第十一話 Sparkle
《我の意識を自力で手繰り寄せ、再び対話を試みるなどと⋯⋯お主の行動にはいつも驚かされるな、西野小夏》
意識の中、ブラギ様は問いかける。
夢幻空間の中で修練中の私は気分転換にブラギ様を呼び出していた。
「えっへっへ。すみません、独りで座禅を組み続けるのは退屈で⋯⋯」
器の殆どの修復は終えている。
後は神衣になった時に帳尻を戻せるかどうか。
これまで彼方さんに教わってきた事の全部は神衣を想定された物だ。
本来であれば神衣時に修練する内容を、夢幻空間の中という限定された場で仮修得して来ている。
過去の私の身体で修得したものを、器を新しくした私が神衣発動時に修得出来ているかはその時でなければ全く分からない。
《修練の成果は見ておった。この夢幻空間の中で三時間もその体勢を維持しておるが、もう器は大丈夫なのか?》
「はい、後は新しい神衣に新しい器が馴染むかどうか⋯⋯なのでこうして、感覚を整えているんです」
瞑想に慣れてからというもの、集中力がそうさせているのか気付けば身体が宙を浮く様になっていたのである。
《話しながら感覚を整えられる段階であると?》
「はい、考えてみれば普通の瞑想の形では無くなっていったので⋯⋯器はもうすぐ完成しますよ。彼方さんと、ブラギ様にきっかけを貰ったおかげです」
ブラギ様から貰ったきっかけとは、私の中に知識として入ってきた物。
その中身は禊猫守が神衣を降ろす際に発動している術式を可視化した物だ。
花の模様の魔法陣、細部にはびっしり刻まれたルーン文字が幾重にも繋がって、糸の様に絡まっている。
これら全ては魔素を通す管となる役割があり、一つ一つが力を解放する鍵になっている。だからこの魔法陣全体が神衣そのものと言える。
私の器は今、花の魔法陣の中でも重要な核が欠けている状態にあった。
核にはラオシャの持つルーン文字が当て嵌まっていたのだが、新しい器にはルーン文字のみならず自由な術式を当てはまる様調整を施している。
そうなれば⋯⋯上手くいけば自分から自然治癒を発生させる事も可能かもしれない。
《皧狐と相対する新しい力、楽しみにしている》
「う〜ん⋯⋯でも本番で能力を取り戻せるかは分からないんですよね。試しに誰か相手になってくれるとー⋯⋯?」
《我とお主で神衣とな? ふっふっふ、おかしな事を言うものだ》
「ブラギ様との契約、悪くないと思うんですけど⋯⋯実際出来るものなんですか?」
ケットシーの王であるブラギ様も軸となるルーン文字がある筈だ。
新しい神衣で他のルーン文字が当て嵌められるなら是非ブラギ様でも試してみたいと少し期待が昂るのだけど、ブラギ様は間を開けず否定してきた。
《我の力を受け入れられる程の器は存在せぬし、それに魔女の力もある。どうなるか想像もつかん、止めておくんだな》
「やっぱ駄目ですよね⋯⋯よし、瞑想ももう切り上げます。今日は禊猫守と集まる約束なので、これで失礼しますね」
《話し相手になってくれて、ありがとう》
⋯⋯。
まあそんなのは分かりきってた事だよね。
取り敢えず瞑想を解いて、禊猫守達を誘った場所に向かおう。
今回禊猫守達を集めたのは私だ。
私達は同じ枠組みに居ながら、情報の共有等はイズンさんが仕切らない限りはされる事がない。
その事実はスマホで作っておいたグループメッセージからなんとなく察しがついていた。
私とモモさんのメッセージしか、そこには流れないからだ。
「姫李ちゃん、今日も朝食を作っておいたよ」か、「今日は彼方さんの方で修練を行うので、菜々さんと私は不在になります」程度の報告以外は何も書き込まれる様子など無いのだ。
だからブラギ様と交信した一件も何もかも皆とは情報の共有をしていない。
こうした経緯も含めて今回、痺れを切らした私が皆を一堂に集めてみた次第だ。
集まる場所というのは、まあ⋯⋯私の家以外無い訳だけど。
今うちのリビングには史上最高で人と猫が集まっていた。
禊猫守全員に今回は彼方さんにも集まってもらい、情報共有を行う。
「ブラギ様から聞いた話を皆にも共有しておこうと思う。そしてすぐにでも皆で相談した上で、今後の方針も決めておきたいんです」
この場には、ここ最近アイドルの仕事が忙しくて会えていなかったモモさんにも、時間を割いて集まってもらっている。
