37.北の姫様

「……さて、尻込みしていても始まらないな。呼んでみるとするか」

「そうだね。……ここの門、めちゃくちゃ装飾も豪華だよ」

「確かにな。姫様って呼ばれるくらいだから、どこかの貴族なのかもしれないな」

「貴族様ねぇ。フォートレイまで行けば貴族と関わりのあるシナリオもあるんだけど、ファストグロウでそんなイベント聞いたことないなぁ」

「シナリオ?」

「ああ、いくつかのクエストが連続で発生するのをシナリオって呼んでるの。ほかにはチェーンクエストなんて呼び方もあるね」

「ふーん。……まあ、とりあえず、目の前の問題に取りかかろうか」

「そうね、そろそろ取りかかりましょう」


 目の前の豪勢な門には、しっかりドアノッカーも付いている。

 意を決してそれをならすこと数回。

 誰かが応答するのを待っていると、音を立てて門が開き始めた。


「うわ、びっくりしたぁ!」

「あら、すみません。驚かすつもりはなかったんですけど」


 門の奥から現れたのはフェアリー族の女性。

 フェアリー族は見た目で年齢がわからないので、少女なのか老婆なのかわからないのだ。


「ええと、あなたが北の姫様?」

「ええ、そう呼ばれることもありますね。と言うか、この街に移り住んでからはその呼び名の方が定着していますでしょうか」

「よかった。あなたにお届け物があるのですが」

「ええ、わかっていますよ。オババとオジジからの届け物でしょう?」

「はい。ふたりから連絡を受けてましたか?」

「いいえ? 私はコールカフが嫌いなもので、つけていないんですよ。あなた方の様子を見て、なんとなくですかね」


 ……どうやら、この女性、見た目どおりじゃないらしい。

 気をつけるに越したことはないけど……警戒しても無駄なんだろうな。


「あらあら。そんなに緊張しないでくださいな。私はあなたたちとけんかするつもりはありませんわ」


 やっぱり、警戒したことに気付かれたか。

 サイと目を合わせ、警戒態勢を解く。


「うふふ。それにしても、数年ぶりのお客様が異界の旅人とは。どんなお話が聞けるのでしょう」

「ええと……私たち、結構急いでいるんですが……」

「ええ、ええ、知っていますとも。ですが、お茶の一杯くらい付き合ってくださいな」


 どうしよう、完全にあちらのペースだ。

 サイも完全に諦めムードでうなだれている。


「ええと、一杯だけですよ?」

「はい、今日のところは一杯だけで十分です。でも、また遊びに来てくださいね? この街の皆さんは私に会うことを恐れ多いと言って全然会いに来てくださらないんですもの」

「それは……寂しいですよね」

「ええ、まあ。ただ、百年単位でひとり旅というのも慣れていますから、数十年くらい話さないと言うのもあるんですけどね?」


 百年単位の旅って……。

 一体、この人は何者だ?


「ひとまず、私のアトリエにお上がりなさいな。いつまでも立ち話というのもあれでしょう?」

「……ええ、そうね。フィート、お邪魔しましょう」

「ああ、そうだな」


 北の姫様に招き入れられるかたちで塔の中へ足を踏み入れる。

 俺たちが中に入ると、門はまた自動的に閉じられた。

 塔の中だが一階は応接間のようになっていて、シンプルだが上品なソファーが置いてあった。


「それではあそこに座ってくださいな。お茶はすぐに用意しますから」

「それではそうさせていただきます」


 俺とサイが座ったソファーはゲームのものとは思えないくらいふかふかで、気をつけないと体が沈み込みそうだった。


「あらあら。そういえば、そのソファー、フェアリー族向けのものだったわ。それ以外の人たちには座りにくいでしょう?」

「大丈夫ですよ。なんとかなります」

「そうね。気をつければふかふかな座り心地のいいソファーだわ」

「それはよかったわ。それじゃあ、これがお茶ね。花の蜜を混ぜているから甘くて飲みやすいはずよ。あと、こっちはメープルクッキーよ」


 姫様はどこかからお茶やクッキーを取り出して俺たちに勧めてくれる。

 ……はて、住人ってインベントリを使えたのだろうか?


