紅の章第1節:初めてのクエスト
白銀の月明かりが夜道を照らし冷え切った空気が不気味な悪寒を運んでくる。
西門を出発してから十分くらいたっただろうか、流通で使い古され草一本たりとも生えなくなった一本道を左に外れ寝転がってお昼寝したくなるくらい程よく伸びた草原を歩いて行く二人の姉妹。
姉は今にも地面につきそうなほど伸びた柔らかくふんわりとした髪が夜風になびき、揺れる髪はまるでマジョーラカラーの様にその色を次々に変えていく。
一方妹は肩ラインまでしか伸ばしていないボブスタイルで、姉の様に髪の色は変化しないがその楽しそうな表情と連動しているかのように横に跳ねた犬耳のような髪がピコピコと軽快に動く。
蟲のさざめきが小さな音楽隊となって心地よい音色を届けてくれそれが満腹後の眠気と見事に調和し大きなリラックス効果をもたらす。
「こんなに自由な気分はいつ以来だろう。遠慮したり抑えたり隠したりそんな気遣いを一切しなくていい圧倒的解放感、長年の監獄生活からの釈放なんて比じゃない例えるなら深淵のさらに奥深くで四肢を楔で打ち付けられ指先どころか瞬きすらもさせてもらえない、何も見えずなにも聞こえず何も感じない五感を完全に遮断され年月が分からなくなるほどの長い拘束から一気に解放されたかのような、あの日に匹敵するかのような懐かしい感覚。あああああ良い、生きてるって感じがする、このままクエストで行方不明になったことにして疾走したい、無理だけど。あぁやだなー家出してる子供ってこういう気分なんだろうなー」
「姉さんさっきからなに一人で喋ってるの気持ち悪いよ」
「ワン、今いいところなんだからちょっと黙ってて」
「開放的なのは分かるけど、いつまでこうしてのんびり歩いてるの?」
ワンの質問にロクは鼻の前で人差し指を立てながらシッと短く息を吐く。後ろを振り返り街がミリ単位にまで小さくなるほど離れていることを確認する。そのあとクエスト出発前にジルに買ってもらった地図を開き現在地と目的地の方角と距離を確認する。目的地は今向いている方向を正面に二度左、距離はだいたい十キロ強くらいで全く離れていない。
「そうだね、この辺でいいかな」
周りに他の冒険者がいないことを入念に確認して二人並んで目的の方向を向く。軽く手首足首をほぐし準備が完了する。
「姉さん久しぶりに競争しない?」
久しぶりの自由行動に羽目が外れるかかっているのかワンが遊びたそうにうずうずしている。こういう子供っぽいところは昔から全然変わらない、しかしそれが生意気なワンの数少ない可愛いところでもある。
しかしロク自身勝負する気にはなれなかった。
「近すぎて競争のしがいが無いからヤダ」
「そういうセリフは一度でも僕と肩を並べてから言おうよ」
「十分肩並べてるから、むしろ一枚上手だから」
どうしても遊びたいのかまともな理由で断ったのになぜか煽りで返してくるワン、しかもその煽り文句があまりにも納得いかなかったためつい反射的に言い返してしまう。
「はっはーご冗談を、姉さん今まで僕に何連敗してるか覚えてる? そーんな姉さんが僕と同格とか天地がひっくっり返ってもありえないね、何なら超手加減してあげてやっとこさ同レベルだよ」
下手に強がったせいでワンの煽りがさらに加速する、事実ワンとの競走はタイマンではまだ一度も勝っ 白銀の月明かりが夜道を照らし冷え切った空気が不気味な悪寒を運んでくる。
西門を出発してから十分くらいたっただろうか、流通で使い古され草一本たりとも生えなくなった一本道を左に外れ寝転がってお昼寝したくなるくらい程よく伸びた草原を歩いて行く二人の姉妹。
姉は今にも地面につきそうなほど伸びた柔らかくふんわりとした髪が夜風になびき、揺れる髪はまるでマジョーラカラーの様にその色を次々に変えていく。
一方妹は肩ラインまでしか伸ばしていないボブスタイルで、姉の様に髪の色は変化しないがその楽しそうな表情と連動しているかのように横に跳ねた犬耳のような髪がピコピコと軽快に動く。
蟲のさざめきが小さな音楽隊となって心地よい音色を届けてくれそれが満腹後の眠気と見事に調和し大きなリラックス効果をもたらす。
「こんなに自由な気分はいつ以来だろう。遠慮したり抑えたり隠したりそんな気遣いを一切しなくていい圧倒的解放感、長年の監獄生活からの釈放なんて比じゃない例えるなら深淵のさらに奥深くで四肢を楔で打ち付けられ指先どころか瞬きすらもさせてもらえない、何も見えずなにも聞こえず何も感じない五感を完全に遮断され年月が分からなくなるほどの長い拘束から一気に解放されたかのような、あの日に匹敵するかのような懐かしい感覚。あああああ良い、生きてるって感じがする、このままクエストで行方不明になったことにして疾走したい、無理だけど。あぁやだなー家出してる子供ってこういう気分なんだろうなー」
「姉さんさっきからなに一人で喋ってるの気持ち悪いよ」
「ワン、今いいところなんだからちょっと黙ってて」
「開放的なのは分かるけど、いつまでこうしてのんびり歩いてるの?」
ワンの質問にロクは鼻の前で人差し指を立てながらシッと短く息を吐く。後ろを振り返り街がミリ単位にまで小さくなるほど離れていることを確認する。そのあとクエスト出発前にジルに買ってもらった地図を開き現在地と目的地の方角と距離を確認する。目的地は今向いている方向を正面に二度左、距離はだいたい十キロ強くらいで全く離れていない。
「そうだね、この辺でいいかな」
