第3話 効果には個人差があります。
料理は定番だったが、そのふるまい方たるや実に奇抜なものであったので、満腹感と相重なって、いささかならず辟易気味だ。この点は双方いずれかが改善しなければ、快適生活は破綻まっしぐらである。
いきなりでおこがましいが、ここはしっかりと言う必要があるな。
「氷室さん」
「はい、お茶どうぞ」
熟年夫婦のようなやり取りだが、本意はお茶のおかわりではなかったので、やはり一朝一夕でなれるものではないようだ。
「ありがとう。それでさ、少しいいかな」
「なに?」
「あのメイド喫茶みたいなのはやっぱり恥ずかしいから辞めてもらっていいかな?」
「いきなり私、解雇!?」
「そんな大事でもないし、そもそも労働じゃないから」
「
僕と違って彼女は感情の起伏が激しい。今も既に涙目だ。
「そんなに重要だったのなら、今のは忘れて……」
「ううん、宗太君のお願いなら何でも聞くって決めたから。でも、ああいう事嫌いな男子がいるとは……!」
「嫌いっているか、ホント単純に恥ずかしいんだよね」
「なるほど宗太君は照れ屋さん、と」
メモなんて持ってないのに、些細なことを記憶しようと努める氷室さん。そういう所に好意を持てるというのもあって、この生活を始めたんだ。
***
やってしまったぁーーーー!!!宗太君に嫌な思いだけじゃなくて、気まずい思いまで!
いきなり失敗なんかしてたら、宗太君が他の女に取られちゃうよ。本にしか興味がない宗太君の事だから、一番のライバルはやっぱり妹ちゃんだよね。
名誉挽回の為にも、小手先の技なんて使わず、しっかりお世話しなくちゃ!ま、いざという時は強硬手段に…………
***
あまり彼女の事ばかりに思いを巡らせて、本来の目的たる読書がおろそかになっては情けない。雑念を取っ払うのも兼ねて、今こそ書物に没入せねばなるまい。
恋は神聖にして罪悪であると先生が言っていたのを思い出した矢先、室内に優雅な、それでいて親しみのあるクラシック音楽が流れだす。
「あっ、その、本屋さんみたいでいいかなって。……うう、ごめんなさい」
「いいや、確かに落ち着いていい感じだよ」
「ホント!?」
やはり彼女は感情の起伏が激しい。でも、こうして純粋無垢な笑顔を向けられると、僕も自然と温かい気持ちに……
「えへへ、宗太君かわいい♡」
「!?」
「もっと見せて、私だけに!」
クラシック音楽は一般的にリラックス効果が期待されるが、今の彼女はその対極にある興奮状態にあった。くどいようだが、彼女は感情の起伏が激しい…………
「あの………宗太君?」
単行本の一章が終わった頃合いを見計らって、氷室さんは静かに話を切り出す。
「お風呂、空いたよ」
「き、着替えてから!何してんの!?」
バスタオル姿で同居人に近寄るのが普通なくらい、我が国の国民は開放的になったのだろうか。もはや僕はシャイどころではなく、時代遅れなのか?おい氷室、ニヤニヤするな。
「今日はいろいろありがとう。僕もまだまだ迷惑かけると思うけど、これからもよろしく」
「もう寝るの?」
入浴も済ませ、さすがの僕も慣れない共同生活に疲労が溜まったのだろう、睡魔が今にも眼を接着せんと呪詛をかけている。ぼくはそふぁーべっどで…………
「おやすみ、宗太君♥」
眠る寸前、コンマ数秒の内に見た彼女の笑みは、数時間で見せたどの笑顔とも異なる、妖魔的とも言うべき意味深な微笑みを向けていた。
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