一章外伝 梵彼方の章 Fragment Message.
断片一 猫の手は借りれない。
四年も猫巫女を続けていると、ふと思うことがある。何故猫は人の魂を扱おうとするのか。
ルーン文字やケットシーと呼ばれた猫も、全て外から来たものなのに、何故この国で根付いてしまっているのか、と。
お偉いドジ猫に聞いてみたがその歴史に足を踏み入れることも出来ず、なんとも歯痒い。もしドジ猫以上のヤツがいるのなら聞いてみたいものだ。
お前は誰で、何処からやってきたのか。何が目的で魂を管理しているのか。
それを送るアタシたちの、本来の存在の意義とはなんだ。
無論答えなんか出るはずもなく⋯⋯そんな終わりのない未来を歩いている感覚を抱きながら、アタシは姫浜までの電車に揺られている。
今日、アタシの友達が姫浜へ帰ってきたという知らせが急遽
それにしても、この町は日で良く照らされ過ぎる、眩しくて仕方がない。加えて夏真っ盛りときているのだから、インドアなアタシにとってはツラいものがある。
電車を降り外に出て、大きく背伸びをしながら息を吸う。
見つけるなら早い方が良いだろう、取り敢えずあいつの行きそうな場所を探してみようかな。
さっそく、知っている人の姿があるが、これは声をかけられてしまうだろうな⋯⋯。
目の前の少女は少し前に知り合った、アタシと同じ猫巫女の新人。その年齢には不相応な姿勢や志を秘めた、猫巫女の才能に満ち溢れた可愛い後輩。
あのビジネスライクなベルカナに相談を受けた時には正直驚いた。相当あの後輩を気に入ったのだと思う。
新人の猫巫女に魔力を通しすぎると身体的に危ないという意味を込めて「魔術は程々に」と忠告した翌日、後輩が自力で活路を見出して迷魂を送ることが出来たんじゃ、と自慢混じりの報告があった程だ。完全に惚気ているのが分かる。
「よ〜小夏〜」
「え、ええ! 彼方さん! 彼方さんがいる! どうして!?」
せっかくだしアタシから声をかけてみた。
気付くや否や驚きの声をあげた後で晴れ晴れしくなっていく笑顔を浮かべる後輩がなんとも可愛らしい。
しかし急いでいた為、適当な自己紹介だけ済ませて僅かな間だけ絡んだらすぐに駅前広場を後にした。
急用が無ければ沢山かまってあげたい所だけど、今日はそういう訳には行かない。
✳︎
着いた、ここが友達の住む家。黄色い三階建のお洒落な家だ。情報もこの辺りで間違いない。
「取り敢えず、インターホン鳴らしてみるかな⋯⋯」
「お〜い、こっちだよ、彼方」
そう思って、インターホンに手を当てた直後に後ろから声をかけられた。
懐かしい声に振り向くと、探していた友達の姿がそこにはあった。
太陽を背にして長い金髪を風でなびかせながら、アタシに大きく手を振っている。というか数年ぶりの再会なのにあまり変わりがない。まあ、そりゃそうか。
「おお〜⋯⋯久しぶり、さっき帰ったん?
