たとえ明日が
春嵐
01 夜の街、自販機の前.
行動変容性未来変更能力。
昔、いかがわしい病院でいかがわしい医者に言われた。
行動によって、未来が変更される。それは普通の人間が持っている普通の能力。勉強をすればゆっくり頭がよくなっていくし、身体を動かせば慣れていろんな動きができるようになっていく。
自分の持っている体質は、それをさらに拡大させたものだと、言われた。
行動すると、未来が変わる。行動しなくても、未来は変わる。これが普通。多くの人が行っている、普通の人生。普通の未来。
自分は、行動すると、未来の精神が変わる。
自分が行動すると、人の、心の色が、普通の人では考えられない振れ幅で変容していく。
精神は基本的に行動や性格と紐付いていて、ショックや強い刺激がなければ大きく変化することはない。
自分の存在そのものが、ショックや強い刺激の部類、らしい。
夜。
ビルの並ぶ街中。
自販機。
最近流行りのパッケージが異なる飲み物を買おうとして。
「あれ」
隣の自販機。同じものを買おうとしている男性の気配。
「あなたもですか?」
この飲み物は、二つ買うとパッケージが統一されるように作られている。
二つ買って、ひとつを手渡した。
「ありがとうございます。おかねを」
「いえ。パッケージが見れたので、サービスです」
男性が、飲み物を受けとる。
一息で、飲みほして。
「やっぱり、おかねを」
「いえいえ。かわりに、私のことを、覚えていてください」
「はい?」
「いえ。では」
こういうやりとりをすると、いま会った男性の明日の未来は、大きく変わる。精神の構造が大きく変わり、変容する。
良いことをすると良い人間に。
わるいことをすると、わるい人間に。
変容していく。未來が変わっていく。これが、私。
そして。誰も、私のことを覚えていない。それも、私。
変容した精神は、未来は、私のものではなかった。あくまで私はショックや強い刺激であって、人ではないという認識。
だから、どんなに親切にしても、どんなにわるいことをしても、誰も、気付かない。明日の記憶に、私は、存在しない。
治療法はないが、普通に生きることはできると医者は言っていた。
ようするに、普通にしていればいい。
良いこともせず。わるいこともせず。ただ街を構成する一要素として、日々を過ごせばいい。
そうすればいずれ、普通の中に紛れて普通の一生をまっとうできる。そう言われた。
さっきの自販機も、特に会話をしたりせず、普通にしていればよかった。そうすれば、普通の、自販機で飲み物を買う人。
それに、耐えられない。
どうしても、耐えられなかった。
人を好きになりたい。
誰かに、親切にして、ありがとうと言われたい。
誰かと友達になって。恋をして。そうやって、生きたい。
それは、普通じゃないのか。誰かと一緒にいるのは、許されないのか。
夜の空。
ビル。
この街には、たくさん人がいる。
それでも。
誰も、私に、気付いてくれない。
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