あの夏の夜に
ヨル
あの夏の夜に
花火大会、あなたは私を選んでくれた。
毎年恒例の地元の夏祭り。
放課後、君と待ち合わせをしていた。
カラフルな屋台が並ぶ人混みに、私たちはさっそく紛れた。
射的にくじ引き。
焼きそば、唐揚げ、かき氷。
それなりに楽しんで、腹が満たされたところで、雑踏を逃れるようにして座れる場所を探した。
私達は、屋台の通りから少し離れた場所で、自販機の明かりに照らされたベンチを見つけた。
その時、轟音と共に夜空に満開の花が輝いた。
花火を近くで見ようとする人々の群れに逆らって歩く。
君は私の前を歩き、一度も振り返らなかった。
ベンチに腰を下ろし、一息ついた。
今日の君はずっと静かだった。
花火なんて大して見ないで、ずっと音だけ聞いていた。
君はもう顔を下げたままだった。
スマホを取り出してはため息をついていた。
「あいつと来たかった。」
ふと、君はぽつりと呟いた。
言葉の意味も、君の気持ちも知ったようなつもりで隣にいる自分が恥ずかしくなった。
私は何も言えず誤魔化すように空を見た。
何も言わなくても許されるような気がした。
吐き出してしまえばいい。
そんな優しい言葉はかけられなかった。
夜空を見上げながら歩く人々と歓声を背にして私達は帰路に就く。
そのとき、やはり寂しくなったのか君は私の手を握ってきた。
確かに握られたその温もりが、心地悪かった。
「あなたが彼氏だったらいいのに。」
君のことだから、もちろんその言葉に意味なんてなくて、思ったことを口にしただけなんてことはわかっている。
私の熱が冷めていくのに対し、繋がれた手はいつまでも気持ち悪いほど暖かかった。
そうだね。
ひねくれた声が出た。
その言葉で私は全てを否定されたような気がしていた。
ずるい。
そう言えてしまう君もまた、私を傷つけたじゃないか。
私がなれるのは君の友達で、彼氏じゃない。
これがどこまでも「あいつ」の代わりのように言われてしまうのが、悲しくてならなかった。
花火大会、あなたは私を選んでくれなかった。
あの夏の夜に ヨル @0317asa
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