第四話 猫巫女こなつちゃん 〜Q.一回戦目を勝ち抜くにはどうしたら良いですか?〜

「⋯⋯よし。じゃあ綾乃、やってみよっか」

「うん⋯⋯」


 夏休みが三分の一消化された今日、私は綾乃を自宅へ招き、夏休みの課題と、前回猫巫女の契約を済ませた綾乃に力の出し方を教えていた。


「ラオシャの肉球から力が流れてくる感覚があるはずだから、抵抗せずに受け入れてみて」

 

 ラオシャは綾乃の後頭部に抱き付いて、額に肉球を当て準備をする。綾乃は少し緊張気味で、正座のまま膝に両手を乗せ肩に力を入れ続けて固まっている。


「ではゆくぞ、綾乃」

 

「は、はい⋯⋯」


 ラオシャは綾乃の返事に合わせ、グッと肉球を額に押し込み綾乃に力を流し始める。


「天眼⋯⋯!」

 

 正座のまま固まった綾乃の身体からラオシャの力が、綾乃の眼から中心に発動しているのだろう。私は力が発動している事を確認しようと、綾乃の前へ移動し、顔を下から覗き込んだ。

「う、ううっ⋯⋯」


「あ、あれ、大丈夫? 綾乃!」

 しかし少し経過して直ぐ、綾乃は眉間にしわを寄せて苦しい表情を見せ始め、私の時とは全く違う反応を示した。


 ラオシャも異変を感じとり、即座に綾乃の額から手を離して天眼を中止させると、まるで結果が分かっていたかの様に、冷静に綾乃を分析し始めた。


「なるほどのう、やはりそういう反応になるか」

 

「なるほどって、どういう事?」


 

「綾乃と契約を結ぶ直前、ワシは綾乃を猫巫女適性第二位と言った事は覚えておるかの?」

「うん⋯⋯海に行った翌日に、綾乃を家に呼んだ時だよね」


「そうじゃ。しかしそのランク付けは、この町の中での話じゃ。もちろん第一位は小夏になるのじゃが⋯⋯」

「じゃが⋯⋯?」


「小夏よ、お前だけがずば抜けて適性が高い。綾乃から下は極々平均以下、誰を猫巫女に選んでも殆ど同じという事じゃな」

 

「えっと⋯⋯つまり、私だけ、変?」

「変じゃ」


 自分の顔に人差し指を指したまま、眼をまん丸にさせて硬直した。なにゆえ私だけそんなに突出しているのか。

 綾乃も口を開けたまま掛けた眼鏡もズレて、ラオシャを横で見つめて固まっている。


 しかしラオシャは硬直している私達に構わずに言葉を続けた。

「ま、平均以下ばかりだからこそ、長年この町には猫巫女の話が全く伝わっていない、という事なのじゃろうな。お前達の祖父母も、猫巫女の事は知らぬじゃろう。私がここの担当になる事自体極めて珍しいし、なにせ隣町で彼方が何体も鎮めておるのじゃから」


 その話を聞いて硬直が解けた綾乃は正座から姿勢を崩し、ラオシャに顔を合わせて問いかけ始めた。


 

「それなら⋯⋯どうしてこの町に、迷魂って言うものがやって来たのかな⋯⋯迷魂が町に来た事が、どうして分かるの⋯⋯?」


 綾乃からの問いかけに、ラオシャは返答に悩みながらも渋々口を開いて答え始めた。


「⋯⋯それはまあ、上からの指示じゃな⋯⋯。姫浜町に迷魂が十二体存在しているから、送り迎えを果たしてこいと⋯⋯大体そんな感じじゃ」


 思えばラオシャの事に関して、私からあまり聞いたりする事をしないので、この機会に色々と聞いておこう。私もその話の輪に参加して問いかける。


「ていう事は、ラオシャの上司にあたる猫って物凄く強いのかな? そうやって指示を出してるんだから、全国でどのくらいの迷魂の数がいて、どのくらいの規模猫巫女適性のある人がどの程度能力差があるかとか、分かるって事じゃない?」