周りに他の冒険者がいないことを入念に確認して二人並んで目的の方向を向く。軽く手首足首をほぐし準備が完了する。
「姉さん久しぶりに競争しない?」
久しぶりの自由行動に羽目が外れるかかっているのかワンが遊びたそうにうずうずしている。こういう子供っぽいところは昔から全然変わらない、しかしそれが生意気なワンの数少ない可愛いところでもある。
しかしロク自身勝負する気にはなれなかった。
「近すぎて競争のしがいが無いからヤダ」
「そういうセリフは一度でも僕と肩を並べてから言おうよ」
「十分肩並べてるから、むしろ一枚上手だから」
どうしても遊びたいのかまともな理由で断ったのになぜか煽りで返してくるワン、しかもその煽り文句があまりにも納得いかなかったためつい反射的に言い返してしまう。
「はっはーご冗談を、姉さん今まで僕に何連敗してるか覚えてる? そーんな姉さんが僕と同格とか天地がひっくっり返ってもありえないね、何なら超手加減してあげてやっとこさ同レベルだよ」
下手に強がったせいでワンの煽りがさらに加速する、事実ワンとの競走はタイマンではまだ一度も勝ったことが無い。この場にイオが居たら「妹相手にムキになるなよ」と呆れられていただろう、ワンが相手とは言えこういう所は自分も成長してないなぁと内心反省するロク。
「そうやって余裕かましてペラペラ喋るのは敗北者の象徴だよ、これだから一級フラグ建築士は」
「ブーメラン刺さってるよ? 大丈夫? 痛くない?」
「……痛いから抜いて」
「物理的に刺さってないから無理」
反省はしたが相手がワンなので構わずこちらも挑発を試みる。挑発の内容を勝負からワンの悪い癖に変えてみたが余裕かましておしゃべりになるところはロク譲りなので見事に特大ブーメランで自傷ダメージを負う。さすがに勝てる見込みがないので茶番はこれくらいにして足元から小石を拾い上げる。
「合図はいつものでいい?」
「いいよー」
ワンの同意が確認できたところで小石を握った左手を下げそのまま持っていた小石を手放すように手を開き自然落下させる。小石が重力に引かれ地面へと向かう際脱力を完成させスタートの合図を待つ。
小石が地面に着く十万分の一秒前にスタートしクエスト目的地へと走り出すロクと小石がしっかり地面に触れてから後を追いかけるようにスタートするワン。
約三万分の一秒後古い遺跡らしき建造物の前にロクとワンが同時に到着する。
「チッ、引き分けか」
「いやいやいやいやいやいや、がっつりフライングして同着ってどうなの」
「ワンちゃん勝てなかったからって嘘はダメだよ」
「……そこまでして負けたくないですか…………あとワンちゃんって言うな」
ワンが哀れみを通り越してどうしようもになこいつと言う顔で見てくる。「姉をそんな目で見るんじゃない」と言いたかったがあからさまなフライングをしてまで勝ち越せなかったためあまり強気に出ることが出来ない。どうせこのまま言い合になっても圧倒的に不利どころか負け確なのは目に見えているで地図を開きちゃっちゃとクエストに話題を変える。
「ここで合ってるよね」
「現在地と目的地が重なってるし他にそれっぽいの無いから合ってるんじゃない?」
ここは森林の奥、辺りは草木が無尽蔵に生い茂り近くで地図に移っている建造物はここだけ、作りはダンジョンの定番ともいえる組積造で地下タイプなのか入り口から上には何もなく階段も下へと続いている。
ダンジョンの全貌が剥き出しになっていないので大きさは不明だが一応初心者向けのクエストなので大規模ギルドが攻略するようなバカみたいに広いダンジョンなんてことは無いだろう。
「えーっとクリア条件はぁ…………」
クエストの受付で貰った申込用紙の控えをジルから借りたアイテム袋から取り出し確認する。クリア条件の欄にはダンジョン内の魔獣の討伐とだけ書かれており、討伐だけならすぐ終わるねと余裕綽々のロクワン。
「向こうは大丈夫だと思うけど、念のためさっさと終わらせて帰ろうか」
「そうだねRTAで行こう」
戦闘時邪魔になる荷物はその辺の木陰に置いてダンジョンの中に入る。なるべく多く稼ぎたいのでボス部屋一直線は使わずに道中の魔獣もたくさん倒す方向で行く。
ジル曰くダンジョンで稼ぐ方法は主に三つあり一つ目は宝箱で超レアアイテムなどの当たりを引く方法。二つ目が魔獣の心臓である
ダンジョンに入ってすぐの階段を下ると車道二車線ほどの一本道が続いている。トラップが仕込まれていそうな雰囲気の壁は古くところどころ崩れていて、先は突き当たりが見えないほど遠く闇に飲まれている。
そして魔獣一匹いないこの通路の中央にポツンと大きな宝箱が一つ不自然に置かれている。誰がどう見てもトラップにしか見えないその宝箱を見つけるや否や何の躊躇も無くバカッと乱暴に開けるワン。
「なんか入ってる?」
箱をいきなり開けたことには突っ込まずロクも落ち着いた様子で宝箱に近寄る。
「めっちゃ入ってる、多分あたりだコレ」
トラップだと思っていた宝箱の中には金貨宝石がぎっしり詰まっておりその一つ一つが暗いダンジョン内を明るく照らすほど眩い光を放っている。
「ゲームとかでよくこういう演出見るけど、これってどういう原理で光ってるんだろうね」
「さぁ発光物質でも含まれてるんじゃない? 知らないけど」
目がくらむような眩しさに一切動じることなくワンのよくよく考えてみればな質問に適当に答えながらこれまたジルに借りたアイテム袋を取り出し宝箱内の財宝を一気に鷲掴みにする。
────バグンッ!!!!!
