35.【調合】大騒動
「あ、フィート。ようやくきたんだ。……うん、新装備似合ってるよ」
「それはどうも。それで、一体なにが起こってるんだ? 空から見た限り、街が騒がしかったが……」
「空から来たの?」
「ああ。サーディスクからずっと滑空で空を飛んできたぞ」
俺のセリフにサイは呆れた表情を浮かべる。
それに対して、オババは愉快げに笑っていた。
「ひっひっひ。それはいい判断だね。いまのファストグロウは神代の冒険者が暴れ回ってる状態だからねぇ」
「暴れ回ってるって……」
「もちろん、本当に暴れているわけじゃないさ。ただ、そう表現するのがもっとも正しいんだよ」
「そうなんですか……。サイ、お前は事情を知ってるのか?」
「うん、バッチリ知ってるよ。まずはこれを見て」
サイに見せられたのはこのゲームの公式掲示板。
運営が管理している掲示板サイトだ。
サイが表示させたのは、その中にある『攻略掲示板』だった。
「攻略掲示板ねぇ。ファストグロウとはほど遠いと思うんだが」
「私もそう思っていたよ。でもね、この書き込みを見てよ」
サイが指さしたのはとある書き込み。
匿名利用ができる掲示板において、プレイヤーネームを表示させての書き込みだった。
プレイヤーネームは……空色マーチか。
「この空色マーチとやらがなにをやらかしたんだ?」
「こいつの発言を追っていけばわかるわよ」
サイのいうとおり、画面をスクロールしながら発言を追っていく。
最初は、新たに発見した【調合】スキルをほかのプレイヤーにも教える、と豪語していた。
だが、時間が経つにつれ……と言うか十分ちょっとでスキルを教えるのを打ちきると言い出した。
なんでも、このプレイヤーにスキルを教えていたNPC……住人が無節操に冒険者を連れてくる空色マーチに大激怒。
空色マーチを破門にしたため、これ以上スキルを教えることができなくなったというのだ。
「……なんというか、バカだなあ」
「まあ、その辺の意見は置いておきましょう。問題はその続きよ」
空色マーチが破門されたことで、【調合】スキルを教えてくれる
それでおしまい、となればよかったのだが、そうはいかなかったのが掲示板の者たち。
今度は空色マーチを探して、【調合】スキルを教わろうとし始めたのだ。
「……プレイヤーからスキルって教われるのか?」
「不可能じゃないわよ。ただし、教えるプレイヤー側のスキルが一定以上になってないとダメだけど」
「それって掲示板の連中は知らないのか?」
「当然知っているでしょうね。知っていてなお追いかけ回しているっぽいのよ」
「なんともよくわからない話なんだけど」
「要するに、スキルを教えられるようになったら自分に教えろって言う予約を取り付けたい連中ってわけね」
なるほどなぁ。
それで、躍起になって探し回っているのか。
「でも、そんなこと可能なのか?」
「不可能に決まっているでしょ? 相手が初心者だっていうことははじめの掲示板でのやりとりで大体想像がつくから、脅せばなんとかなるって思ってるんでしょうよ」
「……なんともだな」
「ちなみに、普通にGM案件ね」
自分で蒔いた種とはいえ、空色マーチとやらはご愁傷様だ。
でもだ、この書き込みって昨日の深夜だよな?
「空色マーチってまだログインしているのか?」
「さあ? それもわからないから、しらみつぶしに探し回ってるのよ」
「はた迷惑な連中だな」
「まったくよ。おかげで住人のお店とかが使えなくなってるわ」
住人のお店か。
それって初心者には一大事じゃないんだろうか。
「結構大事?」
「とても大事。下手すると、ファストグロウで神代の冒険者は住人の商店を使えなくなるかも」
「……それは困ったな」
これは本格的に一大事らしい。
ただ、根本的な問題として一部のスキルを教えてもらえなくなったことであって……。
さて、どうすればいい?
