56.オババによる調合講座

「みすふぃ、落ち着け。……それで、リジェネポーションシリーズの上位版は存在しているのか? いや、『低級』と付いている以上、上位のポーションもあるんだろうが」

「サイ、どうするよ?」

「うーん、失言だったかな。フィート、とりあえず例のポーションを見せてあげて」


 例のポーション、高品質リジェネポーションだな。

 さて、どんな反応になるか……。


「……ッ!? これは!?」

「二秒ごとに五十回復ってあり得ません! こんなのタンクが使ったら浮沈の壁になりますよ!?」

「まあ、そういう反応になるよねー」

「……わかってて見せたのかよ、サイ」

「だって、面白そうだったんだもん」


 面白そうって……。

 このあとどうするんだ?


「……属性にトレード禁止が付いているから安全だろうが……どこでこれを? ……いや、聞かない方が安全か」

「ですね。下手に知ってしまったらまた騒動が起きますよ」

「そうなのよねー。だから、このポーションの存在は内密にね」

「わかっている。……だが、その様子だとほかにも僕たちの知らない情報がありそうなんだが」

「知らない情報ねぇ。……フィート、『抽出』の情報を教えてあげましょ」

「そうだな。教えるとするか」

「抽出? ですか?」


 俺はふたりに『抽出』について説明する。

 おそらく【初級調薬術】があれば調合ギルドで覚えられるようになっているだろうと。


「……それはまた素晴らしい情報だな」

「そうですね。それで、そのアーツを使ったらなにができるんですか?」

「うーん、それがね。ポーションをひとまとめにして『ポーションベース』ってアイテムが作れるんだけど……その使い道がわかってないのよ」

「ポーションベース?」

「ああ、実物はこれだ」


 俺は実物をテーブルの上に出す。

 見た目は無色透明な液体なんだよなぁ。


「これが『ポーションベース』ですか……触ってみても?」

「ああ、かまわないぞ。ただ、飲むのだけはお勧めしない。『抽出』を教えてくれた住人が、そのまま飲むと毒だって言ってたからな」

「……ポーションの薬効成分を凝縮して抽出したなら毒にもなるだろうな。みすふぃ、どう思う?」

「うーん、まったくわかりません。ただの液体にしか見えませんね」

「そうか……。みすふぃはこう見えて生産職連合協同組合で最上位の調薬士なんだ。それでわからないとなると……お手上げだな」

「でしょうね。ちなみに、アーツを取得するまでに手作業で『抽出』を十回成功させなくちゃいけないらしいわよ」

「それはまた大変ですね……。でも、昇華後スキルのアーツってそういうものですから」

「そうなの?」

「はい。そうです」


 なるほどな、まったく知らなかった。

 初心者の俺はもちろん、サイも生産については素人だからな。

 こういう知識はありがたい。


「……さて、いろいろ聞いてしまったわけだが……これではこちらが一方的に得をした結果になっているな。なにか聞きたいことはあるか? 答えられる質問なら答えよう」


 質問か……。

 俺としては特にないんだよなぁ。


「質問ねぇ。そういえば、【初級調薬術】になったときに覚えたレシピってどうなってるの?」

「レシピですか? ミドルポーションとミドルMPポーションだけですね」


 ……おや?

 ここでも俺と違うぞ?