懐かしい人物を前に、アタシの口から使わなくなって久しい方言が出てしまう。
「そうだよ、さっき帰ってきたばっかり。よく分かったね?」
「偶然だよ、アタシも今さっきここに居ただけだから」
「そんな事あるか? まあいいや、積もる話もあるし、姫浜を巡りながら歩こうよ」
咄嗟の言い訳に、詩音は疑いながらも笑みを浮かべて返してくれた。
「色々聞かせてね⋯⋯本当に、色々」
✳︎
強い日差しを避けながら、彼女の横を並んで歩く。
詩音はアタシの同期で、そして禊猫守だ。それを知ったのはアタシが猫巫女になってしばらくした後なんだけど、詩音の活動内容に関してはドジ猫に聞いても教えてくれなかったので、今まで何をしていたのか何も知らなかった。
「で、禊猫守様はどんな活動をされてたんだい?」
手を頭の後ろに組んで、のんびりとしながら聞いてみる。
「どんなって⋯⋯普通の猫巫女と至って変わらないけど」
「でも、アタシの耳には一切の情報が入って来なかったよ? 一体、どこで何をしてたのさ。それに、急に都会に引っ越したりなんかしてさ」
「急に引っ越したのは悪かったけど⋯⋯でも、おかげで忙しくしながら禊猫守もやれてるよ」
「ふぅん⋯⋯そう」
あんまり詳細には話さないつもりなのか、これ以降も深く掘り下げた事は聞いても返ってこなかった。ますます気になったアタシは一つ、あることに気づく。
「そういえば、詩音の猫は一緒じゃないの?」
そう言った一瞬だけ、詩音の顔が凍りついたように見えた。すぐに普通の顔に戻って口を開いたけど、アタシの中ではあの顔が忘れられなかった。
「ああ、私のパートナーなら都会に置いてきたままだよ。今頃猫たちと仲良くやってるんじゃないかな」
「⋯⋯そっか」
まあ、アタシも同じようなもんか⋯⋯。
そうして会話を交わしながら歩いていると、姫浜の大きな通りまで来た。ここは珍しい食べ物も頻繁に出ていて飽きない、観光向けの場所。
幾つかの店が並ぶ大通りを見渡していると、アタシたちを良く知る友達二人を発見した。
途端に嬉しくなったのか、詩音はその友達めがけて走っていった。追うようにアタシも慌てて追いかけて、久々の再会を労った。
「あれ、もしかしてかなっち? めっちゃお久やん、どしたん? 全然外に出てへんのに、珍しいな〜」
アイスクリームを口にしながら、友達は目を見開いて喜んでくれた。ついでに昔のアタシを暴露してくれたな。
「あ、ああ〜⋯⋯うん。たまには外でのんびりするのも、良いかなって」
「うわ、意外! 彼方もそういう事思うんだな〜、歳は取りたくない物ですな〜」
「確かに歳は取りたくないね⋯⋯あ、あのさ、詩音も⋯⋯」
「ああ〜、詩音な〜。アイツもこっちに帰って来てたら嬉しいんやけどな〜。ウチらもアレから会ってへんから、何も分からんかったんよな〜」
「なるほど⋯⋯金髪じゃなかったから、気付かれてないのかな⋯⋯」
詩音がこそこそとアタシに囁く。確かに高校の時は黒髪のショートカットだったから、友達は今の詩音を知らないのだろう。容姿に関しては随分変わってしまったから⋯⋯。
「じゃあまたね〜、かなっち今度カラオケいこ! 後、その服すっごいイケてる!」
「お〜うありがとう〜、またよろ〜」
友達二人は用があったのか、数分喋った後すぐに向こうの方へ去っていった。
「ぜんっぜん気付かれなかった!」
詩音の張り上げた声がアタシの耳に響く。
「ま、まあまあ⋯⋯ここ数年で色々変わったんやからしょうがないよ、詩音」
「彼方がそういうなら⋯⋯む〜ん」
少し不服そうな詩音を横に、大通りを真っ直ぐ抜ける。
夏の日差しを浴びて出た汗が服に染みてヒタついてきた。少し歩き過ぎたかな。
「都会はどう? ここよりももっと暑かったんじゃない?」
「とーぜん、涼める場所は多くあってもなにせ人が多いから休まらんね」
「都会っつってもそんなもんか〜」
「そんなもんそんなもん、案外大した場所じゃないんよ、利便性には長けてるんだけど疲れやすいというかさ」
疲労を感じる声で、詩音は私に不満を言い続ける。禊猫守での仕事も、案外忙しいのかもしれないな。
ところで⋯⋯もう、良いかな。
「ねえ、詩音、あのさ」
恐る恐る、慎重に話しかけてみる。
すると詩音は立ち止まって、アタシの顔を覗き込んだ。この様子だと、本当に気づいていないようだった。
もう、ここで全部話してしまうことに──
「妹の事?」
⋯⋯なるほど。
「あ、ああ⋯⋯妹さんね。実家には帰ったんでしょ?挨拶は?」
「う、う〜ん、帰ったは帰ったんだけど⋯⋯居なかったんだ。帰ってきたタイミングが悪かったみたいで」