「……あら、どうしたの? 珍しいものを見るような顔をして。異界の旅人さんにはインベントリは常識でしょう?」

「いえ、そうなんですけど。住人さんってインベントリ、使えませんよね?」


 サイの質問に姫様はほおに手を当てながら答えた。


「ええ、そうね。普通は使えないわ。でも、私は特別なの。この世界に住まうものでありながら、不死身の肉体、不滅の精神、不老の身体。異界の旅人さんと同じ存在というわけね」

「それは……どういうことですか?」

「うーん、いま言ったとおりなんだけど。この世界にはね、私みたいな人も何人かいるのよ。神が認めた勇者や職人がね」


 神が認めた人か……。

 なんだか壮大な話が出てきた。


「私はそんな人のひとり、神級調薬師のフィリアよ。……ああ、普段は姫様って呼んでちょうだいね?」

「……神級調薬師って、そんなすごい人がファストグロウにいるの……?」

「うふふ。異界の旅人さんには驚くことよね? でも私はこの街にいるわ。普段は結界の中にひっそりと隠れ住んでいるけどね?」


 やっぱりこの塔の周りも結界……特殊エリアに囲まれていたのか。

 近づいたときから人の気配がなくなったものな。


「……さて、私の話はこれくらいにして。オババとオジジから預かってきたものを見せてもらえる? ファストグロウが騒がしいと私も気が気じゃないの」

「あ、はい。これです」

「オジジからは……前言っていた薬草ね。これはあとで処理しましょ。オババからが本命。なになに……オジジ、余計なことをしたわねぇ」


 手紙の内容を読んでの一言がこれだ。

 オジジという人はよっぽどのことをしたんだろう。


「それにしても、異界の旅人さんにとって【調合】スキルってそんなに大事なの? 【錬金術】スキルがあれば薬には困らないでしょう?」

「えっと、それはですね……」


 サイがこれまでの経緯を簡単に説明する。

 説明を受けた姫様は……なんだかあきれ顔だな。


「……異界の旅人さんって利己的というか短絡的というか。そんな簡単なものでもないのにねぇ?」

「私もそう思います。知人に生産スキルを極めようとしている人がいますから。でも、その苦労を知らない人にとってはおいしそうな果実なんでしょうね」

「……はぁ。なんてくだらないのかしら。……ああ、あなたたちも異界の旅人さんだったわね。気を悪くしたかしら?」

「いえ、くだらないと思っているのは俺も同じですので」

「私もです。こんなバカ騒ぎ、さっさと終わらせたいと思ってます」

「……やっぱり、異界の人もこっちの人と同じく悪人も善人もいるのね。わかったわ、微力ながら力を貸しましょう」


 どうやら、姫様も力を貸してくれるようだ。

 これで、この騒ぎもなんとかなるのかな?


「でも、私たちにできるのは、調合ギルドの門戸を開くことだけ。あとは異界の旅人さんたち次第ですよ?」

「そっちはなんとか手を打ってみます。ご協力、よろしくお願いしますね」

「ええ、わかっていますよ。それでは、あなた方はオババのところに報告に戻ってください。私もすぐに行きますので」

「わかりました。よろしくお願いします」


 お茶を飲み干した俺たちは早速行動を開始する。

 ……と言っても、俺とサイは帰るだけなのだが。


「……ああ、そうそう。いざとなったら、暴れている旅人さんには私がお仕置きしますから無理をしないでくださいね?」


 門を出ようとしたところにそんな声がかけられる。

 振り向いてその真意を尋ねようとしたが、姫様の姿はなかった。


「……どういう意味だと思う、サイ」

「言葉どおりの意味でしょうね。最悪、ファストグロウを出禁になるわよ?」

「おーこわ。ともかく、俺たちはオババのところに帰ろう」

「そうしましょう。はい、抱っこ」

「了解。しっかり捕まってろよ」


 姫様の塔から再び飛び上がり目指すはオババの薬屋。

 あっちも騒ぎに巻き込まれてなければいいんだけど……。

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