「私自身は把握しておらんが、あのお方はそうじゃろうな⋯⋯恐らくほぼ全ての情報を頭にインプットしておる。言うなれば全知全能じゃろう」


「神様か何か⋯⋯?」


「それ程の存在、という事じゃ。いやまあ⋯⋯それはさておき」


 もっと聞いておきたかっただがラオシャは話題を切り替え、綾乃の問題について話し始めた。


 

「今優先すべきは綾乃の事じゃ。基礎くらいなら私の力を体に馴染ませれば使えんこともないから、今後は練習あるのみ、夏休み期間であれば、あまり日数も掛からないじゃろうからな」


「は、はい⋯⋯。それで、出来たらなんだけど、小夏ちゃんのを、見てみたいなって⋯⋯!」


「私か⋯⋯うん、良いけど、上手く説明出来ないと思うよ⋯⋯?」


 綾乃の眼差しが眼鏡越しに光を帯びて私に向き始め、期待を膨らませている。確かにラオシャの話を聞く限り私だけおかしい事になっているので、そんな反応をして正解だろう。綾乃の眩しい視線に手をかざして顔を逸らす。


「わ、分かった、分かったから⋯⋯えっと、基礎を見せた方が良いよね。じゃあラオシャ」


 私の言葉に続いてラオシャが近づき、肩に乗って肉球を当てて、慣れたように天眼を放った。


「ほい、天眼」

「はい⋯⋯綾乃、私の眼、見てみて。これが、ラオシャの力を使うと出てくる症状というか、証みたいな事なの」


「凄い⋯⋯そんな一瞬で出来ちゃうんだ⋯⋯」


 綾乃が私の目の前まで近づいて、夜空で彩られた眼の中にある大きな星と流れ星を、眼鏡をクイッと動かせて眼差しと共に輝かせながらじっくりと眺めている。こんなにも綾乃と見つめ合った事は無いので、ちょっと照れ臭い。


「ああ〜⋯⋯振り返ってみたら、最初からなんか出来てたね⋯⋯」

「この適応力と順応力の高さが、小夏の売りなのかものう⋯⋯最初の出会いからの猫巫女活動も、なんだかんだすんなり終わっておる。な?適性の高さも、自分で頷けるじゃろ?」


 確かにと思わざるを得なかった。


「応用を使う際も私には一切相談せず、放課後まで自分の頭の中で整理して、本番一発目で決めよったからの。私からしてもおかしな奴じゃ」


「そう聞くと、私本当に変かも⋯⋯あっお母さんが元猫巫女とかなのかな⋯⋯?でもそんな話聞いたことないし⋯⋯ラオシャ?」


「いや、実は小夏が海に行っておる間にそういう関係性がないか調べていたのじゃが、驚く事に親族の一人も該当せんかった。つまりお前だけ変なのじゃ」


「凄いよ小夏ちゃん⋯⋯それって、天才って事だよ⋯⋯!」


 綾乃は笑顔で私を褒め称える。そんなに嬉しくはないのだけど。


「うーん⋯⋯でも、彼方さんとか、私よりも凄いしなあ⋯⋯」


「彼方の場合、四年間も続けておるからな、あれは努力の賜物という奴じゃ。最初は小夏程でも無かっただろうよ、とにかくお前は秀でておるな」


 流石にもう面倒くさくなり、私の話はもう良いと頭のラオシャを振り解いて、話を本題に戻した。

「い、良いよ私の事はもう⋯⋯。それより、どう?綾乃がこれ出来る様にならないといけないんだからね?」


「そうだった⋯⋯う、うん。私、頑張ってみる⋯⋯! ラオシャくん、もう一度お願いしても良いかな⋯⋯!」


「うむ、天眼だけなら余裕もある。幾らでも付き合うぞ」


 そうして綾乃の天眼の練習は続いて、曰く天才な私は課題の片手間で綾乃を見守り続けた。


「大丈夫かなあ⋯⋯」

 

     