瞬間大型犬が噛みついたような鳴き声と鉄同士が打ち合った時のような金属音が同時に通路内に響く。
開けたときに襲ってこなかったから完全に油断していた、まさか腕だけでなく上半身ごと食い千切ってこようとしてくるとは……。 とは言え攻撃速度は遅かったので異変に気づいてから身を引くのは造作もない、上半身も突っ込んでいた腕も無事。
突如襲ってきたソレの正体はもちろん宝箱、顔のパーツは一切なく左右の側面から細長い二本の手足が伸びており先端の爪は鋭く尖っている、開けた時は一本も生えてなかった鋭い牙を蓋の縁にズラリと並べ箱の中にあったはずの財宝は消え代わりに緑色の粘液に塗れた赤紫色の舌がでろんと垂らしている。粘液がボタボタと地面に落ちる度にジューッと焼けるような音が鳴り落ちたところには綺麗な穴と煙が立ち込める。
そしてこちらに狙いを定めると口を限界まで大きく開け音速に近いそのスピードでこちらに食らいついてくる。
「なかなか早かったね、音速くらいはあったんじゃない?」
「開けた瞬間じゃなくてあたりと思わせておいて──、ってところがムカつく」
「僕も完全にセーフだと思ってた」
「イアなら開ける前に気づいたんだろうなぁ」
余裕綽々で呑気に会話しながら全ての攻撃をかわしていく。
宝箱も踏み込む際に足が地面にめり込むという細身の足からは考えられないほどの脚力で飛びついた先の壁を反射しながらピンボールのようにどんどん加速するが二人の速さには到底追いつけず噛み千切るどころかかすりもしない。
「飽きた」
そう小さく呟くと同時に今の今まで壁に反射して飛び回っていた宝箱が突如正面から壁に激突しそのまま中に埋もれる。
しばらくピクピクと手足を痙攣させていたがやがて脱力したように動かなくなる。
仕留めたロクの左手にはソフトボール程の大きさの球体が握られておりそれは水晶のような透明感を持ちながらも禍々しい邪気を放っていた。
抜き取った瞬間動かなくなったのでこれが
こんな不気味でモンスターの血にまみれた物を買い取って何に使うのか気になりつつ
「さっさと終わらせるって言っておいて遊ぶのはどうかと思う」
ワンが壁にめり込んだ宝箱を見ながら少し不満そうに愚痴る。彼女の事だから雑魚一匹に時間かかり過ぎとでも言いたいのだろう。しかしそれに関してはこちらも言いたいことはある。
「それならワンが仕留めればよかったでしょ」
「だって邪魔したら怒るじゃん」
「いや怒らないから」
不満たらたらなワンをめんどくさいと思いながら半ばいなすように答え奥へと進む。しばらく進むと前方に壁が現れる。行き止まりかと思いつつ歩みを進めると丁字路の分かれ道に突き当たる。
「姉さんどっち行きたい?」
「どっちでも」
「僕もどっちでもいい」
「「…………」」
「「……………………」」
「「…………………………………………」」
「ねえ早く決めて」
「こっちのセリフ・オブ・ザ・デイズなんだけど」
「じゃあもう右にいる僕が右ね」
「おけ」
しばらくの間無駄な沈黙を続け結局左側に立っているロクが左を右側に立っているワンが右に進むことになった。
お互い背を向けスタートダッシュの体制に入る。二人の着ている服が眩い光を放つと同時に細かい粒子となって形を崩しながら着ている本人の体に吸収されていく。
光をすべて吸収し終え裸体になったところで二人同時にレーザービームの如く一直線に飛んでいき、曲がり角にぶつかると鏡に反射したように直角に折り曲がりボス部屋目指してダンジョン内を隈無く飛び回る。
途中で出くわした魔獣はすれ違いざまに一匹残らず
──やっぱりこのアイテム袋、普通じゃない
ボス部屋らしき扉の前にワンよりも早く到着したロクはジルが貸してくれたアイテム袋の性能ではなく強度に驚く……と、ロクの到着から約一秒後オネも終着点となるボズ部屋の前までたどり着く。
「遅かったね」
「こっち行き止まりだった」
「ありゃ……」
マジなんなんのとぶつぶつ連呼して呟くワンに同情しながら回収した
行き止まりだった挙句これといった収穫も無かったこと、完全に無駄足を踏んだことにかなりイライラが溜まっているご様子。
ロクは八つ当たりモードのオネを相手するここのボスがなんだか可哀想に思えてきた。
「それにしてもワンちゃんのお友達しかいないねこのダンジョン」
ロクのルートで見つけた魔獣はすべて倒したがトラップの宝箱以外はイヌやオオカミの魔獣しかおらず全員ロクの動きについて来れなかったため瞬殺、正直言ってつまらなかった。
これなら上級者のダンジョンでもよかったなとロクは最初のダンジョンだから初心者向けにしようと考えた自分に後悔する。
「今の僕の心境分かっててそれが言える姉さんの度胸が凄いよ」
もはやいつものように言い返してくる気力もないのか流石にワンちゃん弄りにも飽きてきたのか依然として言葉に力が無い。
「私だって言っていいときと悪いときの区別くらいついてますぅ」
「今は言って?」
「いいとき」
「………………はぁ、なんでうちの家族は問題児しかいなんだろう」
「みんなワンにだけは言われたくないと思う」