「……大分困っているようさね」
「あ、オババ。ごめんなさいね、蚊帳の外に置いちゃって」
「かまわないさ。私にとっても大事だと思うからねぇ」
「すまないな、オババ。同胞が迷惑をかけて」
「……まあ、それについては否定しないよ。ただ、迷惑をかけている同胞っていうのは、あんたの知り合いかい?」
知り合い……知り合いか。
「多分、知り合いはいないな。そもそも、交友関係が狭いのもあるけど」
「そういうことなら、そこまで深刻に考えることもないんじゃないかね? 冒険者の問題は全体の問題でもあるが、あんた個人が解決しなくちゃいけない問題でもないだろう?」
「……まあ、それもそうなんですけど」
オババの言うとおり、俺が解決策を示さなくちゃいけない問題でもない。
そもそも、不特定多数の無関係な同胞に迷惑をかけられているんだから怒ってもいい場面か?
「……というか、なんでそんなに【調合】スキルがほしいんだい? そんな便利なスキルでもないよ?」
「あー、それね。オババのお店で高品質ポーションを卸しているよね。それが【調合】スキルで作られているんじゃないかって話になってて」
「その推測は正しいけど、あれは【上級調薬術】までスキルを進化させて初めて作れるものさね。初心者に作れるものは、普通の初心者ポーションや無印ポーションだよ?」
「……うーん、なんて言えばいいのかな?
「なるほどねぇ。ポーションを作るだけなら、【錬金】系統の方がはるかに楽なんだがね。コスト的にも手間暇的にも」
「そこをわかってないのが神代の冒険者なんですよ」
「……救えない連中もいたもんだ」
オババじゃないけど、この手のゲームの中には最短で最強になろうとする連中が確実にいるからな。
そういう連中にとっては、未発見スキルというのはおいしい餌だったのかもしれない。
「……はぁ。困ったものだねぇ。なにをするにせよ、この騒ぎを沈静化しないと先に進まないかね」
「そんな気はします。オババにはなにかいい知恵がありますか?」
「【調合】を覚えたいんだろう? だったら、調合ギルドで勉強すればいいのさ」
「調合ギルド?」
「そんなところあったの!?」
サイも驚いてるってことは一般には知られていない情報なのだろう。
さて、そんな組織、いつからできたんだろうね?
「最近まで資金繰りが苦しくて規模を縮小させてたからねぇ。ついこの間、融資を受けられて大規模な生徒募集を再開できるようになったんだよ」
「……サイ、つまり?」
「……この間のアップデートで解禁されたってことじゃないかな?」
「まあ、冒険者の受け入れには慎重になってたはずだけど。この様子だと、冒険者も受け入れてもらうしかないね」
「それはつまり、調合ギルドでお願いしてこいと?」
「いや、それは私の方からお願いしよう。ただ、私ひとりじゃ難しいのさ。この騒ぎの元凶となった東のオジジ、それから私の師匠である北の姫様にも出張ってもらうしかないかね」
「……東のオジジに北の姫様ですか?」
「ああ。普段はどちらも冒険者に会わないようにしている。私が紹介状を書くからちょっと待っていな」
オババは小部屋を出て行き、部屋の中には俺とサイのふたりきりになる。
俺もサイも話が大きくなりすぎていて困惑気味だ。
「……これって一個人が受けていいクエストなのか?」
「NPC好感度が高かったと思って諦めるしかないんじゃない?」
「責任重大だなぁ」
「オババが紹介状をくれるっていうし、大丈夫だって」
「だといいが」
不安に押しつぶされそうになりながらも、待つこと数分。
オババが二通の封筒を持って戻ってきた。
「待たせたね。こっちの緑色の便せんがオジジ宛て。白い便せんが姫様宛だ。よろしく頼むよ」
「わかりました。責任重大ですががんばります」
「そんなに緊張しなくても大丈夫さ。ダメだったら、私が直接乗り込むだけだからさ」
それはそれで恐い気もするが……。
とにかく、
しっかり務めは果たそう。
「それじゃあ、行ってきます」
「あ、フィート。私も一緒に行くよ」
「そうかい。ふたりとも気をつけてな」
オババの店を出たらサイを抱きかかえて空に飛び上がる。
ミニマップに目的地が表示されているので、とても移動しやすい。
「うーん、空の景色はいいね。それじゃ、フィート、ちゃっちゃと済ませちゃおう」
「ああ、そうだな。この騒ぎを鎮めるためにも急ごう」
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