ハロウィンライブが終わればクリスマスに元旦、成人式にバレンタイン。
ライブだけでは無くCM、タイアップ、毎日のSNS更新、雑誌インタビューモデル活動美容広告塔姫李ちゃんのご飯諸々、アイドルとしての彼女のスケジュールを、ネットに公表している範囲だけでも聞いているだけで胃が破裂する様な痛みが走りそうになる程に、彼女は多忙な毎日を過ごしながら禊猫守までこなしてくれている。
今回集まってくれたのはかなり希少だと思わなければならない。
「今後の方針とは?」
姫李ちゃんはいつもの口振りで私を促す。
「後で話すよ。まずはブラギ様とのやり取りから話さないと」
「やり取りっつうとよぉ、どっか都内に居たのか? あのでっかい爺さん」
ソファに身体を預けた状態で緋咫椰さんは言う。
緋咫椰さんとはあまり交流が無いから未だに畏まってしまう。
「えっと、あの場所が何処かは存じ上げないですけど⋯⋯彼方さんの用意した修練中に、私が呼び出したんです」
「え? そんな事、私も聞いておりませんわ」
きょとんとした顔をしながら菜々さんが私を見つめた。
「ご、ごめんなさいっ、本当に偶然だったんです。夢幻空間の場所がたまたま三年前で⋯⋯過去に縁があってブラギ様に会えた時間を、現在の私が利用した事がきっかけです」
「夢幻空間は、簡単に言うと自分の意思で自由に歩ける夢の中みたいな場所だ。小夏ちゃん達はその空間を利用して、今まで修練を続けてきたんだ」
「そんな事が⋯⋯」
私の言葉を捕捉するように彼方さんは皆に語りかける。
私の後ろに立って説明する彼方さんの話を、モモさんは真剣な表情で聞いていた。
モモさんは特に知らない言葉が多いだろう、覚えるのも一苦労のはずだ。
対照的な態度で聞いているのは緋咫椰さんと姫李ちゃん。正直この二人はこの態度が通常運転だから、わざわざ指摘はしない、が⋯⋯ちゃんと聞いているかは分からない。
それにしても⋯⋯一人暮らしのマンションの一室にこんなにも人がいる現実に、今更眩暈がしてくるな。
ピヨる前に話を伝えなければ。
「夢幻空間の事は良いとして、重要なのはブラギの話の方だねぇ。真に共有すべき内容は、禊猫守と九生絶花、それに魔女の心臓とケットシーの歴史について、だ」
「それに、狐巫女についても。姫李ちゃんもこの事は知らないはず」
姫李ちゃんと私の言葉を聞くなり、緋咫椰さんの表情が変わる。
「なんだそれ?」
流石に興味があるようで、ソファから身体を起こした。
「うん。皆、この話は真面目に聞いて欲しい。この世界は色々あって、ケットシーが裏返してしまった結果生まれた世界なの。そしてその恨みを晴らすように、皧狐を自称する狐巫女に既に八回も、私達は敗北を刻まれている」
「つまり今は九回目の世界だ。まあそこに関しては考える必要は無いかもね、既に起こってしまっていた事象だし、もうどうにもならない」
「待て待て、そんなんすぐ鵜呑みに出来ねえよ、何言ってんだ。ちゃんと説明しろ」
案の定、皆は困惑を示し、場は混乱してしまった。
一つずつ、先ずはケットシーの歴史から皆に説明していった。
魔女の悲劇とブラギ様による世界改変の大魔術。
魔女復活の鍵となる九生絶花の禊に辿り着くまでに創り上げた、猫巫女と魂のシステム。
しかしその裏側で狐の怨嗟の的となったブラギ様と、塗り替えた世界。
何度繰り返しても同じ結末を辿ってしまうケットシーと巫女達。
説明は長時間に渡り、これら全てを説明し、皆が理解する頃には、すっかり日が落ちかけていた。
「余計なもん覚えさせやがって⋯⋯」
「お嬢、お疲れですねぇ」
疲れの色を見せる緋咫椰さん。だが隣ではモモさんは顔色一つ変えず、話を理解した上で私に質問をしてきた。
「つまり歴史を無断で上書きしてきたのが、狐巫女達の琴線に触れちゃったんだよね?」
「そういう事です、モモ様」
「自業自得だと思うけどな⋯⋯で? それ踏まえた上でどうすんだよ」
そう、これらを理解した上で、進む道を皆で選択しなければならない。
「小夏はどうしたいのかの?」
ラオ君が問いかける。
「和解の道を取りたい⋯⋯でも⋯⋯戦いは避けられない、と思う」
「それはどうだろう?」
姫李ちゃんが口を挟む。
「どういう事?」
何か考えが浮かんだのだろうか?