まるで自分が一番まともかのような言い分に秒でツッコミを入れる。ワンもノリでえっ? という顔をするがそれ以上は話が進まず少しの沈黙を置いてから二人はボス部屋の扉に体を向ける。
巨人専用かと思うほど大きな鉄の扉はまるで地獄絵図を思わせる装飾が施されており固く閉ざされ押しても引いてもビクともしない。
近くに開閉ボタンや隠し扉がある訳でもないので自力で開けない限り中には入れなさそうだ。
「これ普通の人どうやって入ってるんだろう?」
「あれでしょ、この扉を開けれないようなやつにボスに挑む資格はない……的な」
「厳しい世界だねーまぁ僕たちには関係ないけど」
そういうとアイテム袋をその場に置き今度は自身の体そのものを粒子レベルに分解するとミリ単位の扉の隙間や割れ目から中へと侵入する。
こういった密室への侵入や脱出の時に自分たちの体質の優秀さを再認識する。
部屋の中は円形の空間になっていて中央に巨大な魔法陣、壁には松明がずらりと並んでいるシンプルな作りだ。
中に入ってしばらくすると人感センサーが反応したかのように辺りに備え付けられた松明が燃えだし、全ての松明がつくと中央の巨大な魔法陣が作動する。
薄紫の光の中からそいつは表れた、漆黒の体毛に覆われた大型トラックと同じくらい大きな胴体に生えた三つのイヌの首、唸り声をあげるその口は鋭利な刃物よりも鋭くとがった牙がずらりと並び太く強靭な爪が食い込んだ地面をえぐる。
ここでようやくダンジョンのボスの正体が発覚しロクワン共に「なーんだ」と落胆する。
一応既に攻略されているクエストにはダンジョンボスの名前も記載されているのだが二人ともまだコテモルン語の五十音すら理解しきれていないのでそこに書かれている文字を【ケルベロス】と読むことが出来なかった、しかし逆にそれを楽しみとして利用し実質ボスの正体が伏せられた状態で挑むスリルを味わっていたのだがいざ正体が分かると膨らんだ期待は簡単に破裂しモチベーションも落ちてしまう。
「なるほどケルベロス、それなら弱すぎる道中も納得」
「ケルベロスってこんな見た目だったけ? もっと竜の尻尾とか蛇のたてがみがあった気が…………」
「異世界なんだし私たちの知ってる個体と姿が違ってても別に不思議じゃないでしょ」
「……それもそうだね」
異世界だろうがなんだろうがケルベロスごときに負ける要素が微塵もない二人は青銅の雄叫びを上げなんらかの溜めモーションに入った猛犬を前にしても全く余裕を崩さずいつもの緊張感のない会話を続ける。
「ボスはワンがやっていいよ、消化不良でしょ」
「あぁなんかもういいや飽きた」
「飽きた?」
「飽きた」
『ボゥワアアアアアッ!!!!!』
攻撃を溜めていたケルベロスがこちらの会話を断ち切るように二人の間に咆哮と共に業火のブレスを放つ。真っ赤に燃えるその炎は部屋の半分を焼き尽くすほど広く広がり、石で作られているはずの地面や壁の形を徐々に歪ませていく。
しかしロクワンの二人にとって燃え広がる業火も温度は感じるが体質状ダメージにはならない。強いて言うなら夏以上の蒸し暑さにイライラが止まらなくなるくらいか……。
「ありゃ?」
「なに? どうかしたの?」
「
体が反射的動いたのかそれともいい加減鬱陶しかったのか、ケルベロスの咆哮と同時に道中の魔獣にしたように体から
目の前のケルベロスの身体には本来
とはいえ胴体になければ残る可能性はもう一つしかない、普通なら
ワンは目を閉じた。なるべくゆっくり……ケルベロスに相手が油断していると思わせるため、決定的な攻撃のチャンスを与えるため。
そしてそれにより先ほどのワンの攻撃でこちらを警戒して近づいて来ようとしなかったケルベロスが警戒を解き、今この瞬間このタイミングが絶対なる完全な好機と
──はい僕の勝ち
好機と思ったその瞬間に生まれる油断が狙いだったワンはケルベロスの体が動くと同時に針で縫うように頭を貫き、最後に貫いた一匹の頭蓋から自分の背丈と同じくらいある
ロクが飛んできた死体を華麗に避けるとその肉塊は未だに燃え続けている業火の海へと消えて行き焦げ臭いにおいを放ちながら炭となる。
「終わったかな」
「結局RTAしなかったね」
ケルベロスの
すると突如部屋の魔法陣が再び発動し青白い光の中から宝箱が召喚される。このダンジョンの宝箱は全部トラップだったのでこれもハズレの可能性が高いが、仮に外れだったとしても瞬殺できるうえに追加で
「…………首輪?」
「首輪だね」
中に入っていたのはトゲの付いた三つの赤い首輪。手に取っても特に何も起こらないことから恐らくこれがクリア報酬なのだろう。それにしても報酬が首輪なんて何か意図があるのだろうか? ロクとワンの頭ではボスがケルベロスだからとしか考えようがない。
「…………ワン──」
「絶対ヤダ」
「まだ何も言ってないんだけど」
「言わなくても分かるから絶対付けないから」
「私もつけるからー!」
「なんでそんな必死なの」
「目の前にワンがいてここに首輪がある……これはやるしかないでしょ」
力づくでつけようとしてみるがケルベロス戦とは比較にならないほど必死な抵抗でこちらの腕を握りつぶされ距離を置かれる。無意識にガルルルッと唸るような声で威嚇するあたり完璧な犬気質だなと思うロク。
