61.サイ、出陣

「勢いこんで出てきたはいいものの情報不足よね……。ブリュレならなにか知ってるかな?」


 私が知っているのは掲示板でフィートがやり玉にあげられていることのみ。

 それもお昼にグロウから連絡を受けて初めて知ったんだ。

 フィートはその辺疎そうだし、詳しい人に聞いてみないと。


「こんにちは。ブリュレ、いる?」

「ああ、来たわね、サイ。彼氏さんのことでしょう?」

「ええ、そう。ブリュレはどこまでつかんでいるの?」

「そうねえ。昨日の深夜に掲示板でフィート君を襲うように煽った人物がいるっていうことと、その人物はフィート君の行動範囲をほとんど熟知していたという事かしら」

「ほとんど?」

「ファストグロウ西に行ったときには見失ってたみたいよ。おそらくそこに、NPCのインスタンスエリアがあるって断定してたけど」


 断定ねぇ。

 まあ、その可能性しかないんだろうけど……。


「私から提供できる情報はこんなところよ」

「ありがとう、ブリュレ。ちなみに、その煽ってた人物ってまだ掲示板にいるの?」

「どうかしら? 深夜にいいだけ煽ったあと姿を消したみたいだから……ただ、暴れている連中の中に紛れ込んで誘導している可能性はあるわね」


 ふむ、元凶の所在は不明……っと。

 なんだかめんどくさいなぁ。


「そういえば、サイちゃんはどこまで情報をつかんでたの?」

「グロウから掲示板でフィートが狙われているって教えられたことと、さっき生産職連合協同組合でフィートたちと話をしたとき、騒ぎの元凶がいるんじゃないかってことになったところよ」

「……あまり有力な情報はないっていうことね」

「そうね。だから、有力な情報は本人たちから聞いてくるわ」

「本人たち?」

「この騒ぎね。私の存在がばれていないみたいなの」


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


「さって、ファストグロウに着いたけど……あんまり雰囲気がよくないわね」


 この間の空色マーチ騒動ほど悪くはないが、それでもあまりいいとは言えない。

 さて、手近なところに獲物はいないかな……?


「おい、そこの小娘。フィートってプレイヤーを知らないか?」


 っと、獲物を探していたらあっちの方から来てくれたわ。

 ……本当に私の存在は知られていないのね。


「その人がなにかしたの?」

「回復アイテムの独占だ。有効な回復アイテムは俺たち最前線組が有効活用するべきだろう?」


 うっわー、自分で最前線って言っちゃったよ。

 そもそも、いまの最前線ってどのルートも手詰まりを起こしてて、『最前線』なんて呼べなくなってるはずなんだけど。


「それで、フィートってヤツを知ってるのか?」

「……ええ、知ってるわ。私の相棒だもの」


 恋人というのは止めておきましょう。

 こいつらに自慢したって面白くないし。

 あ、ついでだから配信スタート。


「……そうか、ならどこに隠れているかも知ってるよな? そいつのところに案内してもらおうか?」

「案内ってフィートのところに? なんの冗談を言っているのかしら? 私よりも弱い三流未満のくせに」

「あんだと?」


 煽り体制もない、本当に三流未満ね。


「まあ、いいわ。私と一対一でPvPをして勝ったら情報を教えてあげる。その代わり、私が勝ったらあなたの知っていることを洗いざらい吐いてもらうわよ」

「はっ、新人プレイヤーのくせに生意気だな。いいぜ、累積300の実力ってもんを見せてやるよ!」


 ……累積300程度で最前線を名乗るって恥ずかしくないのかしら。

 あ、コメントの方でも、大爆笑が起こってる。

 あいつが最前線って名乗ってたのは配信していないはずなのにね?


「……さて、PvP申請を送ったわ。承認してちょうだい」

「ああ、承認したぜ。くっくっく、最前線の実力ってものを思い知らせてやる」


 あ、コメントがさらに大爆笑してる。

 いいなー、私もあっち側に混ざりたい。


 PvP前のカウントダウンも終わり、戦闘開始となる。

 でも、どちらも動こうとしない。

 これは相手の出方を待つというよりも……。


「あら? 私が恐いのかしら?」

「はっ、なに言ってやがる。初心者に先手は譲ってやるってだけだよ」

「別にそんな気遣いは無用よ。新しい防具の性能も試したいしね」

「……ふん、それならこっちからいかせてもらうぞ!」


 軽く挑発してあげればまんまと乗ってくる自称最前線君。

 武器はオーソドックスな片手剣のようね。

 さーて、私相手にどこまでダメージを与えられるのかしら?


