第43話 残された者達、そして―――忌まわしい残滓
《蓮司視点》
……………。
何とも、何とも言えない気分だ。
苦戦などせず、技を使えば難なく勝てる程度の相手だった。
ただ、この胸に燻る感情は…………苦々しく、同時に腹立たしいものだった。
敵、と断じる事もできない、曖昧な相手。
それが、目の前で永遠の眠りについた川瀬透という男に対する印象だった。
何かを目的としていて、その目的の為に俺は利用されたというのは癪に障る。
だが、間違いなくこいつの狂気は偽物―――――否、作り物だった。
あまりにも似すぎていて、真似て演技をしているような狂人の仕草は、見ていて苛々したし、似すぎるが故にあの日の憎悪が蘇ったほどだ。
「…………最後の最後で本心を見せたが、結局、こいつの胸中は探れなかったな」
手が届きそうで届かない。こいつの目的と、その胸中の考えはまるで分からない。
どこかちぐはぐなようで、筋が通っている。
仮説は立てられるのに、正解にはたどり着けない。
まるで霧を掴むような感覚だ。
……………ふと、こいつのやり口がどこぞの誰かに似ているのを思い出す。
その姿を思い浮かべると、耳元でそいつの笑い声が響いているような気がした。
「ちっ、嫌な奴を思い出した………」
頭を振って、そいつの姿を思考から消し去り、別の事に対して思考を寄せる。
本来は見たくもないが……………周囲に飛ばせている〝
幻想的な黒い蝶が、ひらひらと舞いながら俺の手元まで飛んできた。
おもむろに、黒い蝶に手を突っ込む。
〝黒蝕蝶〟は抵抗なく俺の手を受け入れた。まるで水に沈むように、俺の手は〝黒蝕蝶〟に吸い込まれるように入り込む。
手元に柔らかい何かを握った感触を感じ取り、俺は遠慮なくそれを〝黒蝕蝶〟の口の中から引っ張り出す。
ズルリと、細長い何かが〝黒蝕蝶〟から引きずり出された。
『Pぃ………e……?』
………それは、視界に入れるのも、触っている事も不快なモノ。
藁人形の如く、人の形を模したような、全身が捻れた肉の塊。
口らしき穴から呻き声を出して、それは陽光を浴びてテラテラと光を反射する。
川瀬の耳元――――――正確に言えば、動脈に近い首もとに入っていたモノだ。
既に死にかけのようだが、問題はない。
これが確認できただけでも、川瀬透の話に信憑性が増してくるし、何より、これ以上の証拠はないだろう。
「ようやく………尻尾を見せたな〝帽子屋〟」
歓喜と、憤怒と、憎悪と、侮蔑と………それぞれの感情がごちゃまぜになった声が出る。
二年前の災禍。
俺から大切な存在を奪った者。
その残滓を見付けられた事は―――――――想像以上に俺の感情を揺らしたらしい。
俺の激情に呼応したように、足元の影が蠢き、その深奥から八つの赤黒い瞳が瞬いた。
風もないのに木々がザワザワと揺れ動く。
まるで恐怖に震えるように。
誤って手の中のそれ―――――肉人形を握り潰さないように、〝黒蝕蝶〟の口内へと戻す。そして、足元の影を伸ばし、肉人形を口内に持つ〝黒蝕蝶〟を、伸ばした影で繭のように包み込んだ上で、影の中に収納する。
これくらい厳重にしておかないと、せっかくの証拠をズタズタにしてしまいそうだったから。
残りの〝黒蝕蝶〟は影に戻しておく。
はっきり言って、今は抑止力よりも拘束に長けたものが必要だからな。
「出ろ、〝黒縄〟」
さっきとは違い、人を一人包み込めるサイズの一反木綿のような影を出す。
背後で、未だに目を覚まさない【剣狼団】のやつらを、一応、拘束しておくためだ。