「はぁはぁ……意味わかんない! そんなに付けたいならオネに着ければいいじゃん、見た目ほとんど同じなんだから」
「オネよりワンの方が名前が犬っぽいからワンちゃんの方がいい」
「ふざけないで、あとワンちゃんって言うな」
潰された腕を元に戻しワンとの睨み合いになる。ワンが全力で逃げようとしている以上普通に追いかけては絶対に追いつけない、だから捕まえるにはなるべく狭いところでワンの動きを先読みしなければならない。だからダンジョンの外には絶対に出してはいけない動きの制限がなくなればその時点でゲームオーバー、ゆえに出口は絶対死守『扉から遠ざけるように反対側の壁に追い込んで捕らえる』シンプルな作戦のくせにやたら難易度が高い、こうやって常に頭を使う作戦は昔から苦手なのに、正直言ってイオに助けて欲しい。そう思いながら睨み合うこと十秒ようやく結論が出る。
「…………はぁ、分かった私の負け」
足りない頭で数多の捕獲ルートをシミュレーションしてみたがどれも捕まえるどころか追い付くことすら出来ない。確実に捕まえられるルートが見つからない以上これ以上考えるのはエネルギーの無駄遣い、今回は諦めて次のチャンスを待つとしよう。ワンもこちらが完全に諦めたことにより半分警戒を解いてくれる。
「さっさと帰ろう」
「そうだね……あっ…………」
「ん? 姉さんどうしたの?」
ケルベロスの
「これ……どうやって出す?」
「あっ……」
この部屋には自身の身体を粒子化して隙間から入ってきた、そして粒子化できるのはあくまで自身の魂の光で形成しているものつまり服や肉体だけでそれ以外は対象外、だからここに入る時にアイテム袋は置いてきたジルから借りたアイテム袋は粒子化できないからだ。こんな初歩的なミスあの
「平和ボケしすぎたかな、こんなミスするなんて」
「全然頭回ってなかったね、これはリハビリ結構かかりそう」
「ワン何とかして開けれない?」
「無茶言わないでよ、今僕たちか弱い女の子なんだよ?」
扉が自力じゃ開けれないことは証明済み。かと言って爆弾の様な強引にぶち壊せるような物があるわけでもないし魔力すら通っていないこの身体では魔法で解決することもできない、ボスの
「ねぇワン、これってある意味緊急事態だよね···という事はつまり使ってもいいんじゃないかな?」
「その言い訳が通用したこと一度もないでしょ連帯責任で僕まで怒られるの嫌なんだけど、あとどうせ耐えれないでしょ」
「ですよねー、諦めますか」
「うん」
ケルベロスの
酒場へ戻ると受付横の換金所で獲得した
「姉さん僕ちょっと買いたいものがあるんだけど」
「今必要なもの?」
「明日使う」
「あんまり高いのはダメだからね」
ワンの買い物に付き合うべく武器屋に行った後再び酒場へと戻ってきたロクワンはみんなの待つ二階へと足を運ぶ。たことが無い。この場にイオが居たら「妹相手にムキになるなよ」と呆れられていただろう、ワンが相手とは言えこういう所は自分も成長してないなぁと内心反省するロク。
「そうやって余裕かましてペラペラ喋るのは敗北者の象徴だよ、これだから一級フラグ建築士は」
「ブーメラン刺さってるよ? 大丈夫? 痛くない?」
「……痛いから抜いて」
「物理的に刺さってないから無理」
反省はしたが相手がワンなので構わずこちらも挑発を試みる。挑発の内容を勝負からワンの悪い癖に変えてみたが余裕かましておしゃべりになるところはロク譲りなので見事に特大ブーメランで自傷ダメージを負う。さすがに勝てる見込みがないので茶番はこれくらいにして足元から小石を拾い上げる。
「合図はいつものでいい?」
「いいよー」
ワンの同意が確認できたところで小石を握った左手を下げそのまま持っていた小石を手放すように手を開き自然落下させる。小石が重力に引かれ地面へと向かう際脱力を完成させスタートの合図を待つ。
小石が地面に着く十万分の一秒前にスタートしクエスト目的地へと走り出すロクと小石がしっかり地面に触れてから後を追いかけるようにスタートするワン。
約三万分の一秒後古い遺跡らしき建造物の前にロクとワンが同時に到着する。
「チッ、引き分けか」
「いやいやいやいやいやいや、がっつりフライングして同着ってどうなの」
「ワンちゃん勝てなかったからって嘘はダメだよ」
「……そこまでして負けたくないですか…………あとワンちゃんって言うな」
ワンが哀れみを通り越してどうしようもになこいつと言う顔で見てくる。「姉をそんな目で見るんじゃない」と言いたかったがあからさまなフライングをしてまで勝ち越せなかったためあまり強気に出ることが出来ない。どうせこのまま言い合になっても圧倒的に不利どころか負け確なのは目に見えているで地図を開きちゃっちゃとクエストに話題を変える。
「ここで合ってるよね」
「現在地と目的地が重なってるし他にそれっぽいの無いから合ってるんじゃない?」
ここは森林の奥、辺りは草木が無尽蔵に生い茂り近くで地図に移っている建造物はここだけ、作りはダンジョンの定番ともいえる組積造で地下タイプなのか入り口から上には何もなく階段も下へと続いている。
