ヒトが数世紀を生きるということ

@chauchau

今日もまた


「神様はあーしのことなんで食べないんすか」


 さきほどまで機嫌良く私の毛を三つ編みにしていた少女からの問いかけ。いつものことではあるが、彼女は脈略というものがない。


「食べられたいのか」


「え? 嫌に決まってるじゃないっすか、ボケたんすか?」


 神様と呼びながら、彼女から敬いの感情を久しく感じたことがない。今も私の臀部を笑いながら叩く姿に遠慮は見られない。

 初めて出会った時のように怯え震え続けてほしいわけではないが、これはこれでどうかと思う。


「ハンバーガー食べたいっすね」


「腹でも空いたか」


「神様がっすか?」


「ハンバーガーを食べたいのだろう」


 嫁という名の生け贄として彼女が私の元に来て数百年。嫁となった時点でヒトの理からズレてしまった彼女は食べずとも生きてはいけるが腹は減る。


「そうなんすよ、ちょっと買ってきて良いっすか」


「好きにしろ」


 束縛はしても拘束する趣味はない。

 帰ってくるのであれば自由に下界へ出入りさせている。おかしな口調や衣服を身に着けてくるのはいただけないが……。


「一緒に行きましょうよ」


「大混乱になる」


「ただのでっかいわんこじゃないっすか」


 ただのでっかいわんこに怯えていたのはどこのどいつだ。


「私は狼だ」


「わんこじゃないっすか」


 違うわい。


「一軒家よりもでかい」


「諦めてダイエットしたほうが良いっすよ」


「太って大きいわけじゃない」


「太いと大きいって漢字似てるくないっすか?」


 臀部につきささる小さな拳。

 痛くはないが、なにがしたいのか。


「良いこと考えたっす。人間に化けましょうよ、そしたら一緒に行ける」


「私が人間に成ったことが一度でもあったか」


「遠慮するなっす」


 繰り返される拳。

 毛にはばまれて肉までたどり着いてはいないのだが。彼女でなければ後ろ足で蹴り飛ばしているところ。


「人間には成れんよ」


「まじすか。人外ってヒトになれるじゃないっすか。しょっぼ、え、しょっぼ」


「そもそも、どうして人間に成る必要がある」


「さぁ?」


「爪もない、牙もない。闇夜を見通す瞳もない。脆弱極まりない存在にわざわざ成りたがる異形が居るものか」


「漫画!」


「書いているのが人間だろう。人間本位なくだらない考えだよ」


「神様って神様のくせに人間嫌いっすよね。仕事放棄っすか、ネグレクトっすか」


 疲れたのか、飽きたのか。

 殴るのをやめて私にもたれかかって座り込む彼女に、尾をかぶせる。こら、噛むな。


「向こうが勝手に神と言いだしただけのことだ。そもそも神で在る気すらない」


「身勝手に孕ませた男はみんなそう言う」


 しばらくドラマは禁止にしよう。


「じゃあ人間殺すんすか」


「必要とあればな」


「だーだん、だーだん、だだだだだだだだ」


「狼だ」


「でも人間って強いっすよ。きゅうきゅうよりつなー!!」


 呪文が違うというのは止めておこうか。楽しそうだ。


「数の力、機械の力は存じているよ。だが、私は一夜で万里すら飛び越える。どうして一箇所に留まる必要がある。どうしても殺したいのであれば場所を変え、時を変え、ゆっくりと殺していくさ」


「神様のくせに場所移るんすか」


「向こうが勝手に神と言いだしただけのことだからな」


「身勝手に孕ませた男はみんなそう言う」


「その返事はやめようか」


「はいっす」


 尾に噛みつくことをやめないので、どければ不満げな顔を向けてくる。仕方が無いので被せるのだが、また噛みつかれる。

 気にくわないのか、違うのかはっきりしてほしい。


「ハンバーガーを買いに行かなくて良いのか」


「神様がっすか?」


「ハンバーガーを食べたいのだろう」


「そうなんすけど、まあ良いかなって」


「そうか」


「じゃあ、買ってくるっすー!」


 飛び出していく背中を見送って、私は眠りについた。



 ※※※



 嫁と成り、彼女はヒトの理からズレた。

 ズレただけで外れてはいない。


 時々考える。


「神様はあーしのことなんで食べないんすか」


 食べてしまうのが彼女のためではないのかと。


「食べられたいのか」


 終わらせてやるのが幸せではないのかと。

 それでも私は、今日もまた繰り返す。


「え? 嫌に決まってるじゃないっすか」


 彼女を愛してしまったから。


「ボケたんすか?」

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