第31話 回想-ベガスでの乗馬
「清一郎さんは何処で乗馬を習ったの、ベガスで乗馬ツアーに行くと聞いた時びっくりしたもの、でも直ぐに、私の過去を知っていると思ったわ、ネットに乗っている物は全てね、私にはそんな能力が無いから聞きたいの、何処で習ったの」
日比谷の老舗ホテルのベッドでローブを着た二人がワインを飲みながら話ていた。
「日本全国、結構乗馬ができる処があるんだよ、僕は東京から近くて電車で行ける処で探して千葉にしたんだ、最初は体験乗馬だったね、君はクラブ活動でだったね」
「えぇそうよ、あの時聞こうと思って忘れちゃったけどネットで私の過去を調べたのね」
「あぁ、君の過去の事は君の両親よりも詳しいね」
「それで千葉へは相当通ったの」
「半年ほど通ったかな」
「ミスター・サイトウ、彼女がミランダ、イチローの馬よ、そして彼がロビー、ユキの馬よ」
日本人の名前は言い難いらしく「イチロー」「ユキ」と呼ばせてほしいと願われ二人は承諾した。
野球選手のお陰でアメリカ人にとって「イチロー」は言い易くなった様だ。
二人は同時に馬の右前から話ながら馬に近づいた、只イチローは日本語でユキは英語だった、
その後、これも同じく馬の首を撫ぜて鞍の状態を確かめその間もスキンシップを絶やさなかった。
二人は誰の助けも借りずに自分で左足を鐙に乗せひらりと騎乗した。
それを見ていた四人は今更ながらに驚きエディーとアレックスも続いて騎乗した。
アンディーとエマは随行する車に乗った。
先頭はアレックス、次いで雪恵、清一郎と続き最後をエディーが務め、その後をアンディーが運転する車が続いた。
「二人はとても乗馬に慣れているのね」
二人の様子を見ていたアレックスの第一声の感想がこれだった。
それでもアレックスは並み足から始め二人の技量を確認しつつ馬と人との相性を見ていた。
ロビーは素直な性格なのでユキに既に懐いていた。
ミランダは少々気位が高く乗せる相手によっては従わない時もあった、だが今は耳がピンと張りイチローの言葉を聞き逃さない様にし、時々顔を横に向けイチローの顔を伺っていた、これはアレックスに取って初めての事でミランダの動きの予想が出来なかった。
それは休憩を取った時に解った。
それぞれの馬を太い木の枝に巻いて止め足元に水を入れたバケツと食料を置いて乗り手の人々は随行の車の処で珈琲を飲んでいた。
暫くすると繋いでいたはずの馬の一頭が車に向かって歩いて来た、ミランダだった。
「イチロー、止め方が甘かったようね」
「そんなつもりはないのだがね」
皆が見ているとミランダは手綱の端を加えていた、その手綱をイチローの前に突き出した。
イチローが手綱を手に取るとイチローが座っている椅子の横に並んで立って動かなくなった。
「凄い、凄いわ、この子を此処まで従わせた人は始めてだわ」
「アレックス、ミランダだけじゃない、他の馬だってここまでのは一頭もいないじゃないか」
「イチロー、どうやったの、教えて」
「プラボー」
「・・・・」
雪恵は只黙って惚れ惚れとした目でイチローを見ていた。
「僕は何もしていません、逆に何故なのか専門家のアレックスに尋ねたい」
「私も自分は馬の専門家、馬の調教の専門家と自負していたけれど、もう自信がないわ」
「貴方は剣道の有段者ではないですか」
「剣道はやった事がありません、エディー・・・が空手を少々」
「黒帯ですか」
「いえ、違います」
「・・・そうですか、ミランダは貴方の強さに屈したと思ったのですが」
「ユキは何か武道をやりますか」
「はい、私も空手を少々、エマ」
「日本人の少々は当てに成らないからな~」
「僕と父は柔道、母とアレックスは空手の有段者なんです、イチロー、私と試合をしませんか」
「ここでですか」
「はい、幸い柔らかい土ですから、やりましょう」
清一郎は雪恵を見て承諾した。
アンディーと清一郎が向き合い間に審判を務める父のエディーが立った。
「一本勝負、始め」
アンディーは少し前かがみになり両の手を前に構えていた。
それに対し清一郎は両手を脇に垂らし真っすぐ立っていた。