ダンジョンの全貌が剥き出しになっていないので大きさは不明だが一応初心者向けのクエストなので大規模ギルドが攻略するようなバカみたいに広いダンジョンなんてことは無いだろう。
「えーっとクリア条件はぁ…………」
クエストの受付で貰った申込用紙の控えをジルから借りたアイテム袋から取り出し確認する。クリア条件の欄にはダンジョン内の魔獣の討伐とだけ書かれており、討伐だけならすぐ終わるねと余裕綽々のロクワン。
「向こうは大丈夫だと思うけど、念のためさっさと終わらせて帰ろうか」
「そうだねRTAで行こう」
戦闘時邪魔になる荷物はその辺の木陰に置いてダンジョンの中に入る。なるべく多く稼ぎたいのでボス部屋一直線は使わずに道中の魔獣もたくさん倒す方向で行く。
ジル曰くダンジョンで稼ぐ方法は主に三つあり一つ目は宝箱で超レアアイテムなどの当たりを引く方法。二つ目が魔獣の心臓である
ダンジョンに入ってすぐの階段を下ると車道二車線ほどの一本道が続いている。トラップが仕込まれていそうな雰囲気の壁は古くところどころ崩れていて、先は突き当たりが見えないほど遠く闇に飲まれている。
そして魔獣一匹いないこの通路の中央にポツンと大きな宝箱が一つ不自然に置かれている。誰がどう見てもトラップにしか見えないその宝箱を見つけるや否や何の躊躇も無くバカッと乱暴に開けるワン。
「なんか入ってる?」
箱をいきなり開けたことには突っ込まずロクも落ち着いた様子で宝箱に近寄る。
「めっちゃ入ってる、多分あたりだコレ」
トラップだと思っていた宝箱の中には金貨宝石がぎっしり詰まっておりその一つ一つが暗いダンジョン内を明るく照らすほど眩い光を放っている。
「ゲームとかでよくこういう演出見るけど、これってどういう原理で光ってるんだろうね」
「さぁ発光物質でも含まれてるんじゃない? 知らないけど」
目がくらむような眩しさに一切動じることなくワンのよくよく考えてみればな質問に適当に答えながらこれまたジルに借りたアイテム袋を取り出し宝箱内の財宝を一気に鷲掴みにする。
────バグンッ!!!!!
瞬間大型犬が噛みついたような鳴き声と鉄同士が打ち合った時のような金属音が同時に通路内に響く。
開けたときに襲ってこなかったから完全に油断していた、まさか腕だけでなく上半身ごと食い千切ってこようとしてくるとは……。 とは言え攻撃速度は遅かったので異変に気づいてから身を引くのは造作もない、上半身も突っ込んでいた腕も無事。
突如襲ってきたソレの正体はもちろん宝箱、顔のパーツは一切なく左右の側面から細長い二本の手足が伸びており先端の爪は鋭く尖っている、開けた時は一本も生えてなかった鋭い牙を蓋の縁にズラリと並べ箱の中にあったはずの財宝は消え代わりに緑色の粘液に塗れた赤紫色の舌がでろんと垂らしている。粘液がボタボタと地面に落ちる度にジューッと焼けるような音が鳴り落ちたところには綺麗な穴と煙が立ち込める。
そしてこちらに狙いを定めると口を限界まで大きく開け音速に近いそのスピードでこちらに食らいついてくる。
「なかなか早かったね、音速くらいはあったんじゃない?」
「開けた瞬間じゃなくてあたりと思わせておいて──、ってところがムカつく」
「僕も完全にセーフだと思ってた」
「イアなら開ける前に気づいたんだろうなぁ」
余裕綽々で呑気に会話しながら全ての攻撃をかわしていく。
宝箱も踏み込む際に足が地面にめり込むという細身の足からは考えられないほどの脚力で飛びついた先の壁を反射しながらピンボールのようにどんどん加速するが二人の速さには到底追いつけず噛み千切るどころかかすりもしない。
「飽きた」
そう小さく呟くと同時に今の今まで壁に反射して飛び回っていた宝箱が突如正面から壁に激突しそのまま中に埋もれる。
しばらくピクピクと手足を痙攣させていたがやがて脱力したように動かなくなる。
仕留めたロクの左手にはソフトボール程の大きさの球体が握られておりそれは水晶のような透明感を持ちながらも禍々しい邪気を放っていた。
抜き取った瞬間動かなくなったのでこれが
こんな不気味でモンスターの血にまみれた物を買い取って何に使うのか気になりつつ
「さっさと終わらせるって言っておいて遊ぶのはどうかと思う」
ワンが壁にめり込んだ宝箱を見ながら少し不満そうに愚痴る。彼女の事だから雑魚一匹に時間かかり過ぎとでも言いたいのだろう。しかしそれに関してはこちらも言いたいことはある。
「それならワンが仕留めればよかったでしょ」
「だって邪魔したら怒るじゃん」
「いや怒らないから」
不満たらたらなワンをめんどくさいと思いながら半ばいなすように答え奥へと進む。しばらく進むと前方に壁が現れる。行き止まりかと思いつつ歩みを進めると丁字路の分かれ道に突き当たる。
「姉さんどっち行きたい?」
「どっちでも」
「僕もどっちでもいい」
「「…………」」
「「……………………」」
「「…………………………………………」」
「ねえ早く決めて」
「こっちのセリフ・オブ・ザ・デイズなんだけど」
「じゃあもう右にいる僕が右ね」
「おけ」
しばらくの間無駄な沈黙を続け結局左側に立っているロクが左を右側に立っているワンが右に進むことになった。
