第六節~長期化で爆笑~
月界の守護結界もシャンバラの守護結界も、やわな守りではない。暦にとって、すべてが異常な速さで進んでいた。
「サタンはきっと、何らかの方法で魔力を極限まで高めている。そうでなければこの侵攻の速さは説明がつかないもの」
「ねえお母さん、どうするの」
入里夜が心配そうに暦をみあげたとき、彼女は上空を見あげてなにかを考えている。
「……っ、加勢するべきか先に行くべきか」
暦は判断に迷っていた。
外で死闘を続けるサタンとケルトは、もはや何度めかもわからぬ激突のすえ、距離をとって依然対峙している。
「サタン、おぬし魔力を消費しているにしては強いな」
ケルトの評価をサタンは甘んじて受け、不敵な笑みで応じた。
「ふん、よもやきさまに褒められるとは。だがこれは、
「……魔界への侵攻だと?」
ケルトの口調が問いただすかのように変化する。サタンの表情が狂気の笑みでみたされた。
「そうだ。俺たちは数千年前、きさまらに月を追いだされたあと魔界を攻めたのだ。魔法使いどもの力を奪うためにな」
「………」
ケルトは無言ながら、険しい表情でサタンの言葉を聞いている。だが魔界攻略のさい、多くの命が残酷な死を迎えたと語られたとき、天使の両眼に激しい怒りの灼熱が輝いた。
「きさま、己らの力のために、罪なき多くの命を殺しつくしたと申すか!」
「そうだ。そこで得られた膨大な魔術や魔力は有益だったぞ。そして時間をかけわれらの魔力との中和に成功した。今回の侵攻の速さもわが力も、長年をかけた研究の成果というわけだ」
「だまれ、下郎が!」
ケルトが空を蹴り、目に見えぬはやさで斬りかかった。サタンが魔剣で受けると、空間を引き裂くような金属音が空気を揺さぶり、火花と衝撃波が生み出される。
「うぬ! きさまもなかなかやりおるわ。魔力を高めた俺とごかくとはなあ!」
「きさまのような悪魔、必ずわが一族の名にかけて浄化してくれる! ぬおおおおおお!」
ケルトの身が激しい魔力でもえあがり、彼の速さが格段に上がった。サタンは相手の迫力に少し押されたが、すぐに対応し、ふたたび美しいとすらいえる剣技のやりとりが始まる。
「くっ! なんという奴か! 俺が結界の破壊と『悪魔の滅煌』で魔力を消費したとはいえ、ここまでとは」
サタンの言うとおり、「天才の美少年」とうたわれたケルトも鍛錬を重ねていた。
燃えあがる両者の闘志とともに、戦いはなお激化していく。
このときすでに、サタンが大将軍を討ち果たすまでにかかると踏んだ想定時間を越えていた。
戦っている二人の美男はまったく気づいていないが、彼らの三十メートル下、館の二階からかれらを見つめる者たちがいた。暦と入里夜である。
先ほどまで危機感を覚えていた巫女たちだが、どうやら軍の総帥たちの魅力は、女子二人を引きつけた。
ケルトは言うまでもなく、サタンも敵とはいえ美男子である。彼らが織りなす美しい妙技の数々は、巫女たちの心を奪ってしまったようだ。
世界の危機より眼前の美を優先してしまう巫女たちは、
「お母さん、ケルト大丈夫かな」
いっしゅんの油断が絶命に直結する極限の戦いを見て、入里夜が心配そうに母の顔を見やった。暦はケルトの強さを恐らく誰よりも知っているので、彼の勝利を信じて疑わないがやはり心配を拭いきれるものでもない。
「ケルトなら大丈夫だと思うけれど、応援してあげましょう」
暦は決心したような顔で言うと、窓に魔方陣を宿した右手を当てた。
「わが身に宿りし月の力よ、われらに道を作りたまえ」
彼女がそう言って指を鳴らすと、窓が半分に分かれて上下に開く。
「わあっ! お母さんすごい」
「えっ? そうかしら」
入里夜の瞳がきらりと輝きを放った。
暦が「
巫女たちは慌てて長い髪を押さえ、頭上で戦うケルトに出せる全力で声援を送る。
「「ケルト、頑張れーっ!」」
渾身の声援は、時を同じくして激突した二色の光線による爆発音でかき消されていたが……。
二人の巫女は戦闘の激しさから心配そうな顔をしたが、それは余計な心配だった。
長期戦と化していた死闘の決着のときは近づいていた。
それまで隙のない攻防を続けていた二人のうち、変化があったのはケルトだった。攻撃を止め、サタンの光線を紙一重で交わし、襲いかかる悪魔の刃にはことごとく空気を薙ぎ払わせる。
攻撃しない代わりに、ケルトは左手の新しい魔方陣に魔力を集め始めた。その俊敏でしなやかな交わしようは、月天山に棲む若い幻狼のようだ。
サタンは敵にまったく攻撃が当たらないが、それでも
「どうした、レインバードよ! 先ほどからよけてばかりとは、わが力にいよいよ臆したか!」
「ほう、この私がおぬしに臆したと? そう思うのならばそれもよかろう。のちに後悔するのはおぬしだ」
「なめきった口を! 憎らしいうえによく動くその目障りな舌と口、やはりこのサタンが切り刻んでくれるわ!」
サタンが飛ばした言葉の毒矢を、ケルトは不敵な笑みではじいた。
数分後、下から戦いを眺めていた巫女たちはサタンの変化に気がつき、吹き出しそうになっていた。
サタンは短気な性格らしく、はじめこそケルトを罵って、いやらしい笑みを彼に向けていたのだが、次第にそうしていられなくなったようだ。
あまりにも攻撃が当たらず綺麗に交わされるので、彼の中で怒りがほかのどの感情よりも強くなってきたのだった。
「きさま、いい加減にせぬか! ちょこまかと虫のように逃げまわりおって。うっとうしいぞ!」
サタンは怒気を爆発させ、手を激しく開閉させながら光線を放ち続けた。攻撃が当たらない怒りで両方の目をぐいっと吊りあげ、必死に攻撃をくりかえす。
その様子を下から見あげていた暦と入里夜には、妙な想像力があるらしい。
彼女たちには、サタンのことが逃げ回る昆虫を必死に追いかけ回す幼い子どもに見えてきたのである。
……なにあれ。だ、だめ! こんな状況でさすがに笑っちゃだめよ! 入里夜は自分に言い聞かせた。
「おのれえ、きさまあ! いい加減に止まらぬかあ!」
「――っ!」
もう、だめ――。ついに彼女の防波堤は、笑いの大波に押し流された。
しかし。
「ぶふっ!」
先に吹きだしたのは暦のほうだったのだ。
……えっ? お母さんが――吹いた? お母さんも我慢していたの? そんなことを考えてしまったらもうだめだ。
「ふふっ! あはははははっ! おなか痛いよお、あはははは」
「ふひひひひっ! ひい、ひい、入里夜ってば笑ったら失礼よ。サタンだって一応ほんきで戦って……きゃはははははは、息ができないってばあ!」
巫女たちは戦いのさなか、腹を抱えて笑い転げていた。
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