変わる夏

神田椋梨

第1話 後悔

夏に飲むなら緑茶がいい.熱いのではなく水出しのさっぱりしたのがいい.

麦茶?麦茶なんてもっての他だ.あんなのは実家で飽きるほど飲んだ.

逆張りがしたいお年頃なのだ.


そうクーラーも無い五畳の部屋で天井を見つめながらぼんやり考える.

朝のニュースで気象予報士は,今日の最高気温が三十五度だと言っていた.

今日だけは天気予報を信じてもいいかもしれない.

蝉の声が脳の奥まで届き,脳漿を震わせている気がする.

暑さと騒音に思考は鈍らされる.

まともに考え事も出来ない.

私は意思が弱いダメ人間である.

いくら不自由な居場所であっても,変えようという考えが中々浮かばない.

上体だけ起こし,煮出して作った麦茶を手に取り嫌々飲み干す.

一時間前に作ったばかりでまだ温い.

余計に暑さが体に纏わり着いてしまった.

ため息交じりに冷蔵庫から氷をいくつか取り出してタオルに包み頭にのせてみる.

これは快適だ,多少は思考のもやは晴れただろう.

まだ十一時前だ.それでも動けない,動きたくもない.

再び考え事に気持ちを集める.


大学入学とともに地元を離れ一人暮らし.

思いの外一人暮らしは快適であり,夏休みも五畳の部屋で過ごしてやると意気込んだものの,バカみたいな暑さだ.

実家とは比べものにならない.

そのうえ貴重な同郷の友人達は帰省してしまった.他に友人はと呼べるものは居ない.講義もない.バイトもしていない.

私は空洞だ.目的も意欲もなく惰眠を貪る.惨めな生活だ.

思い返せばこれまでの人生も惨めだった.

中学では他人の目を気にして友達付き合いをし,部活に入り,生徒会の要職に就いた.窮屈だった.

高校では自分を守るために友達付き合いをし,部活に入り,生徒会から逃げた.

傷つかないように周りに流されるようにして生き延びた.

小学生の頃普通に出来ていたことが,歳を増すたびに出来なくなってしまった.

このまま惨めに歳をとり続けていては私の人生に意味など残らない.


何か変わろう.


そう衝動的に一大決心をした時にはすでに一時を過ぎていた.

腹は減っているが,決心したからには仕方がない.

目的は無いが手始めに外に出てやるのだ.

真上で太陽が見守る中,私は住処を後にした.

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