     ✳︎


 夕方に差し掛かる時間。天眼の練習も終わってすっかり髪も汗で乱れてじとぺたな状態になった綾乃を見送る為、自室を後にして玄関へ移動していた。


「玄関までで大丈夫だよ、普通に帰るから⋯⋯」


 階段を降りた先にある玄関にしゃがんで靴を履いている綾乃の後ろ髪が視界に入る。ラオシャの毛も混じってもしゃもしゃになっている事に気付き思わず吹き出してしまった。これは流石に、早めに綺麗になってもらおうと笑いを堪えながら綾乃に忠告をしておいた。

「あの⋯⋯ふふふっ⋯⋯帰ったらすぐお風呂入ってね⋯⋯おでこもそうだけど、髪がやばいから⋯⋯んふふっ」


 それを聞いて綾乃は慌てて髪を両手で抑え、しゃがんだ姿勢から更に猫のように縮こまり、後ろで立っている私に涙目を見せながら真っ赤になった顔をこちらに振り向いた。そんな綾乃が愛らしくなって、私は綾乃と会話を続けながら、リビングの棚まで櫛を取りに向かった。


 

「うにゅぅ⋯⋯あんまり見ないで⋯⋯」

「えっへへへ、ごめんごめん。今櫛である程度取ってあげるから」

「もう〜⋯⋯ありがとう、小夏ちゃん⋯⋯あっそうだ。明後日なんだけどね⋯⋯」


 戻った私は綾乃の後ろにしゃがんで、髪を櫛で梳かしながら話を聞いた。


「ん? どうしたの?」

「明後日、お盆でしょ⋯⋯?鬼月神社でやるお祭りに、良かったら一緒にどうかなって⋯⋯沙莉達も一緒だよ」


 姫浜町には唯一存在する鬼月おにつき神社は、駅に向かう大きな坂の途中にある道に曲がった飲食店の連なる道の先にあり、定期的にお祭り等で神社の周囲に屋台などが展開され盛り上がりを見せている。夏休み期間中に行けるお祭りはお盆の日に開催されている一回なので、私達学生にとって思い出を共有出来るとても楽しみな行事の一つなのである。


「ああうん、勿論良いよ。一緒に行こうね」


 綾乃と約束を交わしている間、梳かし終わって少しだけまともになった綾乃の髪を、ゆっくりと自分の手で軽く払って整えてみせた。


「はい、終わったよ綾乃。でもすぐお風呂入ろうね」

「ありがとう小夏ちゃん⋯⋯じゃあ、また明後日に⋯⋯!」

「うん! また明後日、遊ぼうね」


 明後日にあるお盆祭りを約束し、お互い手を振り合って綾乃と別れた。ラオシャは自室以外では喋られない為、私の横でニコっと表情を作って綾乃を玄関まで見送った。


 そして綾乃を見送った私は夕飯が出来るまでゲームでもする事にして、ラオシャを抱えて自室へと移動した。


     ✳︎


 自室へ着くと抱えたラオシャを置き、隅に置いてあったくまの下半身の形をした白いクッションを掴んでモニター前の床に置き、ゲーム機とモニターを起動させる。


「綾乃はこれから大変だろうなあ⋯⋯後で良いアドバイスでも思い付いたら、スマホでメッセージ送ろうっと⋯⋯」


 独り言で綾乃を気にかけながら、置いたクッションに身体を預けて手元にあるコントローラーでゲーム画面を操作していると、組んでる足の上にラオシャが乗り出してそこで寛ぎ始めた。重いからやめて欲しいのだが、可愛さが補正して中々言い出せないし暫くは動かせない。なんともズルい生き物である。ラオシャは毛繕いをしながら私に話しかけた。

 

「お盆といえば、あれじゃな。一時的に帰ってくるぞ」


「一時的にって、何が?」

 ゲーム画面を操作しながら、ラオシャの話に耳を傾ける。


「迷魂じゃよ」

「⋯⋯ん? え? どゆこと? リセット?」

 私は少し違和感を覚えながら、コントローラーを操作する手を止めてラオシャに目を向け話に集中した。

 

「リセット等ではない。お盆には様々な霊が現世に戻ってくるという習わしがある様に、空へ還った迷魂も一度だけ、お盆の夜の時間のみ現世に戻る事を許されるんじゃよ。ただし十二時になると迷魂は空へ戻っていくから、もう再び迷う事は無い」


