第15話 赤子は言う、『もっと愛を』と

 深雪さんを安全に運ばんとして、非力な筋肉を総動員した。途中、何度も休憩とよろめきを挟み、彩香はもはや諦観の境地といったような面持ちであるのが、暗がりながらもしっかりと伝わった。


 日に日に寒くなってゆく秋にもかかわらず、彼女と知り合ったのに符合するように、僕の知る現実は溶け、熱気が僕をのぼせさせて、即断即決するような爽やかさはどこかへ消え去ってしまった。

 『本さえあれば、他には何もいらない』などは、分別のある人間であれば世迷言に過ぎないと分かっているはずなのに、僕はそんな独りよがりを拠り所に、彩香や深雪さんと時を共にした。


 そう、独りよがりだ。

 他者をシャットアウトするふりをしつつ、本という他者の産物を享受する日々。それだけならまだしも、読書以外のを誰かに任せっきりにする。

 赤子なら可愛いものだが、僕はもう大学生だ。だからこそ成り立っているのだろうが、それが当たり前であったなら、僕はどうして彼女をおんぶしている?

 いつもみたく、放っておくか、あるいはタクシーを利用すればいいのだ。


 それでも僕は彼女をおんぶし、彩香と元居た僕の家に向かって歩いている。

 まるでそれが旧約であるかのように、約束の地を目指して夜風に髪を揺らしている。『希望』などという輝きは所詮、舞台演出に過ぎない。

 今の僕らをまっすぐに進ませているのは、物心ついた頃から立っていた街灯。

 だけど、『希望』なんてアバウトなものを信じて進むより、よっぽどいいように思うのは、慣れない事をしたせいで妙なテンションになっている影響なのか。


「お兄ちゃん、怒ってる?」

 僕と同じように、夜道を歩いたことで、いろいろと感じる事があったのあろう、さっきとは違い、とても弱々しい質問だった。

「怒ってないよ。そりゃあ、深雪さんには後でしっかり謝らなくちゃならないけどね」

「……そうだね」


【やっぱり好きだよ】


「今、なんて……!?」

「え、何が?」

 すぐ真横を車を通ったのもあって、聞き間違いかもしれないが、でも今、確かに『好き』って…………

「どうしたの?」

「い、いや、ごめん勘違い」

「ふ~ん?」



「おかえり」

 そうか、深雪さんの『おかえり』が落ち着くのは、彩香も普段から挨拶を大切にしてたからか。

「ただいま」

 さ迷っても帰れるなら問題はない。だから、ゼロか100かの人間関係なんて考え方は捨て去ってしまうべきだ。

「ふわっ!ふぇえ!宗太君!!??」

「ちょ、暴れないでって!」

 謝罪と手当、それに説明。課題は山積みだが、彼女らへの恩返しはこんな事では済まされないのだから、へこたれていては情けなきこと限りなし。

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