「ッ!? なんだよ、この女の防御力は!? アーツを使ってもまともにダメージが通りやしねえ!?」

「あー、やっぱりそうなったかー」


 ブリュレから受け取った新しいバトルドレスの物理防御力は100を超えていた。

 これって、最前線の全身鎧並みかそれ以上なのよねぇ……。

 これなら種族特性なしでもダメージを受けずに戦えそう。


「このッ、物理がダメなら魔法はどうだ!?」

「あーそれは面倒そうだから潰させてもらうねー」


 魔法防御も80を超えているし、ダメージなんて受けないだろう。

 でも、これ以上お遊びに付き合う理由もないので一気に決めようかな。


「そーれ!」

「なっ!?」


 ブーストスピアによるブーステッドチャージで、自称最前線君に突撃を仕掛けてダメージを与える。

 そのあと、トリプルピアサーで追撃を加えてダメージを重ね、武器をチェンジ。

 さあさあ、ここからが本番だよ!


「な、その武器は……」

「見てのとおりの大槌だよ! さあ、潰れておしまいなさいな!」


 大槌を利用したアーツを使って大ダメージを与える。

 これって実際のダメージよりも、大槌でぶん殴られるっていう精神的ダメージの方が大きいらしいね!

 そのあとも、大槌を右へ左へそして振り下ろしてと縦横無尽に振り回して攻撃!

 本当はもう少し遊びたかったのに、もうHPを全損させてしまった。

 ……相手にポーション使ってあげればよかったかな?


「……さて、私の勝ちだね。あなたには洗いざらい聞き出すとして……」


 私は周囲で観戦していたプレイヤーたちを見渡す。


「ねえ、あなたたちにも聞きたいことがあるんだけど、聞いていい? 条件は一緒でいいよね?」


 私の確認に周囲のざわめきが増す。


「……おい、あれってサイじゃねぇか?」

「サイっていやベータ上位陣のひとりだろ? なんでこんなところで油売ってるんだよ!?」

「俺に聞くな! でも、あのブーストスピアから大槌への連撃パターンはサイの得意技だし……」

「たとえ本人じゃなくても逆らわない方が身のためだぞこれ……」


 んー、私がサイだってことはばれちゃったかな?

 もう少し楽しめるかと思ったのに、残念。

 フィートの前で本気のPvPをやって引かれたらいやだからなー。


「ざわめきが聞こえたから答えるけど、私がサイだよ。それで、私とPvPしてくれる人はいる?」

「いえ! PvPをしなくても結構ですので、なんなりとお聞きください!」

「そう、それじゃあね……」


 私は今回の騒ぎについていろいろと話を聞き出すことに成功した。

 うんうん、やっぱり当事者から得られる情報は鮮度が違うわ。


「……それじゃあ、あなたたちも情報を流していた人物は知らないと?」

「はい。匿名の書き込みだったので誰が書いたのかは……」

「ばっかじゃないの、そんなのに踊らされるなんて」

「いや、その……はい」

「まあ、いいわ。これ以上こんなことをしないなら見逃してあげる。代わりにいくつかお願いごとを聞いてくれない?」

「お願いですか?」

「難しいことじゃないわ。ひとつはいまも街中で騒いでいる連中に、これ以上騒ぐんだったら私が出て行って成敗するってこと」

「……それは簡単な話ですね。ほかにはなんでしょう?」

「午前中にフィートをPKしようとした連中がいるらしいのよ、そいつらをあぶり出して」

「え、それは……」

「よろしくね?」

「あ……はい、承知いたしました」


 これで騒ぎもある程度沈静化するでしょう。

 沈静化しないんだったら、また私の出番だけどね!


「……結構時間を使っちゃったな。フィートのところに一度戻ろう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る