「今度も仲直り、出来なかったんだね」
「もう何年も口聞けてないな⋯⋯私の知ってる妹の姿は、まだ小さい頃のままだな⋯⋯」
「別にすぐ都会に戻る訳じゃないんだから、家に居れば
「なんでそれ、知ってるの?」
「⋯⋯猫に聞いたの」
「⋯⋯そっか」
沈黙がしばらく続いた。
そこから少し歩いて、公園のそばまで来た。お互い口は開かずに、詩音はベンチに腰掛ける。アタシは詩音を前にして、色々と話すことにした。
詩音も気付いているのだろう。だから、もうここで話しておくべきだ。
真実を口にしようとした瞬間、詩音の方から口を開いた。
「ああ、そうか⋯⋯そうだったんだ⋯⋯」
ようやく、自覚したらしい。ハッとした表情で、アタシの顔を見上げて、少し震えている。
「猫伝から話を聞いた時点で、アタシは覚悟してたんだ、詩音⋯⋯」
詩音は顔を落として、自分の両手を見つめながら言った。
「私って⋯⋯もう、死んでたんだ」
暑い日差しは、アタシだけを照らして影を作る。魂である詩音に、あらゆる認識は既に無い。
「死んだ事に気付かず、魂は身体を形成してこっちに戻って来たんだ、詩音。君の事はイズンに聞いても、禊猫守がどうのこうのとしか答えてくれなかった。だからせめて、君が死ぬような事があった時は報告してくれって、ケットシー達に共有しておいたんだ⋯⋯」
ありのままを話す。詩音の姿をした迷魂は頭を下げたまま、自分の現状を把握しようとする。
「で、私を迎えに来た猫巫女が⋯⋯彼方って事か⋯⋯」
「アタシ以外⋯⋯居ないだろ」
ゆっくりと指輪を呼び出す。
送ろうと思えば、今すぐにでも出来るけど⋯⋯。
「どうする? せめて妹さんに、何か残していく?」
詩音は立ち上がって、アタシをすり抜けて通り過ぎていく。受け止めようとしたアタシの手は虚しく、空を掴んでいった。
後ろの詩音が静かに語りかける。さっきまで張りのあった声はすっかり元気を無くしていた。
「いや、妹の事は⋯⋯もう、私にはどうする事も出来ないから⋯⋯」
振り返って、詩音の背中を見つめる。その背中から漂う哀愁には、妹への後悔しか感じられなかった。
「だから彼方、妹をお願い⋯⋯勝手なのは分かってる。でもせめて、彼方から言葉を伝えて欲しい」
力の無い声で願いを託される。
詩音の表情はもう伺えないが、アタシにはハッキリと、雫が伝って落ちていくのが見えた。
アタシは指輪の力を起動させた。
詩音の姿がキラキラと、欠片となって空に昇っていく。そんな刹那の中、アタシ達は、アタシ達だけの特別な言葉を交わし続けた。
「⋯⋯分かった。アタシが、詩音の代わりになってやる」
「ありがとう。ああ、そうだ。一つ思い出した事があって」
「ん?」
「私がどうして死んでしまったか⋯⋯」
「⋯⋯一応、聞いとく」
「白いローブを着た狐の仮面の人間に私は殺された。正体がなんなのかは、禊猫守の間でも分かってない」
「白いローブの、狐の仮面⋯⋯」
「猫巫女に敵対してる奴がいるなんて、その時まで気付かなかった。彼方も、狐の奴らには気をつけて」
「分かった。猫達にも、情報共有しておく」
お互いに相槌を交わす。詩音の身体はもう上半身しか形成されていない、そろそろ送られる頃だろう。
「じゃあ⋯⋯もう時間だね。彼方⋯⋯ありがとうね」
背中を向けていた詩音は前を向き、アタシと顔を見合わせる。
陰りの無くなったその顔を見て、アタシの知っているいつもの彼女の面影が浮かんだ。
「どういたしまして。ちゃんと転生されるんだよ」
「フフッ、それは興味無いや。⋯⋯じゃあ妹を⋯⋯沙莉をよろしく」
その言葉を最後に言い残して、詩音の魂は空へと昇っていった。
欠片も間も無く消えて、アタシ一人、立ち尽くす。
詩音の記憶が、アタシの中に流れ込んだからだ。
まだ詩音が猫巫女だった頃、妹の沙莉とかくれんぼをしていた途中で迷魂の発見報告があった。急かされた詩音は沙莉の安全を思い迷魂を対処しにいくが、置き去りにされた沙莉は詩音の事を更に嫌ってしまった。
最後まで和解する事が出来ず、紡がれなかった姉妹の絆。
その穴を埋めるにはいくら時間をかけたって解決はしないだろう。
ならばせめて、アタシなりに沙莉を導いてあげよう。いずれ君のそばにいる猫巫女は遠くへ行ってしまう。しかしそれに追いつける道筋を、アタシなら作れるかもしれない。
いつかその時が来たら、アタシは行動に移す。
後輩が増えて、大変だなあ。
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