「へぇ〜、まあ確かにお盆だし⋯⋯そうなるか⋯⋯なるほどね⋯⋯」


「ん? 何か気にかかるか?」


 ある事を閃いた私を、ラオシャが目を丸くして覗き込んでいる。そんなラオシャにある頼み事をお願いした。


「⋯⋯ねえ、お盆の日に備えてモノクル充電しておきたいからさ、当日までに流しておこうよ」


「それは構わんが⋯⋯あまり変な事はするなよ。猫巫女とは関わりのない奴も降りてくるんじゃからな」


「変な事なんかしないよ⋯⋯まあ、準備は必要かな〜って」

 自分だけの秘密にしながら、ラオシャを横へ移動させて、手元のコントローラーでゲームを起動させる。


「ふむ⋯⋯ワシには話してもかまわんと思うがな⋯⋯」

「大丈夫大丈夫、その時になれば分かるよ。特にラオシャはね⋯⋯よし、マッチング完了⋯⋯やるかあ〜

⋯⋯」

 今ハマっているのは綾乃に教えてもらった、今世界中で大流行しているバトロワ系のゲーム。血生臭いバトロワとは相反するポップで愛嬌のあるビジュアルの操作ロボットキャラが、バトロワの敷居を大きく下げた事で話題を呼んでいる作品だ。


 そして、今まで一人用のゲームばかり好んで遊んでいた私にとって、これが初めての対人ゲータイトルだ。


「ラオシャ⋯⋯見てて⋯⋯今日こそ一回戦超えてみせるから」


 私のベッドの上に移動したであろうラオシャに勝利宣言をしてみせる。勝ったらラオシャを吸おう。


「昨日何回やっても負けてたじゃろう⋯⋯一回戦と言わず優勝までやってみせんもんか⋯⋯」


 ラオシャの言葉が槍となって胸に突き刺さる。確かにこのバトロワ、四回戦ほど連続して勝ち抜くと優勝を勝ち取る事ができるのだが⋯⋯まだ私はそのスタート位置にも付けていない。優勝という希望すら見えていない為、優勝して手に入るロボットのスキンも貰えず、永遠に初期デザインのロボットのままなのである。

「うっ⋯⋯む、難しいんだよ⋯⋯ほら、合う合わない、あるし⋯⋯」


 ラオシャのいる方向から小さく『ただの下手くそじゃ』と囁かれた気がしたが聞かなかった事にして、ランダムで選ばれる一回戦目の競技に全力で臨む為、天眼の時の何倍も集中した。


「やったるからな⋯⋯」


 夕飯までの間、自室にてポップなミュージックと共に激闘を繰り広げた、つもりである。


     ✳︎


 お盆当日の夕方、祭りにはいつもの3人と、私とラオシャが待ち合わせる予定になっている。ラオシャは祭りの間私の背負うリュックの中にいてもらう事を条件にしてついて来てもらうことにした。


 本当は浴衣に着替えたりしたかったが時間が無かった為、白のTシャツに膝上ほどの丈のデニムのスカートに黒のスニーカーという非常にラフな佇まいに、背中に小さめのリュックから顔だけ出したラオシャをセットで神社に向かっていた。


 私はあまり人気の無い道を選んで歩きながら、ラオシャに確認をとっておく為口を開いた。


「ラオシャ、念の為言っておくけど、喋っちゃ駄目だからね」

 

「無論じゃ。しかし、リュックの中にいる必要はあるのかの」

「鬼月神社の周りは道幅が狭いからすぐ人混みが出来ちゃうの。だからこうして持っとかないと」

「ふむ⋯⋯。ま、居心地は意外と快適じゃ。中に入っとる物が足場になっとるからな」

「傷付けないでね⋯⋯足の爪伸びてきてるんだから⋯⋯」


 夏休みが終わるまでに爪も切ってあげようと思いながら歩いていると、道の奥から盛り上がる声が聞こえてきた。思わず表情を明るくさせてそこまで歩いて周囲を見渡してみると、神社へ向かう大人達の話し声と屋台に群がる子供達の声で大きな賑わいを見せていた。 


