機械帝国は異世界を踏みにじる

鉄鎖

第1話


「はぁ~」


 執務室で私、赤井 大智は溜息をついた。


「どうされましたか同志書記長」

「あぁいや、なんでもないですよ」


 タイプライターとパソコンを組み合わせたような奇妙な機械に手を合わせながら、部下……ということになっている自動人形に不意に漏らしてしまった溜息について詮索されまいと首を横に振る。彼はそののっぺりとした凹凸の無い体にソ連風の軍服を着こなしながら、そうですかと言い作業に戻る。


 ため息をついている理由は色々あるのだが、これだけは言わしてほしい。

 視線をずらした先に見える、広大な都市と鏡に反射する一人の人影。

 肩にかかるぐらいまでに切りそろえられた金髪に、銃口のように暗い瞳。

 まぎれもなくこの世界にやってきた私の姿であり、友人たちと作っていた戦略ゲームのMODの国家元首であることを改めて認識せざるをえないという状況。


 あぁまさに異世界転生――そもそも男どころか人ですらなく、所謂転生特典という奴が「国」という状況で、どうやって魔王を倒せというのか!


 皆様には改めて挨拶をば。


 私、赤井 大智ことルテニア連邦書記長「ルサルカ」は、現在異世界にて職務に励んでおります。




 第一話




 さて、話はさほど難しいことではございません。

 皆様も面倒な世界設定など聞きたくないでしょうから、まず転移したファンタジーな世界から。

 丸い形の大陸の西半分を悪い魔王様が魔物の軍勢を率いて支配し、残った東半分を生き残った人間たちがあらがっているという状況。

 火・風・土・水の4つの属性に特殊な光と闇の合計6属性の魔法が存在し、貴族様が魔法を使えて威張り散らし、互いに足を引っ張りあっているとかいないとか。

 そして転生という名目で我らの現実世界の人間をこちらに特典を与えて勇者にしたり凄腕の冒険者として魔物を狩ったりと、まぁお茶の出がらしにすらならないようなコッテコテのテンプレ世界でございます。


 問題は、大陸の北西部に陸続きになる形でソビエトロシアを模した我らが国、ルテニア連邦のウクライナ地域がくっついてしまったことでしょうか。


 いやいやいや、あんな巨大な国がポンとくっつくわけないだろう、子供の夏休みの工作じゃないんだから――そう思われる諸氏よ、誠その通りだが落ち着いてほしい。


 もともとこのエリアには暗黒大陸という、魔王…というより魔物たちが生息するために必要な魔素と呼ばれる物質も、人間にとっては水もなければ全然耕作にも向かない土壌が広がっていたらしいのだ。だから正確にはくっついていたというより入れ替わったが正しいのですが。


 さて一方我らルテニア連邦。

 超要約してお話しますと、世界観的には元々とある第二次大戦のMOD(modification、主に改造データですね。このゲームはMODを自由に作ってよいと公式が認めているので違法性はありません)で設定をいろいろ弄ってた奴なんですが、内容が


1.そもそも人間同士の核戦争で一度大半の人間は地下に逃避し、そこで退廃的な生活を送っていた。

2.機械たちが反乱を起こし、実質無血革命を起こして人間たちを統治。そのころには人間たちは退廃的な遊びのあまり享楽にふけるだけの肉の塊までに退化。

3.機械たちで「人間らしさ」という検証を行った結果、人間とは無駄なことをする生き物であり、その最たる戦争を享楽としてやってみようということに

4.核戦争ではロクにデータが取れなかったから、せや! 第二次世界大戦を再現したろ! 兵士は人間こねこねして作り直した肉人形を使って遊ぶぜ!

5.君もそんな世界の国家元首の一人になって戦争世界を楽しもう!


 という内容でございまして、その国家のひとつルテニア連邦の国家元首がルサルカちゃんなんですよね。深夜テンションでこんな冒涜的な設定を作ってしまった自分が憎い。


 まぁそんな「なんちゃってソビエト」が現在私が率いなければならない国家でして。今目が覚めてからおよそ6時間、人間の国家とは違いそれこそゲームのように動かせるこの国家が即座に偵察機を出してみるとおおむね転生時に頭に叩き込まれた情報通り。


 ただ私は不思議なことに、こういったときにお約束の「神」との謁見がなかったんですよね、寝てたらいつの間に執務室の椅子に座っていて知識叩き込まれていて国家を率いるということになっていて正直まだ現実味がわきません。


「各機関のインフラ設備に異常なし、データリンクで各列強には連絡取れず、肉人形たちにも変化の予兆なし、軍はいつでも動かせて国としてはまだ麻痺はしてませんか……ただ、内陸側が突然海側になったので、港の整備などが必要ですね。これが本当のソビエトだったら気象的な問題だけでもえらいことなってましたよ。おそらく穀倉地帯のウクライナが壊滅して飢餓まっしぐらでしたね……」

 

「一応、大規模な気象異常が発生した場合によるインフラへのダメージが懸念されます。手配はしておきますか?」


「お願い」


 しかしなんかこう……異世界転生ですよ? もっとこうボーイミーツガール的な展開とか、ヒロイン助けるために死に物狂いになったりとか、やたら知能指数の低い敵にマウントとって気持ちよくなったりとか、魔法学校行ったりとか、色々……あるでしょう。

 なぜ私は執務室から一歩も動かず、顔のない官僚たち(彼らの顔のデータを作ってなかったから、汎用の顔しかないのだ)に命令を飛ばしているのか。


「まぁいいです、大陸の東側の人間国家は偵察の結果こちらの存在に気付いているようですしそのうち向こう側からくるでしょう……ウクライナ方面軍は変わらず警戒を続けるように指示を出しておいてください。予備の戦力もいつでも動かせるように」


「承知しました」



 狂った歯車で動く、赤黒い星がその日降り立った。

 その星は人々を導く希望となるか、それともすべてをすり潰して地獄へと導くのか。

 現状は誰も知る由はなかった。



 





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