神星輝オルヴァニス
i820
1:オルヴァニス
――太古の昔。
――大地に、神々と、星々の欠片が降り注いだ。
――そして、その星々の欠片からは、神秘なるもの”アルカナ”が溢れ出し、命無き不毛の大地を、実り豊かな世界へと、創り替えていった。
――それから、あまりにも永い時が流れ、いつしか人の歴史が産声を上げ、やがて一人の奴隷の少年と、巨大な神の像とが、出会うこととなった。
――すべては、そこから始まった。
薄暗い洞窟の中で少年が力なく横たわり、小さく身悶える。
洞窟の中は鉄格子で小さな空間に区切られており、それぞれの”部屋”には薄汚い毛布と、排泄用の小桶以外に物は無かった。
「どうした、ストレ。眠れないのか?」
隣の部屋から、片目の男がからかうように尋ねる。
少年はもぞもぞと動き、かすれた声で答えた。
「うるさいんだ」
「そいつは悪かったな」
「違うよ。俺の体が、さ。全身の筋肉は働かせすぎだってギャーギャー喚くし、逆に胃袋はもっと働かせろって叫んでる。本当にうるさいんだ」
それを聞き、男が鼻で笑う。
「なら尚の事、無理矢理にでも寝ちまいな。明日からはもっと大変になるぞ」
「どういう事さ?」
男はそれには答えず、わざとらしくイビキのような音を立てはじめた。
もう話はおしまい、という合図らしい。
ストレと呼ばれた少年もそれっきり黙り、やがて静かに寝息をたてはじめた。
森の中で、少年が満天の星空を見上げる。
ひんやりとした空気が心地良い。冬が近い。
ふいに耳につけた通信機から、女性の声が乱暴に怒鳴る。
「そろそろ動くぞ。ボケっとしてんなよ、カオン」
「ボケっとなんてしてませんよ。てーさつですよてーさつ」
「生意気言ってると泣かすぞ」
「分かりましたよ、まったくもう」
仕方ないので、大人しくコクピットに戻る。
巨大な人型のマシン、”ギア”。
アルタモーダの無骨な紛い物。
今はそれしかないのだから、仕方が無い。
ハッチが閉じ、空調の暖かい空気が身を包む。
深呼吸。モニター越しに目標の遺跡を見据える。
操縦桿を軽く握り、ペダルを優しく踏み込む。
屈んでいた巨体が、静かに立ち上がる。
「いきましょう」
深夜、ストレはふいに目を覚ました。
何か、聞こえた気がする。気のせいかと思いつつ、耳を澄ます。
気のせいじゃない。
外から、何か大きな音が、断続的に響いてくる。
「発掘現場の方か? なんだろう」
起き上がり、様子をうかがう。
その時、突然大きな衝撃が洞窟を揺らし、ストレはその場に倒れこんだ。
「なんなんだ一体」
ストレが頭を振りながら立ち上がると、隣の部屋の男が目の前に立っていた。
ストレの檻の向こう、外側に。
「今の衝撃でカギが歪んでイカレたみたいだ。あっさり開いたよ」
そう言い、男はストレの檻の扉に手を掛ける。
それは、いともあっさりと、開いた。
「どうした? 出ないのか? 逃げようぜ、もう自由なんだ」
男が誘う。
しかし、ストレは立ち尽くす。どうしていいか分からない。
「本当に逃げないのかよ? 変な奴だな。俺は行くぜ。じゃあな」
男はそう言い残し、駆け出した。すぐに姿が見えなくなる。
ストレは立ち尽くし、独り、その場に取り残された。
「自由?」
戸惑いの中で、その言葉をしばらく反芻する。
やがて一歩、檻の外へと足を踏み出してみてから、ストレは後ろを、檻の中を、振り返ってみた。
そこには、何も無かった。
ストレは黙って檻に背を向け、走りだした。
敵はギアが五機。思ったよりも警備は薄い、とカオンは思う。
ケティス家のアルタモーダの姿も無い。
偽の情報を掴まされたかとも思ったが、どの道もう前に進むしかない。
こちらは自分を入れて四機。ただ、自分は遺跡への潜入が任務だから、残る三機で五機を相手にしてもらう事になる。
「まあ、問題ないでしょ。あの人たち、あれでいて腕は確かだし」
「聞こえてるぞ。はやく行けよ!」
独り言のつもりだったが、女隊長の怒声が響く。
苦笑いでごまかす。
敵の練度は低い。雑魚ばかりだ。
心強い味方の援護もあり、難なく遺跡の入り口へと辿り着く。
機体を屈ませつつ、ハッチ開放。拳銃を引っ張りだし、コクピットから滑り出す。
全身を柔らかく使い、着地。周囲を警戒しつつ、遺跡の奥へと急ぐ。
「とまれ!」
突然ストレは呼び止められ、大人しく足を止め、両手を上げた。
監視兵だ。こちらに銃を向けている。
「奴隷の分際で! 大人しく檻に戻れ!」
監視兵が怒鳴る。
結局はこんなもんだよな、とストレは大人しくすぐに諦め、それに従う。
次の瞬間、巨大な何かが視界を横切り、監視兵の姿が吹き飛んだ。
ストレは呆然としながらも、その飛んでいった先へと、視線を向けた。
その先には、無残な肉塊が、転がっていた。