別に脅威でも何でもないが、今はあいつらかた鎧を剥がす訳にはいかないからな。すぐに死んで貰っては、死んだ川瀬との約束に反する。
……………面倒だが、頼まれたからな。
人数分の〝黒縄〟で、一人につき一つの〝黒縄〟を巻き付けておく。
別に、壊しても構わないとも思うが…………和人への貸しは幾つあっても良いからな。
この際だ。たっぷりと搾り取ってやろう。
くっくっくっく。
それからアレコレと悪巧みをしている間に、【剣狼団】のやつらが目覚め始めた。
能力の持ち主が死んで、あいつらにかかっていた何かが解けたのだろう。
全員の青褪めていた顔が健康的な血色に戻っていた。
困惑した顔を浮かべる者、苦虫を噛み潰したような顔をする者、ただ茫然と放心している者など、様々な顔を浮かべていたが――――――。
この際、こいつらの心情など、どうでもいい。
散々やらかしているんだからな。少しはお灸をすえる意味でも、軽く威圧しておくか。
・・・
・・・・・
・・・・・・・
悪趣味ではある。だが、俺はさっさと天音のとこに戻って、お姫様を救出しなきゃならないんだ。
だから、暴力的な姿勢でこいつらの主導権を貰うとしよう。
「よう、随分と長い昼寝だったな?もう、決着はついてるぜ」
地べたから俺を見上げる【剣狼団】の野郎共。そいつらの顔は、自分らを拘束する影と、俺の背後で倒れ伏したまま動かない川瀬を見て、全てを理解したのだろう。
その大半は、信じられないという顔をしながらも、どこか納得したような態度でこの状況を受け入れて、顔を青褪めさせていた。
それが、どんな感情からかは知らんが。
だが、その中でも一人。理解はしていても、納得はしていないという顔で俺を見上げるやつがいた。
確か……………初手で俺に電撃を喰らわせたやつだな。
「……………リーダーは、透は、気絶しているだけなのか?」
「いいや?」
あえて、あえて感情を剥き出しにしよう。瞳が熱い。
俺の両目が、赤黒く輝く。
「死んだよ」
その言葉を聞いて、目の前の電撃野郎は再び信じられないという風に、目を見開いて拒絶するように震える。
「―――――嘘だ」
「嘘じゃない。確かに、川瀬透は死んだ。限界以上の力を使って、最後まで俺に抗って死んだんだ」
「お前が………お前が殺したんじゃないか!?」
…………まあ、そう取られても仕方ないよな。
だが、こいつらに真実を告げる義理など、俺にはない。
「戦いの結果だ」
「だとしても!殺す事はなかっただろうが!せめて償いの機会を与えてくれてもいいなじゃいか!!あいつが、あいつが死んで良い筈がない!!」
自分がどれだけ理不尽な事を、見当違いな事を言っているのか理解しているのだろう。
電撃野郎は、酷く苦渋に歪んだ表情をしていた。
それでも、口に出さなければ気が済まないのだろう。その気持ちは俺にも理解できる。
「――――――透は、良い奴だったんだ…………」
「だとしても、川瀬とお前らがやった事は、取り返しのつかない事には変わりはないだろう」
「っ!!」
怒りが、漏れ出る。こいつらはガキだ。和人からの資料を見て分かったが、こいつらは、未成年のクソガキに過ぎない。
単なる不良というだけではなく、慈善事業をするくらいには、性根の腐ってないやつら何だろうさ。
だが、こいつらの犯した罪は、善意の押し付けにも等しい盗賊行為。
断じて、許されていい問題じゃない。
「お前らがどんな人間だろうと、お前らが犯した罪は事実だ。それに、手を出しちゃいけね相手に、喧嘩まで売った。身に着けてるその装備が良い証拠だろう?