 今回は人を避けて右側から歩いて来たので、真ん中の道の入り口に待ち合わせているであろう友達と合流する為そこへ向かった。

 

 少しだけ歩いて入り口の近くまで行くと、隅っこで黒いシャツ生地の七分袖のパーカー、黒のスキニーパンツに黒のスニーカーと、パーカーの下から出している白シャツ以外黒の沙莉を見つけてしまった。綾乃を待っているのか、彼氏面でスマホを片手に持って壁にもたれ掛かっている。


 こういう一面の沙莉を見ると毎回思うのだが、つくづく喋らなければイケメンなのだ。

 そんな沙莉にこっそり隠れる様に近付いて、彼女役でも演じてやろうとスマホを片手に急接近して、沙莉の片腕と組んで自撮りを見てみせた。


「綾乃に送っておくね」

「⋯⋯へ?」


 攻められるとポンコツになるという事を海で知ってから、私を弄ぶ時代は終わったのだよ沙莉、とドヤ顔で撮った写真を見せつける。思い知れ。


 案の定こちらを向いたまま赤面して固まってしまった沙莉を私はお腹を抱えて面白がる。


「こなっちゃん⋯⋯それずるいねんて⋯⋯」

 私の肩を掴んで、涙目になりながら『もう勘弁して』と嘆く沙莉に余計面白がっていると、入り口の向こうから聞いたことのあるか細い声が私達を呼びかけてきた。恐らく綾乃だ。


「あ、二人とも⋯⋯お、お待たせ⋯⋯」

 

 視線を声のした方へ向けると、思わず『おお⋯⋯』と二人声を漏らしてしまった。

 濃紺と黄色の色の朝顔が彩られた白い浴衣に、手には巾着を持ち、下駄を履いて、普段のツインテールは綺麗に巻かれて内側に収められボブっぽくなっている綾乃が、笑顔でこちらに近付きながら手を振っていた。とびきりに可愛い綾乃に飛び付くように2人で駆け寄った。


「めちゃくちゃ可愛いじゃん綾乃⋯⋯!」

「うちら二人私服なん恥ずかしなってくるな⋯⋯」

 

『えへへへ』と照れる綾乃もまた可愛らしく、暫くスマホで写真を撮り続けて盛り上がった。

 撮っている途中沙莉がリュックにいるラオシャに気付き、ラオシャも巻き込んで色々と写真を収めた。


 そうして写真撮影も終わり、三人並んで屋台を巡った。

 屋台にまず巡ったのはもちろん楽しむ為ではあるが、たこ焼き屋台を手伝っている紬先輩を応援する為でもあった。

「あ、おったで。あそこ、紬パイセンめっちゃ焼いてる」

 沙莉が最初に気付き、向かいのたこ焼き屋台に指を指した。

「ホントだ、行こう! 紬先輩〜!」


 声を高くあげて、紬先輩を呼びながらその屋台へ近づいた。紬先輩はこういう行事では父親の手伝いの為に、いつもたこ焼きを作り続けているらしい。


 私達に気付いた紬先輩はたこ焼き機に視線を向けたまま猛烈な速さで回しながら口を開いた。

「ああ、あなた達、来たのね。丁度出来上がるから買っていって」

 眼をたこ焼きピックより鋭く光らせてたこ焼きを作り上げる紬先輩の光景は、完全にその道の職人だった。初めて見た紬先輩の姿に私は驚きながら口を開いた。

「紬先輩⋯⋯グループメッセージで噂だけ聞いてましたけど、これ凄いです⋯⋯その、手際が⋯⋯」

 

「小さい頃から率先してたこ焼きを作ってたから、このくらい楽勝よ。はいどうぞ、三人で分けて食べなさい」

 紬先輩は話しながら見事な手際でプラスチックの容器に入った舟皿を片手にポイポイとたこ焼きを入れてみせ、流れる様に青のりとソースとマヨネーズ、鰹節をパパッとかけて、最後に爪楊枝を三本たこ焼きに指して私に手渡した。