「確かに狐には恨みがあって当然だ、八回も負けているのが何よりの決定的証拠だねぇ。だがしかし、この敗北の事実は、狐側も知らない可能性があるよねぇ?」
「⋯⋯世界を繰り返しているのはブラギ様、という事?」
菜々さんのケットシーのナウシズさんが声を上げた。
「仮説の域は出ないがその可能性は高い。狐と多少同居して来たボクの意見だ、信じて貰って構わない。シロは世界の事等何も知らんからな」
「むー⋯⋯確かにそうだけど、なんか心外だぞ」
ずっと気まずそうにして私にくっ付いていたシロちゃんがようやく口を開く。
「でも確かに⋯⋯ブラギ様に言われなければ、私達もこの敗北の繰り返しの事実には辿り着きようが無いですわね」
「じゃあ、今回は狐巫女でその事実を知っているのは、この場にいるシロちゃんだけ⋯⋯?」
「一つ言いたいんだが、恨みを晴らすのに戦った回数とか関係無いと思うぜ。一回でも二回でも、相手を復讐出来るチャンスがあるんなら、そりゃやるしかねえよな」
「そらそーっすよ。人間ってそういう生き物ですからね」
「和解の道は限りなく薄い、どうしたって闘う運命にある。その上で、小夏ちゃんはどうしたい?」
彼方さんは優しく、語りかける。
「それでも⋯⋯それでも私は、狐巫女と分かり合いたいです⋯⋯。そしてその一歩を皆と歩みたい、仲間として⋯⋯」
私達が未来を勝ち取ったとしても、そこに狐巫女の未来は無い。
狐巫女が未来を勝ち取ったとしても、そこに私達の未来は無い。
未来を掴もうとする行為そのものに、暗闇に手を伸ばす様な感触さえあった。
どんな行動をしたとて私達は敗北し、また世界が繰り返されるかもしれない。
しかし、この今の世界では違う物があると、そう思う。
鍵は恐らく、この九回目の世界にしか無い。
禊猫守は敗北の繰り返しを知っている。
まだ変えられる術があるならば。
例え何も残っていなくとも、この脚で変えられるのならば。
「禊猫守は次、どの一手を打つんだい?」
「今はやれる事を一つずつ、やるしか無い⋯⋯その為にまずは、猫カフェを奪還したいと思います」
「⋯⋯戦うって事だね?」
「⋯⋯はい、禊猫守全員で、狐巫女と対峙します」
「ならば作戦を立てるべきだねぇ。この際だし、禊猫守のリーダーも決めようじゃあないか」
「今更リーダー決めかよ⋯⋯」
「はい! 小夏ちゃんに一票!」
モモさんが高らかに手を上げて、私に票を入れた。
「え? でも戦いなら緋咫椰さんが」
「小夏に一票」と、即答の緋咫椰さん。
それに続いて姫李ちゃんも菜々さんも、私を推した。
「決まりですわね」
皆何故か分かりきっていた表情で、一瞬でリーダーが決まった。
「私がリーダー⋯⋯」
「良かったのう、小夏」
「ラオくん⋯⋯」
いつの間にか私の膝で寝ているシロちゃんの上にラオくんが立って、私を見上げていた。
「師匠のアタシは鼻が高いよ〜」
彼方さんは嬉しそうに見つめる。
「わ、分かりました。作戦は、少しだけなら考えてあります」
「作戦を練るのは全員でやれば良い、統率は無くとも我々はチームだからね」
皆私を見つめて、作戦の内容を聞こうと真剣な面持ちだ。恥ずかしいけど頑張っていかなければ。
作戦なんてやられた時からずっと、考えて来ているんだから。
