が裂けても言わない。
そういえば、玲那にも自分の他に友人を作れ的なことを言われた気がする。先程蓮太郎にもそんなことを言われたが、何故皆そんなくだらないことを言うのだろう。玲那一人いれば十分だということがわからないのだろうか。
「あっ」
そんなことをぐるぐる考えながら歩いていた冴だが、彼女は唐突にあることを思い出した。荷物だ。何故このタイミングで思い出したのかはわからないが、思い出してしまったものは思い出してしまったのだ。あと少しで研究所だというのに。
「仕方ないなぁ……」
冴はくるりと二度目の方向転換して、再び学校へ向かった。足取りも先程までより明らかに重くなっている。
「はぁ~……」
しかし放課後になった今なら玲那も小灯も家に帰っているだろうと気を取り直す。冴はわざと遠回りをし、無駄にゆったりと歩きながら、時間を稼ぎつつ学校へ向かった。
一時間後、冴がいる場所は学校ではなく近所の公園であった。放課後になった今なら……という考えでは気を取り直せなかった冴は、あと三十分だけ……いや、あともう三十分……という具合にグダグダと時間を潰していたのだ。
「玲那ちゃん今頃研究所かなぁ」
あのバウムクーヘンとかいうツインテールの少女が玲那に纏わりついている所をイメージする。それは何とも腹立たしい場面であった。今頃スフレが玲那と仲良くしているのだと考えると、一刻も早く研究所へ戻らなければならないと思った。
冴は腰掛けているブランコをほんの少し揺らした。しかしあんな別れ方をしたのだ。今更玲那の前に顔を出すのは何だか恥ずかしい。いったいどんな顔をして声をかければいいのだろう。
「いつもみたいに飛び付けばいいかな……」
玲那に飛び付いたその後のことを考える。もし先程のように玲那に避けられたら?拒絶されたら。おそらく今度こそ足は動かなくなって、目からボロボロと涙みたいな水を流すことになるだろう。
「玲那ちゃんに嫌われたらもう研究所にいられないな……」
今までさんざん辛辣な態度を取ってきたのだ。研究所の者達は自分がいることを許さないだろう。第一、玲那に疎まれている状態で研究所で暮らすのは精神的に保たない。
いいさ、研究所を追い出されたって蓮太郎君のところに泊めてもらえばいいんだから。冴はそう開き直って、いよいよブランコから立ち上がった。グダグダと考えこんでいるうちに辺りは薄暗くなっている。冬ほど早く暗くなることはないが、このままここにいたら夜になってしまうだろう。
「よしっ」
冴は自分を奮い立たせると、勇ましく歩き始めた。まずは学校に荷物を取りに行く。問題はその後だ。研究所に帰ってから玲那の様子を窺ってみる。彼女の出方次第で、冴は今後の行動を決めなければならない。
公園は学校のすぐ近くだったので、十分程歩けば到着した。下足室で上履きに履き替え、階段を上がる。二年二組の教室は二階だ。
校舎の外は部活中の生徒の声で騒がしかったが、中には入ると途端に静かになった。職員室からは低い話し声だけが聞こえる。
一般教室の並ぶ廊下はもっとシンとしていた。六時間目が終わってから二時間近くが経っているのだ。居残って談笑していた者達ももう帰ってしまったのだろう。
上履きの底が廊下を擦って歩くたびキュッキュッと鳴る。冴は辿り着いた自分のクラスのドアをパッとスライドさせた。
「え……」
冴は思わず絶句した。すでに帰ったと思っていた玲那が教室に残っていたのだ。小灯が冴の席に座り、その机に玲那が腰掛けている。静かな教室にはその二人しかいなかった。
「遅かったな花木」
「え、れ、玲那ちゃん。帰ったんじゃ……」
「ここで始まった喧嘩だ。ここでケリをつけてやろうと思ってな」
玲那が立ち上がると、腰の刀がカチャッと音を立てた。
「喧嘩って……ボクは玲那ちゃんと喧嘩してたわけじゃ……」
「そうだったか?私との意見の不一致だと思っていたが」
玲那が一歩一歩近付いてくる。冴はその場で待っていた。
「もう一度言うぞ花木。貴様は友人を作れ」
「嫌だよそんなの。ボクには玲那ちゃんしかいないって本当はわかってるんだろ」
「わからぬな。やってもみないうちから可能性を否定するものではないぞ」
冴はムスッとした顔で押し黙った。しかしすぐに口を開く。
「ボクが玲那ちゃん以外と仲良くなれるなんて思わないな。蓮太郎君はともかくとして、今更新しい友達を作るなんてさ」
「そうは言うが先日パンナコッタと楽しげに話していたではないか。それにZとだって会話が滞ることはないようだ」
「それは、玲那ちゃんの話をしていたから……」
「ならもっと私の話をすればいい」
冴は「でもさ……」と口ごもった。拗ねたような表情はいつにも増して子供っぽく見える。
「貴様こそ気付いているのだろう。別に私以外とも友人になれることを」
「そんなことないさ。他の奴と友達になんかなりたくもないよ」
「私とて日によっては自分の用くらいある。貴様に構ってやれない日もあるのだぞ」
「待ってるよ。今生の別れじゃないんだ。ちょっと一人で待つくらいなんて事ないよ」
玲那はため息をついた。玲那のこととなっては冴はいつも以上に頑固になる。
「わかった、そこまで言われれば説得は無駄だろうな。今日は研究所に帰ろう」
玲那の言葉に冴はわかりやすく顔を明るくした。玲那の腕に飛び付く。
成り行きを見守っていた小灯が、三人分のカバンを抱えて近付いてきた。彼女の腕から、空いた左手で玲那が自分のカバンを受け取った。
冴は小灯が抱える自分のカバンを見て迷っていたが、小灯が無言で差し出すと不満気な顔を作って受け取った。
「では行くか。あまり長居すると教師共がうるさいだろう」
玲那の一声で三人は廊下を歩き出した。軽そうなリュックを片手でぶらぶら振りながら、小灯がいつもの能天気な声を出す。
「あーあ、仮病でバイト休むの初めてだよ。明日もシフト入ってるのに」
「明日はどうするのだ」
「行くよ。ものすごい体調悪そうな顔して出る」
「貴様の演技力で誤魔化せるのか?」
「失礼な!私の女優顔負けの演技でちょちょいのちょいだよ」
玲那と小灯の会話を、冴は玲那の腕にくっつきながら聞いていた。今玲那に一番近いのは自分なのに、何だか玲那は自分など見ていないようで寂しい。それに、玲那が研究所以外の者と楽しげに会話している様子は、冴を無性にイライラさせた。
「ボクの玲那ちゃんなのに……」
「む、何か言ったか?花木」
つい漏らした本音をもう一度言い直す勇気はなく、冴は子供っぽく拗ねた顔で「何でもないよ」と答えた。
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