32.彼女の事情
フィートは今日はもう落ちるらしく、とりあえずホームポータルまでいくそうだ。
装備の受け取りもあるからファストグロウには戻らないらしいけどね。
ハイジャンプで飛び上がり、滑空で飛び去っていく姿を見送ったら私は再びブリュレのお店へと入った。
「あら、サイちゃん、どうかした? 忘れ物?」
「忘れ物というか、なんというか。とりあえず、フィートの装備にこの素材を使える?」
私が手渡したのは幽玄の森のボスから取れるレアドロップアイテム。
防具の作成時に使うと、闇属性の防御効果を得られる優れものだ。
……まあ、効果はあんまり高くないんだけどね。
「あら、闇色の眼じゃないの。フィート君から預かったのかしら?」
「フィートからの預かり物じゃないよ。私のインベントリの肥やし」
「……なるほどね。サイちゃんにはもう必要のないものだものね」
「昔は乱獲したからなぁ……。インベントリを確認したらゴロゴロ出てきたよ」
「そう、それじゃあ五つ使わせてもらうわね。できれば対になる光属性の素材もなにかほしいんだけど……」
「あ、これならどう? 光玉の欠片」
光玉の欠片は闇色の眼の反対に光属性を付与してくれるもの。
こちらもとあるボス素材なのだが……ゴロゴロ眠ってたんだよね。
「いいんじゃないかしら。光玉の欠片の方がレア度が高い分、強めになっちゃうけど問題ないわね」
「うんうん。光と闇、両方の属性があれば魔法耐性は完璧だね」
{このふたり、初心者の装備に自重しなさすぎである}
{つか、初心者装備にドラゴンレザーとかありえんわ}
{初見素材を惜しげもなく突っ込まれる初心者装備}
{彼氏さん、防御だけなら一線級にならね?}
{HPや素の耐久が低いから打たれ弱いだろうが、下手したら防具の性能は最前線以上になるぞ}
{初心者の定義が揺らぐ}
うんうん、コメントもいい感じに盛り上がってる。
……というか、強くしすぎちゃったかな?
「でも、ブリュレ。本当によかったの? フィートの装備だけじゃなく私の装備まで素材持ち込みの技術料なしで」
「かまわないわよ。むしろ、こちらからお願いしてでも作らせてもらいたいくらいね。会員証ももらったし」
「……そんなにおいしいの、今回の生産」
「私の憶測だけど、熟練度が一万は上がるわよ」
{ヒェッ}
{熟練度一万とか笑う}
{無印生産スキルならいきなりカンストじゃないですかw}
{でも、それだけ難しい生産なんでしょ?}
コメントの方でも生産難易度についての質問が出ていたので聞いてみた。
すると。
「難しいなんてものじゃないわ。素材を扱うだけで【中級裁縫術】のスキルが必要になるなんて前代未聞よ? マギスパイダーシルクの通常品が【初級裁縫術】の熟練度二万からだったことを考えれば、非常に難しい生産になるわね」
{作るだけで中級ってw}
{中級スキル持ってる生産職っていまどれくらいよ?}
{先月末の運営発表で三十人未満だった}
{あのお店入れても生産できないんじゃ仕方がないですね}
「あと、トレード不可属性もあったわね。生産依頼はアイテム一時貸与になるから大丈夫だけど」
{つまりサイちゃんに代理で買ってもらっててのも難しいんだ}
{でも完成品はトレードできるんじゃね?}
{このゲームでそんな甘い仕様があると思うか?}
{きっと完成品も依頼人専用アイテムに化けるはず}
うわー、コメントじゃないけどすごいなぁ。
ブリュレに装備生産を依頼していて正解だったよ。
半端な職人じゃ意味がなかったものね。
「それにしても、サイちゃん。彼氏さんにもう少し優しくしてあげたら?」
「ほ?」
{それな}
{サイちゃんは彼氏さんを谷に突き落としすぎ}
{初日:ジャイキリ、二日目:いつの間にか精霊の森クリア、三日目:幽玄の森クリア}
{二日目は彼氏さんが勝手にやったとしても初日と三日目はひでぇ}
{ジャイキリは確かにレベル低いうちにとった方が楽だけど、一回目のレベリセ後でも十分に取れる}
