僕の好きな君の笑顔

白石 佐草

長い数日の始まり。


 これは私の遠い日の、幼い頃の記憶。


「たーくん!元気でね……」


「あきちゃんもね……バイ、バイ……」


 昔のことなのに、今でも私はその時のたーくんの表情、そして匂い、その日の事を鮮明に覚えている。






××××××××




 退屈な教室に吹く、心地よい優しい風。チョークが黒板に当たる音、そして時々聞こえて来る、他の生徒の話し声。



 いつも通りの風景で、僕がやることもいつもと変わらない



 先生が黒板に書いていくことを、ノートに写していくだけの作業。



 ノートはビッチリと文字で埋め尽くされ、見ているだけで書いている張本人である僕でさえ、ゲシュタルト崩壊を起こしそうなほどだ。



 そんな退屈な授業にうつつを抜かしていると、その時は突然訪れた。



 足の先から頭のてっぺんまでほとばしるような衝撃。雷に打たれたことはないが、まるで雷に打たれたような。



 ーーそんな衝撃が走る。



 そのあまりに強く、突然の異変に、僕の口からは声にならないような呻き声が上がる。



「ううっ!!」



 その瞬間、周りの生徒や先生が一斉にこちらを注目する



「どうした宗方? 具合でも悪いのか?」



 先生は黒板に書くチョークの動きを止め、僕を心配する



「いえ、すいません。寝ぼけてました」



 そして先生は黒板に向き直し、すぐにまたその手を再び黒板へと走らせた



 前の方の席に座る恵比寿孝えびすたかしが僕の方を振り返り、バカ。という目線を送って来る



 そして僕のせいで、少しざわついた教室もすぐに元の静寂を取り戻す



 なんだったんだろうか……今の衝撃は……。



 その瞬間、僕のちょうど真後ろ。なぜかそちらを無性に見なければいけない気がした。



 いや、正確には絶対に見なくてはいけない衝動に駆られた。



 その突然で理不尽な衝動を抑えきれず、僕はそちらをチラッと見る。



 すると僕の後ろの席に座る女子生徒が、なにやら落ち着かない素ぶりで、シャープペンシルをカチカチと触っていた



 ‥‥シャーペンの芯でも無くなったのかな?



 チラチラと見ていて、やはり芯が無くなってしまったのだろうと思い、話したことのないその女子生徒に、僕は無言で芯を差し出した。



「え? あ、ありがとう……」



 彼女はそう言った。僕はなにも言わず再び、また黒板をノートに写し始める。



 僕は現状、異性とは全くと言って話さない。興味がないわけではないが、あちらが僕には興味がない訳だから、必然的に話すことなんてほとんどない。



 ……我ながら少し悲しくなってくる。



 それにしてもなんだったんだろう……あの衝撃は……。



 その日の昼休みに廊下を歩いていると、再び物凄い衝撃が全身を走る。



「うわぁぁっ!!」



 あまりに強い衝撃に、今度は悲鳴に近い叫び声をあげてしまった。



 何という衝撃なんだ……心臓に悪い……。何かの病気かな……?



 幸いなことに周りには誰も居ないようだ。見られていたら、突然声をあげた変な奴とでも思われていた可能性さえある。



 その場を離れようと、歩く足の速度を速めようとした瞬間、歩いてきたその廊下を何故か、戻らなければならない衝動に駆られた。



 さっきもこんな衝動に駆られたな……。



 絶対に戻らなければ気が済まない。そんな突然の衝動に、意志の弱い僕は抗えるわけもなく、結局来た方へとまた戻る羽目となってしまった。



 廊下の先の曲がり角を曲がった瞬間、1人の女子生徒が大量に散らばっているプリントを拾っていた。



 その生徒はさっきシャーペンの芯を渡した、僕の後ろの席の女子生徒だった。



 名前は確か……二階堂あきる。だったっけかな……?



 話した事はないが覚えている。彼女は大人しくはあるが、何かと目立つことが多い。



 学年でトップクラスを誇る頭脳、そして物静かな雰囲気とは似合わないほどに、綺麗な容姿。



 何より他の男子生徒との話題には、こと欠かさない人物であるわけで、男子たちの憧れの女子生徒である。



 そのクラスメイトが、プリントを拾っているところに出くわしたのなら、いくら僕でも素通りすることなんて出来やしないだろう。



「大丈夫? 僕も拾うよ」



「ありがとう……。た、……宗方くん」



 二階堂さんは何を言いかけ、僕の名前を言い直した。



 誰かと間違えそうになったのかな……? まぁそれも仕方ないか……僕、影薄いし……。



 それでも散らばっているプリントを、一枚一枚丁寧に僕は拾い上げる。



 そして散らばっていたであろう全てのプリントを拾い、彼女に手渡す。



「本当にありがとう」



「ううん。大丈夫だよ」



 そして僕は逃げるようにその場を後にした。なんだか居た堪れない気分になったからである。



 それにしても……最近、二階堂さんと話す機会が少し増えたなあと思う。



 改めて面と向かって顔を見たが、評判通りの顔立ちで、近くまで寄って気づいたが、とてもいい匂いがした。



 なにかこう柑橘系というか……、そう言う香水でもしているのだろう。



 きっと僕なんかは、背伸びしても二階堂さんとは何か起こることなんて、この先ないんだろう。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る