お互い背を向けスタートダッシュの体制に入る。二人の着ている服が眩い光を放つと同時に細かい粒子となって形を崩しながら着ている本人の体に吸収されていく。
光をすべて吸収し終え裸体になったところで二人同時にレーザービームの如く一直線に飛んでいき、曲がり角にぶつかると鏡に反射したように直角に折り曲がりボス部屋目指してダンジョン内を隈無く飛び回る。
途中で出くわした魔獣はすれ違いざまに一匹残らず
──やっぱりこのアイテム袋、普通じゃない
ボス部屋らしき扉の前にワンよりも早く到着したロクはジルが貸してくれたアイテム袋の性能ではなく強度に驚く……と、ロクの到着から約一秒後オネも終着点となるボズ部屋の前までたどり着く。
「遅かったね」
「こっち行き止まりだった」
「ありゃ……」
マジなんなんのとぶつぶつ連呼して呟くワンに同情しながら回収した
行き止まりだった挙句これといった収穫も無かったこと、完全に無駄足を踏んだことにかなりイライラが溜まっているご様子。
ロクは八つ当たりモードのオネを相手するここのボスがなんだか可哀想に思えてきた。
「それにしてもワンちゃんのお友達しかいないねこのダンジョン」
ロクのルートで見つけた魔獣はすべて倒したがトラップの宝箱以外はイヌやオオカミの魔獣しかおらず全員ロクの動きについて来れなかったため瞬殺、正直言ってつまらなかった。
これなら上級者のダンジョンでもよかったなとロクは最初のダンジョンだから初心者向けにしようと考えた自分に後悔する。
「今の僕の心境分かっててそれが言える姉さんの度胸が凄いよ」
もはやいつものように言い返してくる気力もないのか流石にワンちゃん弄りにも飽きてきたのか依然として言葉に力が無い。
「私だって言っていいときと悪いときの区別くらいついてますぅ」
「今は言って?」
「いいとき」
「………………はぁ、なんでうちの家族は問題児しかいなんだろう」
「みんなワンにだけは言われたくないと思う」
まるで自分が一番まともかのような言い分に秒でツッコミを入れる。ワンもノリでえっ? という顔をするがそれ以上は話が進まず少しの沈黙を置いてから二人はボス部屋の扉に体を向ける。
巨人専用かと思うほど大きな鉄の扉はまるで地獄絵図を思わせる装飾が施されており固く閉ざされ押しても引いてもビクともしない。
近くに開閉ボタンや隠し扉がある訳でもないので自力で開けない限り中には入れなさそうだ。
「これ普通の人どうやって入ってるんだろう?」
「あれでしょ、この扉を開けれないようなやつにボスに挑む資格はない……的な」
「厳しい世界だねーまぁ僕たちには関係ないけど」
そういうとアイテム袋をその場に置き今度は自身の体そのものを粒子レベルに分解するとミリ単位の扉の隙間や割れ目から中へと侵入する。
こういった密室への侵入や脱出の時に自分たちの体質の優秀さを再認識する。
部屋の中は円形の空間になっていて中央に巨大な魔法陣、壁には松明がずらりと並んでいるシンプルな作りだ。
中に入ってしばらくすると人感センサーが反応したかのように辺りに備え付けられた松明が燃えだし、全ての松明がつくと中央の巨大な魔法陣が作動する。
薄紫の光の中からそいつは表れた、漆黒の体毛に覆われた大型トラックと同じくらい大きな胴体に生えた三つのイヌの首、唸り声をあげるその口は鋭利な刃物よりも鋭くとがった牙がずらりと並び太く強靭な爪が食い込んだ地面をえぐる。
ここでようやくダンジョンのボスの正体が発覚しロクワン共に「なーんだ」と落胆する。
一応既に攻略されているクエストにはダンジョンボスの名前も記載されているのだが二人ともまだコテモルン語の五十音すら理解しきれていないのでそこに書かれている文字を【ケルベロス】と読むことが出来なかった、しかし逆にそれを楽しみとして利用し実質ボスの正体が伏せられた状態で挑むスリルを味わっていたのだがいざ正体が分かると膨らんだ期待は簡単に破裂しモチベーションも落ちてしまう。
「なるほどケルベロス、それなら弱すぎる道中も納得」
「ケルベロスってこんな見た目だったけ? もっと竜の尻尾とか蛇のたてがみがあった気が…………」
「異世界なんだし私たちの知ってる個体と姿が違ってても別に不思議じゃないでしょ」
「……それもそうだね」
異世界だろうがなんだろうがケルベロスごときに負ける要素が微塵もない二人は青銅の雄叫びを上げなんらかの溜めモーションに入った猛犬を前にしても全く余裕を崩さずいつもの緊張感のない会話を続ける。
「ボスはワンがやっていいよ、消化不良でしょ」
「あぁなんかもういいや飽きた」
「飽きた?」
「飽きた」
『ボゥワアアアアアッ!!!!!』
攻撃を溜めていたケルベロスがこちらの会話を断ち切るように二人の間に咆哮と共に業火のブレスを放つ。真っ赤に燃えるその炎は部屋の半分を焼き尽くすほど広く広がり、石で作られているはずの地面や壁の形を徐々に歪ませていく。
しかしロクワンの二人にとって燃え広がる業火も温度は感じるが体質状ダメージにはならない。強いて言うなら夏以上の蒸し暑さにイライラが止まらなくなるくらいか……。
「ありゃ?」
