白い季節も飴は降る

皮以祝

第1話 はじまり

 授業中、窓の外を眺めていると雪が舞い始めた。

 まだ10月も始まったばかりだ。ここ一帯の標高は少し高いとはいえ、今までこんな時期に降ることなんてなかった。

 考えれば確かに、ここ最近、夜中は冷えている気がする。少し前までは、寝苦しいくらいだったというのに……温暖化はどこへ行ったのか。


「――君! 鷹山君!」

「……えっ?」


 呼ばれた声に振り向くと、多くの視線がこちらを向いていた。

 どういうことが理解できずにいると、軽く袖を引かれる。


「(前見ろ、ま、え)」


 前を見ると、先生がこちらを見ており、黒板を指していた。


「……えっとケイ素? ですか?」

「正解だから許してやるが、次はないぞ。後ろの滝口、このケイ素と酸素が化合すると――」


 授業が再開され、クラスの視線も黒板へと移った。


「すまん。助かった」

「少しは真面目に聞けよ」

「真面目なつもりなんだけどな。というか、ノートに落書きしてるやつがそれを言うのか?」


 ノートには、現在の教室の様子が描かれている。


「俺は美術部だからな!」

「理由になってない……けど助かった」

「気にすんな」



***



 化学の授業が終わると、次は昼食だ。


「ほら、さっさと戻ろうぜ。1時間目始まった時点で腹なっててよぉ…」


 わざとらしく腹を抑え、空腹を訴えている。

 教室に戻り、お互いの席に座る。

 席は名簿順で並べられているため、俺と隆史は隣同士だった。


「そういえば、最初に声をかけてくれたの誰だったんだ?」

「お前なぁ……瀬川さんだろ? というか、声かけてたの今回が初めてじゃないぞ」

「…まじぃ?」

「ぐっ……おい、変な顔すんな! 吹き出しそうになっただろ」

「それで?」

「いきなり冷静になるなよ……おおまじだ。たまにはお礼くらい言ってきたらどうだ?」

「そうだなぁ……」


 瀬川さんも教室で昼食をとっていたはずだ。

 教室を見渡すと、今の会話が聞こえていたのか、こちらを見ていた瀬川さんと目があった。


「なんか目があったし、仕方ないか」

「それがお礼をする態度かよ……」


 お礼を言いに向かおうと立ち上がったところで、瀬川さんと机を囲んでいた女子が騒ぎ出した。

 気にせずに瀬川さんに話しかける。


「瀬川さん」

「た、鷹山君……ど、どうしたの?」

朱子あかね緊張しすぎ〜」

「ほっといてよ! それで……どうしたの?」

「さっきの授業で声かけてくれたみたいだから、お礼を言おうと思って」

「あっ……き、気にしなくていいのに…」

「朱子は普段から鷹山のこと見てたからね〜」

「ちょっと黙ってて!……あっ!」


 友人と話していた瀬川さんが勢いよくこちらを振り向いた。


「どうかしたのか?」

「ううん、本当に気にしないで」

「嘘だ~、ホントは気にしてもらって嬉しいくせに〜」

「香織!」


 2人でじゃれ合っている。

 ……お礼は言えたしいいか。

 そう思い隆史の方を向くと、両手で大きくバッテンをつくっていた。


「鷹山〜?」

「えっと、なに?」


 瀬川さんの友人に話しかけられる。

 名前は…


「えっと……? その……お名前は?」

「……坂月香織だけど……? というか、なにその聞き方? 警察?」

「えっと、坂月さん…? もしかして、警察にお世話になるようなことが……」

「ないわ! つーか、マジで知らなかったんだ……? もう半年以上同じクラスなんだけど?」

「接点がなかったから?」

「…まぁ、そうだね。それにしても、普通覚えない?」

「前向きに検討させていただきます」

「次は政治家? ま、それは置いといて、今週の土曜は暇だったりする?」

「土曜日? 特に予定は」

「なら、私とデートしよう」

「え?」

「ちょっと、香織!?」

「だめ?」

「予定はないけど…… なんで?」

「いいんだ……」

「理由とかいる?」

「いや、いる……よな?」


 いや、いらない? デート……デートね……


「仕方ないなぁ〜……実は私、前から鷹山のこと気になってたんだよね〜」

「…え?」

「まじ?」


 瀬川さんが俺の心の中を代弁してくれた。


「マジ。それで、返事は?」

「えっと」

「とりあえずLAIM交換しよ」


 俺の手からスマホを受け取って(奪ってとも言う)、友人に追加している。


「すっくな」

「人から取っておいて……」

「じゃ、また後で連絡するから」

「…りょうかい?」


 まあ、目的は果たしたし……?

 戻ると隆史がニヤニヤしている。


「なんとなく想像がつくが、上手くいったのか?」

「あぁ。お礼はちゃんと言ってきた」

「そうじゃないだろ〜」


 隆史は右手にパンを持ったまま肩をグリグリしてくる。ええぃ、無礼であるぞ!


「あ、そういえば。土曜に予定できたから、遊ぶの日曜にしてもいいか?」

「お、おお! いいぞ! やっぱり瀬川さんとか!?」

「なんのことだ?」

「さっきデートとか言ってただろ?」

「聞こえてたのか?」

「やっぱり言ってたよな。瀬川さんとだろ? なに恥ずかしがってんだよ?」

「? デートは坂月さんとだぞ?」

「……なんで、そうなった……?」


 隆史は机にスライムのように、ぐでん、となった。弁当箱は避けている。


「食べないと時間が終わるぞ?」

「…お前に期待した俺が馬鹿だったよ」


 俺に何を期待してたんだよ。

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