第12話 見解の相違

 僕は今、本を読んでいる。少なからず僕の人となりを知る人物であれば、「お前はいつだって本を読んでるだろ」と指摘すると断言できる。

 だが、読書家の端くれとして、やはり言葉の取捨選択には気を遣っているつもりであり、そうありたいと考えている。

 氷室深雪が僕の日常に介入し、大義名分として<快適な読書空間>を掲げながらも、実際に保証されるのは空間だけであり、読書をする機会が減っていたのだ。


 これではここに居る理由が無くなってしまうので初心に戻って、一日の大半を読書に費やしたのだ。

 僕は寝る間も惜しんで読書をし、本棚に戻すことすらせず、同居であることを考慮もせず、憑りつかれたかのように本を読み漁った。


 活字中毒になる一歩手前で、ふと僕は手と目を休ませた。

 さすがの僕とて、集中力には限界がある。ましてや体力に関しては劣っているとさえ言えるだろう。

 ほとんど同じ体勢でいる苦痛と表現すれば、読書を嗜まない方にも伝わるだろう。



 彼女は妙な言葉を言いながら、コーヒーを持ってきてくれた。

「ありがとう……あ、本、戻してくれたんだ」

「私は宗太君の司書さんだよ?」

「そうだったね」

「そうだったんです」

 同じ家に住んではいるが、一方的な読書マラソンのせいで、彼女と話すのも何だか久々に感じた。

「……ただいま」

 彼女の言葉を尊重して、僕もそう答えた。

 案外しっくりきた事に少しビックリしたが、それは僕の行いが人の道に反しているとは言わずとも、いささか奇妙であった事を示している。

「美味しいよ。さすがメイドって感じかな?」

「えへへ、違うよ」

 …………メイドを自称しているのを忘れたのか?冗談っぽく会話してみたのに。


「違うんだよ…………」


「何が違うの?」

「えっ、ううん、何でもないよ!」

 今、彼女は確かに『違う』と言った。二度も否定されるほどの話題でもないので、何だか引っかかる。

 電信を傍受ぼうじゅしてもエニグマがなければその中身が解読できないように、彼女が思いの断片を反芻はんすうしたからとて、彼女の思考が読める訳ではない。


 ***

 違うよ宗太君。メイドだったら『お帰りなさいませご主人様」って言うもん。でも私は宗太君に『おかえり』って言ったんだよ。

 それはメイドでも、もちろん、司書からでもない、からの言葉なんだよ…………!

「ばか。いっぱい本読んでるくせに。……でも好き♡」

 ***


 哀しげにそういった彼女だったが、振り返って見せたその顔は、どことなく誘惑的で、僕が彼女と過ごすようになって初めて見た表情でもあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る