幾つかの関節があらぬ方向へと曲がり、真っ赤な血が溢れだしている。
ストレは蒼白になりながら、巨大な物体に視線を移す。
真っ黒い、巨大な、脚。
そのまま視線を上げていく。
巨人が、こちらを見ている。
ストレは絶叫し、反対方向へ、遺跡の奥へと、全速力で走り出し、逃げ込んだ。
闇雲に走り回った末、ストレは道に迷った。
静かに恐怖にさいなまれていく。
「なんなんだよ! 何が起きてるんだよ! どうすればいいんだよ!」
大声を張り上げるが、当然答えるものはない。
……いや。何かに、誰かに見られている感覚がある。
誰かが、自分を呼んでいる。
声が聞こえるわけではないが、確かにそう感じる。
そうしてストレは辺りを見回し、気配の来る方向を探した。
こっちの方だ。
ストレはいぶかしみながらも、その感覚に従う事にした。
しばらく進むと、開けた場所に出た。
半分土に体が埋まった、巨人の姿がある。
先ほどのものよりも幾分小さめで、洗練されているように思える。
それが光に照らされ、神々しく輝いている。
頭上に視線を向ける。
機械的な照明かと思ったが、違った。天井には穴が開いていて、そこから星の光が降り注いでいる。
ストレは魅せられたように、巨人に近付く。
巨人が、自分を呼んでいる。
巨人の胸の辺りの外装に手を触れてみる。
その途端、ぴりっと電気的な刺激が走り、ストレは咄嗟に手を引っ込めた。
続いて、巨人の内より低く唸るような音が響き、胸の外装が開き始めた。
奥に座席のようなものが見える。
「乗り物なのか、これ?」
誰かが自分を呼んでいる。強く。
ストレは途端に恐怖を感じ、身を引いた。
数歩そのまま後ずさり、逃げ出そうと体をひねる。
その視線の先、入り口のところに、人の姿があった。
銃を構えた少年の姿が。
アルタモーダだ。本当にあった。
しかし、先客の姿がある。
「何者だ?」
それを侵入者の自分が言うのかと、思わず笑ってしまいそうになるが、それを押し殺し、訊いてみる。
しかし、答えは無い。
身なりからは奴隷のように見えるが、何故こんな所にいるのだろう。
視線を小さく動かし、アルタモーダの状態を窺う。
ハッチが開いている。接触したのか?
よく見ると、奴隷の少年は小さく震えていた。
静かにふっと息を吐き出し、銃を下ろす。
危険な相手ではないだろう。
意識して柔らかい表情をつくり、少年を刺激しないよう近付く。
「驚かせてすみません。僕はカオンシュ・ティレー。カオンで構いません。あなたは?」
いつもの軽い調子で話しかけてみる。
「ス、ストレ。……後ろ!」
その瞬間、少年が急に大声で警告を発した。
「しまった!」
振り向きざま、相手を確認することなく発砲。
味方という事はありえない。
奴隷なら、少年があんな声を張り上げる事も無いだろう。
という事は、敵だ。ケティスの犬。
その姿が視界に入る。ほら、やっぱり。
監視兵が眉間から血を、手にした銃からは煙を吐き出しながら倒れこむ。
わき腹が焼けるように熱い。敵も銃の腕はそれなりだったらしい。
歯を食いしばる。
かすっただけのようだ。手早く応急処置を済ませ、口の中の不快なものを吐き出す。
「いたぞ! こっちだ!」
他の監視兵達が聞きつけたようだ。荒く息を整え、脂汗を拭う。
そして、再び怯えた表情の少年の方を向く。
「急ぎましょう。ストレ」
何が何だか分からないまま、ストレは巨人の体内の座席へと押し込められた。
そのあとから、カオンと名乗った少年も続けて入ってくる。
遠く、入り口の方で監視兵が大挙して押し寄せるのが見え、ストレは鼓動が早くなるのを感じた。
「大丈夫です。ケティスは賢人会議の犬ですから。そのケティスに飼われているような連中が神聖なるレリキア、それもアルタモーダに万が一にも傷をつけるような真似なんて、出来るはずが無い」
次々と聞いた事もない言葉が飛び出すが、それを一々質問しているような状況ではないという事ぐらいはわかっていたので、ストレは代わりにこう訊いた。
「で、どうすればいいんだ?」
「落ち着いて。深呼吸して、リラックス。声に耳を傾けて」
「声?」
「声、というか、意思、ですかね? なんとなく分かるはずです」
ストレはとりあえず深呼吸をして、耳をすませてみる。
そうか。そうだ。さっき自分を呼び続けていたもの。それの事か。
その時、ふいに頭痛が走った。
誰かが自分を見ている感覚。
無感情に自分を覗き込み、観察している何者か。
少女。
頭が割れるかと思ったが、すぐにその頭痛は消え去った。
そして、知らないはずの事を知っている事に、ストレは気付き、驚いた。
このマシンの扱い方。マシンの名前。
「オルヴァニス」
「……オルヴァニス? このアルタモーダの名前ですか? 良いですね」