アンディーが右手を伸ばし清一郎の襟首を掴もうとした、だが清一郎は円を描き躱した。
次にアンディーは今度こそ掴もうと深く踏み込んだ・・・と思ったら地面に仰向けに倒れていた。
「一本、それまで」
エディーの声が飛んだ。
「イチロー、今の技は何ですか、空手ではありませんね」
「合気道です」
「あぁ~、これが合気道ですか、貴方は合気道の黒帯ですか」
「いいえ、少々かじっただけですよ」
「また、少々ですか、怪しいものだ、今度は父と試合をして下さい、父は師範ですから強いですよ」
「師範、日本の、それともアメリカの」
「アメリカの師範です、日本では指導員です、いかがですか」
清一郎はまたも雪恵の方向いた。
「良いでしょう」
こんどはエディーと清一郎が対峙し審判をアンディーが務めた。
「一本勝負、始め」
エディーもアンディーと同じ様に少し前かがみになり両の手を前に構えていた。
今度も清一郎は両手を脇に垂らし真っすぐ立っていた。
エディーも右手を伸ばし清一郎の襟首を掴もうとした。
今度はエディーが清一郎の奥襟を掴んだと思ったらエディーは空を見ていた。
こんどの清一郎は背負い投げでエディーを投げたのだ。
「一本、それまで」
アンディーの声が飛んだ。
「イチロー、君は柔道もやるのか、黒帯なのか」
「エディー、僕の通った高校では体育の授業があり柔道も練習しました、それだけですよ」
「ちょっと習ったくらいの人間に私が負けるはずがない・・・貴方が隠したいのなら聞かないよ、さあ出かけようか」
「待って、貴方、イチローの少々がこれ程ならユキの少々も気になるわ、私と寸止め試合をしましょう、ユキ」
エマが雪恵に空手の試合をしようと迫った。
雪恵が清一郎が立っていた位置に着き無言の了承を示した。
エマが対峙する位置に着き審判をかって出たエディーが宣言した。
「始め」
エマは右足を前に猫足立ちの構えをとった、対する雪恵は清一郎と同じ様に一切構え無かった。
暫くその状態が続いたがエマが間合いを詰め始めた。
その時、雪恵が一歩踏み込み右回し蹴りを送り込み、それをエマが左手で払う様にしたが雪恵の右足は途中で軌道を変化させエマの眼前に足刀で止まった。
「一本、それまで」
エディーが日本語で試合終了を告げた。
「貴方たちは何と言う二人だ、乗馬も武術も並外れている、本当に日本人なのか・・・いや忘れて下さい、皆、二人にこれ以上の詮索は止めよう、さぁ~出発しよう」
「あの時、何故エディーは質問を途中で止めたのかしら」
昔を懐かしむ様に雪恵が清一郎に言った。
「多分、エディーは我々を日本のアメリカのCIAの様な組織の人間と思ったからだと思うよ」
「えぇ~、私は諜報員・・・スパイと思われたの」
「あの後、射撃の腕も見せただろう、確信したと思うよ」
「・・・う~ん、確かに日本人で武術をしている人は珍しくないけど、プラス乗馬、射撃となると・・・確かにいないわね・・・不味くないの」
「日本に戻ってから別に尾行も無いしね、何時かアメリカに行った時に尾行が付くかも知れないね」
「CIAに暗殺される・・・なんて事はない・・・か」
「当たり前だよ、暗殺の前には下調べがあるし、そうすれば只の一般人だと解る、第一もし僕がCIAの人間ならそんな人材は暗殺するよりスカウトするね」
「私がCIAに所属・・・それも良いわね、ところで日本にはCIAの様な組織はないの」
「昔から噂として現在の総務省に情報調査部門があると言われてはいるね」
「じゃあ日本にはスパイはいないの」
「とんでも無い、日本人の為のスパイは居ないかも知れないが外国のスパイは大勢いるはずさ、だって日本にはスパイ防止法が無いんだからね、いろいろな国の大使館にはその国のスパイがいる事は公然の秘密らしいよ」
「へぇ~それで良く戦争に成らないわね」
「だってお互いにやっている訳だから、どっちもどっちだろう」
「そう言う事か、話がそれちゃったわ、続きを思い出させて」
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