「良いんですか!? うわあ〜、美味しそう⋯⋯!」


 舟皿に乗っかった出来たてあつあつのたこ焼きの熱で鰹節が踊り、鼻を通り抜けるたこ焼きの生地とソースの匂いは、食べずとも味のイメージをダイレクトに伝え、ダラダラと涎を生成させる。

 私は生唾をゴクリと喉を鳴らして飲み、爪楊枝でプスっとたこ焼きを刺して口の前に持っていき、その出来たてアツアツの球体に齧り付く。ハフ、ハフと熱さを我慢しながら口の中で咀嚼する。外側の柔らかくもカリッとした食感から、ジュワッと放出される中に秘められたトロトロの食感とプリプリのタコが追い討ちをしかけて、口の中でライブパフォーマンスを繰り広げている。

 青のりのアクセント、王道のソースとマヨネーズも駆け付けて、旨味だけでほっぺを落とし、お腹を幸せで満たしていく。


 私は想像以上の美味しさに感動すら覚えて思わず空を見上げて感想を口にした。

「やばい⋯⋯美味しすぎる⋯⋯沙莉と綾乃も食べて⋯⋯」

 綾乃達も続いて各々爪楊枝でたこ焼きを刺して齧り付く。そして二人同時にほっぺを落として幸福を満たしている。


「紬先輩、ありがとうございます、たこ焼き、頑張ってくださいね⋯⋯!」

「どういたしまして。また寄っても良いからね、有料だけど!」

「はい! ありがとうございます!」

 しかし美味しさに立ち尽くすのも邪魔になってしまう為、私は紬先輩に挨拶をしてゆっくりと食べ歩きながら、色んな屋台を巡る事にした。


 美味しさに夢中でこの時は気付かなかったが、ラオシャがかなり我慢していたらしい。鰹節の匂いがかなり来たのだろう。

 

 そして射的では意外にも綾乃が大活躍。

 金魚掬いは見事に全員惨敗。

 途中いちご飴を三人で食べて。

 輪投げでは各々景品のお菓子を貰った。


 もう一度紬先輩の屋台に行って次はたこせんを頼み、楽しさを尽きさせる事なく、終わりの時間まで屋台を巡り歩いて、友達との思い出をたくさん作った。


     ✳︎


 祭りもそろそろ終わる頃、切り上げた紬先輩とも合流して、屋台から少し離れた所の段差に座って休憩を取っていた。ラオシャもリュックから降りて、私の膝の上で私に撫でられながら寛いでいる。


「来年も行きたいね」

「絶対行こな。紬パイセンも、たまにはたこ焼き作るんは止めて⋯⋯いやでも食べたいな〜」

 それは確かにと皆んなで笑い合って場が和んだ。

 それから暫くどうでも良い話で盛り上がると、紬先輩が立ち上がって、真っ直ぐな髪を揺らして振り向いて口を開いた。

「さてと、私はもう帰るわね。とっても楽しい時間だった。またね、猫ちゃんも」

「はい、また次のお祭りでも、たこ焼き食べたいです、ありがとうございました!」

 紬先輩は挨拶を返して、先に一人帰っていった。

「まあ、このままたむろするのもアレだし、解散しよっか」

「そやな。じゃあ綾乃、一緒に帰ろか」

「うん⋯⋯小夏ちゃん、またね⋯⋯今日は楽しかった⋯⋯」

 一段と綺麗な綾乃の笑顔に、私も笑顔で返す。

「私も。またね⋯⋯」

 綾乃と沙莉とも解散して、その場に私一人になった。

 離れた事を確認すると、リュックからモノクルを取り出して、ラオシャに話しかけた。

 

「⋯⋯よし、私達も行くよ。探しにね⋯⋯」

「それに関してワシ、何も聞いておらんのじゃが⋯⋯」 

「ラオシャは手伝ってくれればそれで良いから」

 モノクルをかけて天眼を発動させると、とある魂を私は探し始める。天眼にも少し応用を効かせて、見渡せる場所から探すのではなく、その場から建物を透過させ、魂の反応を拾う方法で探査を行う。

