最終的に笑えばいい話2





信号無視、放置自転車の窃盗、他人の住居への不法侵入など様々な逃走方法を駆使し、ようやくの思いで玲那を巻くことに成功した二人の科学者、スコーン・タルトとキプツェル・マカロン。まだ二人を探し回っているであろう玲那に見付からないよう、こそこそと辺りを窺いながらメルキオール研究所へと帰ってきた。

「いやー、大変だったな」

「今生きているのが不思議なくらいですよ」

が、しかし、扉を開けた先待っていたのは二人にとって予想もしていなかった光景であった。

「遅かったな、貴様等」

「ぜ、Z君!?」

「何をしているんだね君は!?」

メルキオール研究所の玄関であぐらをかいて待っていたのは、白い白衣と青い髪のあの化学教師であった。立ち上がった彼は、自分がここにいるのは当然だという顔で二人を見やった。

「もちろん、貴様等の帰りを待っていたに決まっているだろう」

「いやいやいやいや、何しちゃってんの君?」

「あ、そういえばZ君、君の家は?」

ふと気になって尋ねたキプツェルに、化学教師は胸を張ってこう答えた。

「俺に家などない。俺は北野様一筋だったからな。どんな時も北野様のお側にいられるようにしていたのだ」

「つまり野宿?」

「まぁ、そうとも言える」

「いや、そうとしか言えないでしょ」

博士が一番気になっていたことを尋ねる。

「で、Z君。君は何故ここに?君は北野から逃げたんじゃなかったのかね?」

そう言った博士にはすでに嫌な予感がバシバシしていたし、事実その予感は的中していた。

「もちろん、ここに住むためだ」

「ちょ、ちょっと、勝手に決めないでよ。ねぇ博士!」

キプツェルに「ねぇ!」と同意を求められた博士は、顎に手をやって低く唸った。

「うーむ、ここは研究所だから……基本的に科学が出来ないと楽しくないぞ?」

「大丈夫だ。俺はこれでも化学の教師だ。だから入れろ」

「いや、うーん、いいのかなぁ」

曖昧なことを言いつつ、隣のキプツェルに視線を向ける博士。博士は化学教師がいなくなった今後の玲那のことを心配しているのだ。

「博士が一応ここの所長なんですから、博士が決めて下さいよ」

意見を求める博士の視線に、キプツェルは冷たい言葉を返す。だが一見冷たく見えるが、キプツェルはこれで博士のことを信頼しているのだ。彼は博士の決めたことに逆らうつもりはない。

「うーん、まぁいいかぁ。人数は多い方が楽しいし、Z君を歓迎しよう」

「よかったな、Z君」

「断られても無理矢理入るつもりだったがな」

「あ、そう」

強がりを言うが化学教師は少し嬉しそうだった。

「Z君、君家がないんだったらここに寝泊まりする訳だよね。だったら部屋を用意しないとな」

「私の隣の部屋開いてましたよ。少し狭いけど」

「そうだな、そこでいいか」

いとも簡単に化学教師の部屋が決まる。この研究所では基本的にこのように適当に物事が決定されるのだ。

「どうせナントカ旅客機というもので金稼ぎをするのだろう?だったらその金で俺の部屋も広くしてくれ」

「あ……いや……その話なんだけど……」

小世界旅客機の話になったとたん苦々しい顔をして視線を反らす二人。そんな二人に化学教師は不審そうな表情をする。しばらくの後、いやいや博士が説明をした。

「小世界旅客機は君が逃げた後に北野様に踏み潰されました」

語尾に星をつけ、テヘッとお茶目顔をする博士。しかしその言葉の物悲しさは拭いきれなかった。

「……」

「……」

「……」

「……ご愁傷様です」

「本当に」という博士とキプツェルのやるせない声が見事にハモった。

「ま、まぁ、その狭苦しい部屋で我慢してやるか」

「済まないねZ君。無駄に期待させちゃって」

「私もだいぶ期待してましたけどね」

キプツェルが本気でがっかりしたらしい声を出す。

「まぁ、この小さい研究所もいいじゃないか。思い出いっぱいということで」

「残業の思い出しかないですけどね」

「やたらに薬品が散乱していて汚い研究所だな」

「博士がズボラだから」

「整理整頓が出来ない人間は嫌われるぞ」

「いいこと言ったなZ君!」

「Z君まで酷いな!一応私はここの一番偉い人だぞ」

「人望なんてカケラもないですけどね」

何故か意気投合したキプツェルと化学教師が博士をいじめにかかる。博士はブンブンと両手を振って叫んだ。

「私の話は止めだ止め!キプツェル君、Z君を部屋に案内してあげたまえ!」

「分かりましたよ仕方ないな。あ、Z君、着いてきて」

「……うむ」

二、三歩歩いてからキプツェルが振り返る。

「博士!Z君を案内し終わったら薬品の整理ですからね!」

「少し休ませてくれよ~」

唇を尖らせて文句を言う博士。キプツェルの一歩後ろにいた化学教師はまさかと言いたげな顔で呟いた。

「……その整理はもしや俺もやるのか……?」

「当たり前だろ、Z君!うちの博士は目を離すとすぐにダレるんだから」

「キプツェル君~、Z君~、早く戻って来てくれよ。一人じゃ絶対に終わらないからさ」

「ここは自尊心の強い博士の面倒で休む暇もないからな。初めに言っとくが彼女は絶対出来ないぞ、Z君」

自身の苦労を振り返りながら、化学教師の肩をポンと叩くキプツェル。化学教師は一度きゅっと閉じた口を開くとこう言った。

「……気安く名を呼ぶな。俺のことは……シフォン・マフィンと呼べ」

博士とキプツェルは楽しそうにニヤッと笑った。






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