第5話 眠りすぎたらものすごくお腹が空きました。

 ぱち。

 と音がしそうなくらいに目が開いた時には外がすっかり明るく……


「ダリヤさん!?」


 義母の声が聞こえました。何ですって何ですって、と母の声までしています。どうしたというのでしょう。


「おかあ様方…… おはようございます。どうしました?」

「どうしたもこうしたもないよ! ええ! お前一体何日眠っていたかわかっているのかい!」


 母の目尻に涙が見られます。ともかく私は起き出して着替えなくては…… と立とうとした時です。

 ふらふら、とその場に崩れ落ちてしまいました。まるで力が入りません。


「……お腹空いたわ……」


 知らず、そうつぶやいていました。


「そりゃそうだわ…… 五日眠っていたのよ、あなた」


 義母はため息をつきながらそう言いました。何ですって。五日?


「ともかくイリヤを呼んでくるわ。心配ない、なんてあの子ったら……」


 そう言って義母は天幕を出ていき、その場には母と私だけが残されました。母は義母以上に深いため息をついて私の前に座り込みました。


「五日も…… 私、寝てたの?」

「ええそうですよ。三日前にイリヤが言ってきたんですがね。大丈夫だとは思うけど時々様子を見てほしい、って言って」

「大丈夫、って彼が言ったの」

「ええ! それで様子を見てたらまったくあなた目覚めないじゃないの。これは病気に違いない、と族長に医者の手配をお願いしに行こうとしても、大丈夫の一点張りで」

「お母様」

「なあに」

「彼の言うことは間違ってないわ。私は本当に大丈夫。ただ、……とってもお腹が空いてるの。どうしよう」

「この子ったら!」


 母はあきれつつも、何か食べ物を用意する、と言って出ていきました。

 本当に身体に蓄えていた血肉が全て使い果たされてしまってからっからになっているかのようなのです。ともかく何か! 食べて力を! 身体が叫んでいます。

 自分で取りに行けないくらいなのが惜しいくらいです。


「ダリヤ、起きたんだ」

「ええ」


 彼はそう言うと、私の前に座り込みました。


「どういう感じ?」


 心配した、でもなく大丈夫? でもありません。


「私」


 まだしっかり考えるだけの力が戻ってきてしません。早く、何か食べ物を!

 でもこれだけは彼に最初に言った方がいいと思います。 


「子供ができたわ」

「だろうね」


 思わず私は彼の頬を張り倒そうとしました。たとえ届かずにへろへろ、と前に崩れ落ちたとしても! 


「そりゃあなたがわかってたってことはわかるのよ! だけど? さすがにその言い方はないと思わない!?」

「ごめん」


 彼は素直に頭を下げました。


「ダリヤが長い眠りについてしまったから、二つの可能性を考えたんだ」

「待って」


 私は彼を止めました。


「……今色々長々と説明されても私の頭が働かないの。何かまずは呑ませて食べさせて……」


 本当にふらふらでもう一度ひっくり返りそうなのです。



 やがておかあ様方が戻ってきて、大きな盆にいろいろ載せてきました。そしてポットいっぱいの山羊の乳。

 羊は毛と肉のために大量に飼っていますが、山羊は主に乳を絞るために。

 子供を産んでも乳が出ない母親は、山羊の乳をあげます。羊より馬より、ずっと子供の吸い付きが良いのです。

 馬の乳はむしろ発酵させて酒にします。使い道が違うのです。

 普段も乳茶の材料にしますが、病人にはそのままを呑ませるのが普通です。


「イリヤがこういうのでいい、って言ったけど、本当に大丈夫?」


 そして盆の上には、とても病人向けではないものがたんと置かれてました。軽く温めたパンやら、焼いた肉やら。


「どう?」


 そこでイリヤと来たら、私に聞くのです。私の答えは一つです。


「食べたい!」


 それからというもの、おかあ様方があきれる様な勢いで私はパンと肉と山羊の乳を交互に口にしていきました。はしたない、と言う目があっても気にしません。それどころではないのです。

 ああおいしい。

 一噛み一呑みするごと、私は感動していました。

 食べものをこんなおいしく感じたことは初めてです。空腹は最良の香辛料、と言われていますが、全くもってその通りです。

 盆とポットがすっかり空になってしまったのは言うまでもありません。

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