「耐毒薬に耐麻痺薬は?」

「なんですか、それ?」

「……ここでも情報の食い違いがあるようだな」

「そのようね。……うーん、いっそのこと私たちの師匠に会ってもらうのが早いんだけど。会ってくれるかしら?」

「だよなぁ。あの人、基本的に冒険者と接点を持ちたがってないみたいだし」

「……ダメ元で頼んでみるとしましょうか。フィート、コールカフ」

「はいよ」


 そういう話になったのでコールカフを使ってオババと連絡を取ってみる。

 生産職連合協同組合のふたりはコールカフにも驚いていたが……そっちはサイが説明してくれていた。

 そして、出た結論は。


「師匠のことを他人に話さないのであれば会ってくれるってさ」

「本当ですか!?」

「師匠も調合ギルドの秘密主義には辟易してるんだって。だからこの際、初級でできる知識はある程度出してしまうことにするって」

「それはありがたい! それで、いつ会ってくれるんだ?」

「今日、このあと。というわけで、急いで移動だ」

「おっけー。オードブルも食べ終わったし、行きましょ」


 ひとりマイペースに食事を楽しんでいたサイ。

 椅子から立ち上がり、スタスタと部屋から出て行った。

 それに続くように俺たちも部屋をあとにする。


 お店を出たあとは、何回か遠回りをしながらオババのところに向かった。

 オババの店は特殊な結界に包まれているからまねかれていないプレイヤーは入れないが念のためと言うやつだ。

 そして、十五分ほど歩いたところでオババの店に到着する。


「……こんなところに店があったなんて」

「聞いたことありませんよ?」

「特定の条件を満たしていないと入れない場所らしいんだよ。オジジのところと一緒だな」

「そういうわけだから入りましょ。あまり待たせたくないし」


 店のドアを開けて店内に入ると、そこにいたのはクシュリナさんだった。


「いらっしゃいませ。フィートさん、サイさん。母から話は聞いてますよ」

「ありがとうクシュリナさん。それで、オババは?」

「店の奥にいます。お連れの方も通していいと」

「わかりました。それでは行きましょうか」

「あ、ああ」

「……こんなに薬が一杯」

「みすふぃ、見学はあとだ」

「あ、はい。行きましょう」


 奥の部屋……調合室に行くと、そこでオババが待っていた。

 オババは俺とサイに手招きしてオババの側に座るように指示し、残りのふたりは対面側に座らせた。


「さて、私がこのふたりの師匠、西のオババさね。あんたたちふたりは?」

「お初にお目にかかります。神代の冒険者で作ったギルド、生産職連合協同組合のガオンと言います」

「初めまして。同じくみすふぃです。私は初級調薬士になります」

「なるほどね。じゃあ、あんたの方にいろいろ教えればいいのさね?」

「基本はそれでかまいません。それで、この会話は神代の冒険者に教えても大丈夫でしょうか?」

「かまわないよ。そのつもりであんたたちを呼んだのさね。そうじゃなきゃ、フィートやサイ経由で話を伝えるよ」

「ありがございます、オババさん」

「かまわないさ。調合ギルドが出し惜しみをしなければ、こんなこともしなくてよかったのだけどねぇ……」


 やっぱり、オババは調合ギルドに不満があるようだ。

 これは近いうちに文句のひとつも言うだろうな。


「さて、【初級調薬術】だけどどこまで知ってるさね?」

「ええと……」


 目の前ではオババによる調薬講座が始まった。

 やはり耐毒薬や耐麻痺薬も調合ギルドでは講義を受けないといけないらしい。

 それから、低級リジェネポーションと低級メディテポーション。

 これは秘伝書というアイテムが必要らしく、入手方法を説明してもらっていた。


「……教えられるのは大体こんなところさね。『抽出』も講義を受ければ練習できるようになるはずさね」

「ありがとうございます! これでいろいろと覚えられます!」

「いいんだよ。どこかのオジジみたいに下手を打って大人数に押しかけられるよりはるかにましさね」


 これにはふたりも乾いた笑いを浮かべるしかないようだ。

 ひょっとして、騒ぎの渦中にいたのかもしれない。


「……さて、せっかくだからうちのポーションでも見ていくかい? 効果の低いポーションならいくつか買っていってもいいよ」

「本当ですか!?」

「ああ。記念品、とは言わないが万が一の備えに持っておきな。あんたらは死なないとはいえ、備えは大事さね」

「ありがとうございます!」


 その後、ふたりは店舗の方でいろいろと物色して回っていた。

 さすがに高品質リジェネシリーズは買う許可が下りなかったようだが、その値段を見て俺のポーションが安かった理由を察してくれたらしい。

 結局ふたりはハイポーションシリーズをいくつかと高品質ポーションシリーズをいくつか買ったようだ。


「いや、今日はありがとう。おかげで調合についての理解が深まったよ!」

「調合はいろいろと行き詰まってたんです! これだけの情報があれば先に進むことができます!」

「そう、それはよかったわね。くれぐれもここのことは内密にね」

「はい、大丈夫です! ここのことは内緒にして情報を拡散します!」

「あれ程度の情報操作は必要だが、なんとかなるだろう。君たちにも迷惑はかけないようにするよ」

「ああ、そうしてもらえると助かるよ」

「うん、それではこれで失礼する。もし生産関係で困ったことがあったらいつでも相談してほしい。上位の生産者も所属しているから、強力な装備も素材持ち込みでなら歓迎だ!」

「ありがとうございました! まずは『抽出』や耐毒薬などのレシピを覚えて、リジェネシリーズの解放を行いたいと思います!」

「がんばってねー」


 腕がちぎれるんじゃないかと思わんばかりに手を振って去って行くふたり。

 さて、思わぬところで時間を食ってしまったがどうしよう?


「サイ、このあとどうする?」

「サーディスクまで転移してカーズファントム狩りよ! 大丈夫、一時間もあれば六匹は狩れるから!」


 ボス狩りは決定のようだ。

 おとなしくサイに付いていくとしますか。


 ただ、このとき物陰から俺たちのことをじっと見つめていた人物がいたことには気がつかなかった。

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