うん!この精霊!

笛希 真

不運な女子高生


 わたし、月元つきもと由香里ゆかりは日本一運が悪い女子高生だ。


 ――いや、日本一というのはさすがに言い過ぎかもしれない。でも、幸運な人間か不運な人間かの二者択一なら間違いなく後者であろう。わたしは不運の星の元に生まれた人間なのだ。

 そんなことを口にすると大抵の人は「なにを大袈裟な」と笑う。

 だが聞いてほしい。わたしの半生を。


 わたしは16年前にこの世に誕生した。

 小さい頃のことはあまり覚えていない。きっと自分が幸運だとか、不運だとか、その頃はそんなことを意識せずに生きていたのだろう。


 自分がほかの人よりも運が悪いんじゃないかと気づき始めたのは小学生になってからだ。

 道を歩けば毎日のように転んだり、自転車にぶつかったり、ドブにはまったりした。しまいにはどこかのグラウンドでやっていた野球のホームランボールが直撃したこともあった。


 これだけではわたしがただ鈍くさいだけのように思われるかもしれない。でも、わたしの不運はこんなものじゃないのだ。

 修学旅行のときには必ず風邪を引いていたし、卒業式のときなんかは盲腸にまでなった。そのため、クラスの集合写真はいつも左上に顔写真だけ乗っけられているという状況だ。


 恋愛事でもわたしは不運だった。

 初恋は小学校低学年のときだったのだが、その男の子はわたしが想いを告げる前に転校してしまった。その後も小6のときに好きになった人は中学が別になってしまったことでそれっきりだし、中学で好きになった人もすでに彼女持ちという始末だ。

 告白することもできないまま失恋を繰り返す。こんな不運なことはないんじゃないだろうか。


 結局なにが言いたいかっていうと、わたしはとにかく不運だということ。だからこそ、下校途中の道路に落ちていた太く長い犬のふんに右足を踏みおろすぎりぎりまで気がつかなかった。

 でも今日のわたしはまだついているほうだったのだろう。だっていつものわたしなら、犬の糞に気づくのは踏んでしまった後なのだから。

 わたしは寸前のところで右足の着地点を修正し、さらに前へと踏みおろした。


 よし! これで不運を回避できた。


 そう思えたのは一瞬だった。急に歩幅を乱したために、わたしはつんのめる形で前方によろけてしまったのだ。

 しかも不運は続く。そのよろけた先に自転車が猛スピードで突っ込んできたのだ。


 体制を崩している状態で避けられるはずもなく、わたしはその自転車に正面からぶつかってしまう。ガシャンと激しい音と共にわたしは尻餅をついていた。


「痛たた……」


「あっぶねぇじゃねーか! しっかり前見て歩け、バカ野郎!」


 よろけたわたしにも非があるのは認めるが、歩道をスピードを出して走っていた自転車のほうにだって落ち度はあるはずだ。それなのに乗っていたおじさんは怒声をあげながら倒れた自転車を起こすと、すぐさま去っていってしまった。

 だけど、いつもこんなことばかりなので怒りすらわいてこない。わたしはもう自分の不運に諦めを感じていたのである。


「よっこらしょ」


 おばさんじみたかけ声とともに立ち上がろうとしたところで、はっとあることに気づいた。


 わたしはそもそも犬の糞を避けようとしたためバランスを崩し自転車にぶつかったのだ。そして、現在わたしは尻餅をついている。

 サッと血の気が引くのを感じながら、おそるおそる後ろを振り返った。


 ――わたしのお尻の数センチ後ろに一本糞が先ほどと同じ形状で鎮座していた。


「よかったぁ……」


 それを見たわたしは心底ほっとした。いつもだったら犬の糞まで下敷きにし、制服をぐしゃぐしゃに汚してしまっていたはずだ。そういう意味ではやはり今日はまだついているといっていいだろう。

 わたしはそうポジティブに解釈し立ち上がるのだった。

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