「なに? どうかしたの?」
「
体が反射的動いたのかそれともいい加減鬱陶しかったのか、ケルベロスの咆哮と同時に道中の魔獣にしたように体から
目の前のケルベロスの身体には本来
とはいえ胴体になければ残る可能性はもう一つしかない、普通なら
ワンは目を閉じた。なるべくゆっくり……ケルベロスに相手が油断していると思わせるため、決定的な攻撃のチャンスを与えるため。
そしてそれにより先ほどのワンの攻撃でこちらを警戒して近づいて来ようとしなかったケルベロスが警戒を解き、今この瞬間このタイミングが絶対なる完全な好機と
──はい僕の勝ち
好機と思ったその瞬間に生まれる油断が狙いだったワンはケルベロスの体が動くと同時に針で縫うように頭を貫き、最後に貫いた一匹の頭蓋から自分の背丈と同じくらいある
ロクが飛んできた死体を華麗に避けるとその肉塊は未だに燃え続けている業火の海へと消えて行き焦げ臭いにおいを放ちながら炭となる。
「終わったかな」
「結局RTAしなかったね」
ケルベロスの
すると突如部屋の魔法陣が再び発動し青白い光の中から宝箱が召喚される。このダンジョンの宝箱は全部トラップだったのでこれもハズレの可能性が高いが、仮に外れだったとしても瞬殺できるうえに追加で
「…………首輪?」
「首輪だね」
中に入っていたのはトゲの付いた三つの赤い首輪。手に取っても特に何も起こらないことから恐らくこれがクリア報酬なのだろう。それにしても報酬が首輪なんて何か意図があるのだろうか? ロクとワンの頭ではボスがケルベロスだからとしか考えようがない。
「…………ワン──」
「絶対ヤダ」
「まだ何も言ってないんだけど」
「言わなくても分かるから絶対付けないから」
「私もつけるからー!」
「なんでそんな必死なの」
「目の前にワンがいてここに首輪がある……これはやるしかないでしょ」
力づくでつけようとしてみるがケルベロス戦とは比較にならないほど必死な抵抗でこちらの腕を握りつぶされ距離を置かれる。無意識にガルルルッと唸るような声で威嚇するあたり完璧な犬気質だなと思うロク。
「はぁはぁ……意味わかんない! そんなに付けたいならオネに着ければいいじゃん、見た目ほとんど同じなんだから」
「オネよりワンの方が名前が犬っぽいからワンちゃんの方がいい」
「ふざけないで、あとワンちゃんって言うな」
潰された腕を元に戻しワンとの睨み合いになる。ワンが全力で逃げようとしている以上普通に追いかけては絶対に追いつけない、だから捕まえるにはなるべく狭いところでワンの動きを先読みしなければならない。だからダンジョンの外には絶対に出してはいけない動きの制限がなくなればその時点でゲームオーバー、ゆえに出口は絶対死守『扉から遠ざけるように反対側の壁に追い込んで捕らえる』シンプルな作戦のくせにやたら難易度が高い、こうやって常に頭を使う作戦は昔から苦手なのに、正直言ってイオに助けて欲しい。そう思いながら睨み合うこと十秒ようやく結論が出る。
「…………はぁ、分かった私の負け」
足りない頭で数多の捕獲ルートをシミュレーションしてみたがどれも捕まえるどころか追い付くことすら出来ない。確実に捕まえられるルートが見つからない以上これ以上考えるのはエネルギーの無駄遣い、今回は諦めて次のチャンスを待つとしよう。ワンもこちらが完全に諦めたことにより半分警戒を解いてくれる。
「さっさと帰ろう」
「そうだね……あっ…………」
「ん? 姉さんどうしたの?」
ケルベロスの
「これ……どうやって出す?」
「あっ……」
この部屋には自身の身体を粒子化して隙間から入ってきた、そして粒子化できるのはあくまで自身の魂の光で形成しているものつまり服や肉体だけでそれ以外は対象外、だからここに入る時にアイテム袋は置いてきたジルから借りたアイテム袋は粒子化できないからだ。こんな初歩的なミスあの
「平和ボケしすぎたかな、こんなミスするなんて」
「全然頭回ってなかったね、これはリハビリ結構かかりそう」
「ワン何とかして開けれない?」
「無茶言わないでよ、今僕たちか弱い女の子なんだよ?」
扉が自力じゃ開けれないことは証明済み。かと言って爆弾の様な強引にぶち壊せるような物があるわけでもないし魔力すら通っていないこの身体では魔法で解決することもできない、ボスの
「ねぇワン、これってある意味緊急事態だよね···という事はつまり使ってもいいんじゃないかな?」
「その言い訳が通用したこと一度もないでしょ連帯責任で僕まで怒られるの嫌なんだけど、あとどうせ耐えれないでしょ」
「ですよねー、諦めますか」
「うん」
ケルベロスの核と報酬の首輪を諦め部屋を出る。そして損失分を少しでも補うためにワンが仕留めなかった道中の魔獣から
酒場へ戻ると受付横の換金所で獲得した
「姉さん僕ちょっと買いたいものがあるんだけど」
「今必要なもの?」
「明日使う」
「あんまり高いのはダメだからね」
ワンの買い物に付き合うべく武器屋に行った後再び酒場へと戻ってきたロクワンはみんなの待つ二階へと足を運ぶ。
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