カオンが狭い空間の中で身をよじり、できるだけ体を固定しようとする。
「とにかくこの場を離れましょう。お願いします、ストレ」
「あ、ああ。でもどこへ?」
カオンが視線を上に向ける。
「空へ」
ストレも視線を上げる。
全面モニターとなったコクピットの内壁越しに、星々の煌きが見えた。
手足でレバーやペダルを操作しながら、思わず言葉でもマシンに命じる。
「飛べ、オルヴァニス!」
オルヴァニスが、弾かれたように飛び上がる。
しかし、爆発的な初速も重力によって相殺され、やがて停止。
変な静けさに包まれた一瞬の間、遠くで、地平線が輝き始めているのが、見えた。
間をおいて、落下が始まる。
ストレは足元を見てしまった。
宙を落下している。とんでもない高さだ。落ちたらひとたまりも無い。
本能が警告を発し、パニックを引き起こしかける。
その途端、下部モニターの表示が消え、ただの内壁に戻った。
落下も止まり、空中で静止。
錯覚とはいえ、地に足がつく感覚。安心感。
バクバクと心臓が早鐘を打ち続けているが、なんとか呼吸を整える。
「大丈夫ですか?」
カオンが心配して訊いてくる。
「あ、ああ。大丈夫」
やっとの事で言葉を吐き出す。これは凄いマシンだ。
しかし、それは認めながらも、何とも言えない薄気味の悪さも感じずにはいられなかった。
思考の片隅に、無表情の少女が居る、気がする。
「あ、あそこ!」
突然、カオンが指をさす。
ストレは、その指先が何をさしているのか分からず、目を凝らした。
途端に、モニターのその近辺が拡大されて表示される。
人の思考にズケズケと土足で踏み込み、勝手に要らぬお節介を焼くマシン。
なるほど、そういう不快感かと納得する。
(分かったよ。ありがとう。でも今度からは俺が頼んだ時だけそうしてくれ)
そう、心の中で呟いてみる。
無表情の少女からの反応は無い。
「味方が戦っています。お願いです、助けてあげてください」
モニターの向こうでは、数体の巨人同士が戦いを繰り広げている。
ストレは、少し考えてみた。
別に手助けする理由なんて無い。でも、手助けしない理由も無かった。
一方で、自分を奴隷として虐げてきた連中への恨みは幾らでもあった。
答えは、すぐに決まった。
「行くぞ。しっかり掴まってろ」
カオンにそう警告し、機体を飛ばす。
コクピット内が激しく揺れている。
さっき飛び出したときは、もっと静かだった。
少女が言うことを聞き、余計なお節介を控えたようだ。
(本当に賢いやつだよ、お前は)
少し褒めてやる。少女が笑った気がした。
盛大に土煙を巻き上げつつ、戦場の真ん中に着地。
同じような形の灰色の巨人と青い巨人。
「どっちが敵だ!?」
「青! 灰は味方です」
(武器は? 腰か。それじゃ強力すぎる? それよりも肩の。これか)
ストレの頭の中に、次々と新たな知識が流れ込む。
示された通りに肩の装甲から部品を引き剥がすと、それが短剣に変形した。
そのまま、素早い動きで青い巨体から頭をはね飛ばす。
ストレが、やった、と思った瞬間、カオンの警告が飛ぶ。
「頭をはねても、決定打にはなりません! 胸を、コクピットを潰して!」
しかし、ストレは人の命を奪うまでの覚悟は持ち合わせてはいなかった。
その戸惑いが、オルヴァニスの動きを止める。
それを隙ととらえた敵が動き、オルヴァニスを抑え込もうとするものの、ストレは、それに即座に反応。
無骨なギアとは比較にならない流麗な動きで、次々と敵機の手足を切り飛ばす。
周りの機体は呆気にとられ、動けない。
胴体だけになった敵機が地面に叩きつけられると同時に、オルヴァニスが別の青に飛びかかる。
一機、続けざまにもう一機。
残る内の一機が恐怖にかられ、聖遺物であるオルヴァニスに対し銃撃。
しかし、それも装甲にすら届かず、目に見えない壁に弾かれる。
四機目も撃破。
残る一機が背を向け、逃げ出す。
ストレは逃げる敵の背中までは狙おうとはしなかった。
しかし、その背中をどこからか放たれた光線が貫く。
その光線は、灰色の巨人の内の一体、角を生やした一番偉そうな奴が撃ったようだった。
その機体がオルヴァニスを、ストレを、見つめる。
ストレもその機体を見つめ返す。
静寂。
「全機撃破、お見事です。お疲れ様、ストレ」
緊張を打ち払うかのように、カオンが笑顔を見せ、言った。
「あ、ああ」
ストレは途端に緊張の糸が切れ、シートに深く倒れこみ、それから、大きく息を吐き出した。
よく分からないけれど、とにかく疲れた。
上空の眩しさに目を細める。
いつの間にか、夜は明けていた。
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