第49話 雨降って地固まる

 目に見えて崩れてゆく日常。

 もはや非日常でもない虚無だけが後に残って僕を苦しめる。慰めてくれるような数少ない人間関係は離散し、真の意味での孤独が肩で風を切るようにして闊歩かっぽしてくる。

 これまで読書でもって体感していた孤独がなんと子どもっぽい浅はかなものであったかをこれでもかと示されている。

 彩香は一応、数日間入院という事となり、行きと変わらず、真横にくっついて来た道を戻る僕たち。


「宗太君」

「何?」

「何だか久しぶりだね」

「まあね」

「宗太君、宗太君、宗太君」

「何なの」

「一番好きな言葉。もうずっと独り言になってしまうのかと思ったよ。そんなことないのにね」

 僕は再び深雪さんに会うとは思っていなかったが、相手はそうではなかったようだ。根拠のない絶対的自信。もはや彼女の僕へ向ける想いは狂信的。

 僕が神を語るものなら、彼女は全財産を差し出すに違いない。良くも悪くも、僕だけに向けられた感情であったことに安心する。

 コロコロしていては、心が破壊さえても不思議ではないからだ。


 つい数週間前のはずなのに深雪さんとの日々がとてもかけがえのないものに思えてならない。

 現状が悪化すればするほどに、僕はかつての深雪さんを欲していった。

 今隣に居る深雪さんとは違う、あの時の、幸せだった時の深雪さんを。

「宗太君、顔色悪いよ?」

「……まだ僕の中では整理がついてないんだ」

「そうだよね………」

「君には嫌な態度を取っていると思う。ごめん。でも、どうしていいか分からないんだ」

「いいよ、私は嫌だったら『やめて』って言えるから。宗太君は何も気にしなくていいんだよ。私こそごめんね、宗太君の意志を無視しちゃって。あの時はお姉ちゃんに宗太君が取られちゃう気がして。私、独りだから、宗太君と離れるの嫌なの!

 私、司書もメイドも失格だった。

 でも、もうあんな事しないから、最後のチャンスをください」



 ―――私を彼女にしてください―――



「宗太君、どうして宗太君が泣くの……!?恥ずかしさとか後悔で泣きそうなのは私の方なのに」

「何でだろう…………でも、僕は駄目だよ、また傷つけることになるから」

「ううん、傷ついても、恋人なら時間をかけて治せばいいんだよ」

 深雪さんがそう言って、僕の左頬に口づけをしたことで、僕は何もかも

 もうどうなってもいい。混沌を極めた現状は既に修復不可能。ポイントオブノーリターンはとうに過ぎ去り、引き返すことは完全に無理なのだ。

 ならば、この好意に浸って、辛い現実を直視せず、虚構に彩りを加える方がいいに決まっている。

 僕はこんな状況でも誰かに愛されていることと、この世への絶望に涙したのだった。再建できないのだ、新たな理想郷を造る他に正気を保つ術はない。

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