「先ず、禊猫守全員でも狐巫女には勝てないかもしれません、戦力を分散させる必要もあります」
✳︎
作戦は練られ、明後日決行となった。
辺りはすっかり夜になり、街灯が街を照らし始める。
皆を帰し、スマホ片手に外の景色を見つめながらメッセージを送信する。
『では明後日の夜、猫カフェへ集合でよろしくお願いします』と私。
メッセージは⋯⋯やっぱり既読だけか、と思った矢先ぽこんと一つ、緋咫椰さんから変なマスコットキャラのスタンプの返事が返って来た。
進展はあったみたいで、笑みが微かに漏れる。
さて、電話をかけよう。この時間ならもう既に退勤している頃だ。
「もしもし、小夏です」
『あ〜もしもし小夏? 貴方から電話なんて珍しいんじゃない?』
「いやちょっと、紬先輩に相談しておきたい事がありまして⋯⋯」
電話の相手は三年前お世話になっていた紬先輩。
一年先輩だったから先に卒業して、今は会社員をやっているそうだ。
紬先輩に取り憑いた花子という名前の迷魂に異様に好かれて、色々四苦八苦した思い出もあったりする。
『相談?』
「はい⋯⋯私が、姫浜を出て東都に行くってなった時⋯⋯」
『あ〜⋯⋯貴方達まだ仲直りしてないんだ。ホント、何やってんの』
電話越しにお叱りの声が響く。
「す、すみません⋯⋯この間までその事忘れてて⋯⋯綾乃、今どうしてるか分かりますか? 連絡、切れてて」
綾乃もまた、三年前の私の友達だ。
友達の中で唯一猫巫女の適性が微かにあって、ラオくんと契約を結んで私を手伝ったりしてくれてた事があった。
でも姫浜での活動をひと段落終えて、二年生になった頃、皆に東都へ行く旨を伝えると⋯⋯綾乃だけは姫浜に残って欲しいと引き止められた。
お互いどうしても譲れなくて⋯⋯仲違いをしたまま、三年生を過ぎて卒業⋯⋯。
小夏ちゃんの事なんて、大嫌い。
何処へでも、行っちゃえば良い。
最後に話しかけようとしたけど、綾乃は見つからず、私は東都へ向かった。
『忘れてたなんて知ったら、綾乃きっと傷つくよ。そうね、こっちには何も連絡入ってないや。仕事ばっかだし、沙莉とも連絡取ってません』
「あの時、どうして綾乃はあんなに私に怒ってまで、東都へ行く事を止めたのか分かんなくて⋯⋯勢いで私まで怒っちゃって⋯⋯今考えたら、情けないですよね」
『綾乃の気持ちも少しは汲むべきだって、何度も忠告したのに小夏、聞かなかったもんね。まあ仕方ない面もあるよ、あの頃は皆自分の事で頭が一杯な時期だったし』
「⋯⋯ありがとうございます、先輩」
『フッ⋯⋯綾乃の番号、後で送っとくから。メッセージでも良いから、謝っときなね』
「はい。相談に乗ってもらって、ありがとうございます。ではまた、お休みなさい⋯⋯」
『は〜い、お休み〜』
ため息が、白く、空に滲んで消えた。
私の迷いごと飛んでいけって、淡く願った。
でも、綾乃との和解は、全てが終わってからだ。
今は私達、禊猫守の運命と、狐巫女の運命も、変えていかなくちゃいけないんだ。
まだ砂時計の砂は落ち切って無いって──、綾乃が思っていたら嬉しい。
夜空の星を眺め、願う。これからの事を──
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