それは【鉄火の牙】が命懸けで収集した装備だからな」
つらつらと、自分達の罪を突き付けられただけで、目の前の電撃野郎は口を
罪の自覚はあるようだな。これで開き直るようなら、締めあげて物理的に黙らせていたところだ。
なら、改善の余地はあるか。
「一応、俺は和人――――【鉄火の牙】のリーダーの雨霧と面識がある。元々、俺にお前らの情報を渡して来たのは【鉄火の牙】だからな」
俯いていた【剣狼団】の連中が、揃って顔を上げて驚きの声を上げる。少数だが、そんなに驚いていないやつもいたがな。
電撃野郎もその一人だ。
「さて、今のお前らには二つの選択肢がある。ここで死ぬか。それとも、川瀬透の夢を継いで、この先も生きていくか、だ」
「ど、どういう……」
「最後にあいつから引き出した情報と引き換えに、てめえらの命を預かる事を、川瀬透と約束したからだ」
一同が困惑した表情で俺を見る。立て続けに情報で殴りつけたからか、頭の中が混乱してるんだろう。
まあ、実際は違うが、大半は本当のことだからな。
川瀬透は、俺にこいつらの事を託した。それに対し、俺は任されたから、こうして選択肢を突き付けている。
俺はそこまで甘くない。あくまでも、こいつらが自分の意思で生きる事を決意したらの話だ。
無条件で助けてなんてやらない。
それに……………どうやら、こいつらの中でお前の存在は相当、大きかったようだぜ、川瀬透。
理解したやつらから思い悩むように、眉を寄せるやつがちらほらと出てきた。
「言っておくが、どちらの選択肢を選んでも、この先のお前らに待ち受けているのは〝地獄〟だ。好きなように選べよ。だが、俺は気が短いからな。さっさと選べ」
自分の人生くらい、てめえの意思で決めろ。
それくらい出来ないなら、俺は見限るだけだ。
「俺は―――――生きる」
「穂高?」
「あいつの夢は、俺達の夢でもあるんだ。それに、こんな情けねえ姿を晒したまま、あの世であいつと顔を合わせられねえ」
電撃野郎―――――穂高は、拳を握り締めて、真っすぐに俺の目を睨むように見据える。
「せめて、償ってから死にたい」
「………自暴自棄になった訳じゃなさそうだな」
他はどうだ?
「俺も…………川瀬さんにはたくさんの恩があるんだ。あの人の夢を継いで、川瀬さんに恩返しがしたい」
「こんな情けない姿を晒してたら、あの世から川瀬さんが殴るに来るだろうからな」
「生きて、俺達も罪を償いたい」
「あのコミュニティにいた人達に、詫びを入れたい」
段々と、それぞれの意思で選択をしていく。
やがて、全員が意思の籠った目で、俺を見据えていた。
「それで?死ぬか、それとも生きるか。どっちを選ぶ?生きたいと思ったやつから、顔を上げて声を出せ。死にたいやつは、そのまま寝てろ」
「俺達は……………生きる事を選ぶ!」
「「「「「おおおおおお!!」」」」
「………良いのか?死んだ方が楽になれるかもしれないぞ?」
「………そんな甘い覚悟じゃ、あの人の夢は継げらんねえよ」
【剣狼団】の全員が、その瞳に決意と覚悟の炎を宿らせて、にやりと笑みを浮かべる。
……………中々、根性のある連中だな。最も辛い道を迷わず選択しやがった。
川瀬透、お前の仲間は、どうやら糞野郎じゃないらしいな。
「わかった。だったらお前達を生かしてやる。【鉄火の牙】にてめえらを殺させはしねえよ。万が一でも、俺が止めてやる」
「ありがとう、ございます」
【剣狼団】の全員が、俺に向けて頭を下げる。その瞼に光っていたものを、俺は見逃さなかったが、何も言わずに感謝を受け入れた。
なぜか、背後で川瀬透が笑顔を浮かべて、こいつらの事を見ているような気がしたのは、気のせいじゃないだろう。
俺は、そう思った。
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