{てーか、今日の幽玄の森が一番きついっしょ}
{物理攻撃が通用するアイテム使ってたみたいだけど、それでも普通勝てないぜ?}
ああ、コメントも完全に敵だこりゃ。
いやー、参ったね。
「うーん、なんていえばいいのかな」
「……一応、考えはあるのね?」
「もっちろん。フィートってね、VR適性がものすごく高いのよ」
これがフィートの強みだ。
VR適性が高ければ、この手のゲームにありがちな『ステータス』の概念以上の行動が可能になる。
むしろ、『ステータス』の低さが災いして動きが遅く感じるほどらしい。
「それでね。多少無茶してでも、レベルを上げれば早く強くなれるかなと思って」
「なるほどねぇ。……建前はわかったわ。本音のところは?」
「えーと……早くフィートと一緒に冒険したいなって」
{サイちゃんの純情}
{サイちゃん乙女}
{あのサイちゃんがまともに女の子してる!}
{槍もって突っ込んでハンマーで撲殺してたサイちゃんが!}
{笑いながらモンスターを倒していたサイちゃんが!}
「ちょっと、コメント!」
「……いや、コメントの方が正しいでしょ?」
ブリュレもひどい!
私だって、フィートと遊びたくてこのゲームをプレゼントしたんだからね!
そのことを教えたら……。
「わざわざ初回ロットを押さえておいて、遊べるようになるまで待つなんてねぇ……」
{本当にサイちゃんが純情だった}
{でも、サイちゃんやり過ぎ感がぱない}
{サイちゃん、彼氏さんにもう少し優しくしてあげて?}
{そうしないと嫌われちゃうかもよ?}
がーん!
それは考えてなかった!
「……まあ、幽玄の森のボスまで倒せるんだったら、百獣の平原は大丈夫でしょう。奥地に行かない限り」
「だよね、だよね。明日には装備も更新されるし、大丈夫だよね?」
「そうねぇ……というか、いま考えている防具を作ったら、この辺のザコモンスターからダメージ受けるのかしら?」
「……そんなに強い防具ができるの?」
「……正直、三百万で買えるとは思えない素材が集まっていたからね。作ってて楽しいけど、いろいろ疑問に思うわ」
それほどかー。
いや、このことは忘れよう。
{彼氏さんの新装備ってどんな感じになるんです?}
{またウェスタンスタイル?}
{いや、軍服だろ?}
{サバイバルベストとかもあり}
「それね。上着はフード付きジャケット、下半身はカーゴパンツ、頭はバンダナ、足はブーツ、腕はグローブになったわ」
{……わりとカジュアル?}
{普通にカジュアルルック}
{でもファンタジーでカジュアルって逆に目立つ気が}
「本人、あまりファンタジー衣装が得意でないらしいのよ。だからこのチョイスになったようね。色も抑えめにしてくれって言われてるわ」
「なるほどー。なんとなくわかった。ブリュレ、お願いね」
「任されたわ。あなたのドレスアーマー一式も四日後までには作るから待っててちょうだい」
「了解。じゃあ、のんびり待ってるね!」
別れの挨拶をしたら、街に繰り出してログアウト前の満腹度調整。
これを忘れると、あとで痛い眼を見るからね。
{で、サイちゃん、明日は彼氏さんをどこに連れて行く気?}
{めっちゃ気になる}
{フォートレイに行く気なはいよね?}
「さすがにフォートレイはないよ。普通に百獣の平原でレベル上げかな?」
{なんだか安心した!}
{彼氏さんが安泰なのを聞いて安堵するサイちゃんファン}
{むしろサイちゃんよりも彼氏さんの心配してるからな}
「えー、そんな無茶はさせてないよー?」
{幽玄の森}
{幽玄の森}
{幽玄の森はひどかった}
{なにかイベントだったみたいだがせめて手伝えといいたい}
くっ、コメントの方が正論を言っている……!
でも私は思うんだ!
「ほら、かわいい子には旅をさせよっていうじゃない!」
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