 少しして神社の上にある丘の公園にいる反応を掴んだ私は、ラオシャを肩に乗せて走って向かった。


 

     ✳︎


 丘の公園へ着いた私は、モノクル越しに公園全体を身体を回して見渡してみる。

 向こう側のベンチまで視界をやると、さっき見つけた魂の反応があった。


 間違いない、"あの子"だ。


「居た⋯⋯」

「おい⋯⋯彼奴は、まさか⋯⋯」


 ラオシャも気付いたのだろう。

 あの魂はこのお盆の夜に一時的に戻ってきた、書店の隣で佇んでいた絵本の子供の迷魂だという事を。

 そして私が初めて猫巫女の力を使って送り迎えをした迷魂でもある。

 

 私はゆっくりとその魂のいるベンチへ近づき、意思疎通出来ないものかと話しかけてみた。

 

「ねえ⋯⋯聞こえてるかな。あの時の、絵本の子供、だよね」

 しかし私の言葉に反応を示す様子は無い。


「うーん駄目かな⋯⋯ラオシャ、力流してみて。なんとかやってみる」

 ラオシャは『うむ』と頷き、肩から後頭部へ移動して、いつも通り肉球から力を流す。


 私はもっと寄り添う為ベンチに座り、魂と隣で話し始める。

「これなら聞こえる?言葉に力が乗るような感覚で、話しかけてみてるんだけど⋯⋯」


 すると魂は微かに上下に動いて、反応を示した。


「あ⋯⋯」


 もう一度モノクル越しにその魂を見ると、ほんの僅かに薄く透けているが、子供の姿が視認出来た。


「やっぱり⋯⋯君だった⋯⋯」


 その姿は、初めて猫巫女として送り迎えをした時に見た、記憶の中にいる子供と同じだった。

 

 私は目の前の子供に、改めて問いかける。


「ねえ、私の声が聞こえる?」


 子供は不安そうにこちらを見つめて、小さく頷いた。


 おねえちゃんは?って子供も聞いてくるから、『きこえてるよ』と言葉を返す。


『どうしてぼくにあいにきたの?』

 子供は不安な顔から不思議そうな顔に変わる。

 

 私は優しく微笑んで『それはね、君に絵本を読んであげる為なんだ』と口にする。


 私は背中のリュックを膝に乗せて、中にあったラオシャが足場にしていた絵本を取り出した。

 

 子供はすごく驚いたけど、すぐに笑顔で期待を寄せる。

「ラオシャ、モノクルを明かりにするから、天眼お願い」

 ラオシャは私を察したように、沈黙のまま後ろへ移動して天眼を発動させた。

 私も眼にかけていたモノクルを力でそっと浮かせて、絵本を読む為の照明代わりにしてみせる。


 そうして準備を終えると、私は子供に応えるように、絵本を開いて読んでみせた。


 子供はよほど嬉しかったのか、私に身体を寄せて、絵本に顔を覗かせている。


 そして私と子供とラオシャは、一緒のベンチで絵本で紡がれる。

 

 ゆっくり絵本を読み進めていると、周りにいた霊達も寄ってきて、青い光が私たちを幻想的に包み込んだ。


 心残りだった。書店の隣で何もせず、ただジッと佇む君を、私は今日まで忘れた事はない。


 せめて子供が笑顔でいれる様に、私に出来る事をしたかったんだ。


 絵本を読み聞かせる事で、少しでも元気になってくれるのなら。

 


 私は最後のページを読み終えて、そっと絵本を閉じる。

 既に隣には子供の魂は還り、周りの霊も居なくなっていた。


 


「⋯⋯帰るか」

「⋯⋯うん」


 絵本をリュックの中にしまい、ベンチから身体を起こしてその場を後にした。


 帰り道、夜の静寂の中で私達は少しだけ言葉を交わした。


「⋯⋯猫巫女も悪くないね、ラオシャ」 


「面白い奴よ。過去誰一人として、あんな事をやった猫巫女などおらん。あんな光景は、もう二度と見る事はないじゃろうなあ⋯⋯」


「じゃあ、私ってやっぱり」


「「変」」 

 


 

 

 

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