第4話「結菜さん、殿をよろしく」
どたどたと幸村さん配下の者がやって来た。
「申し上げます」
「どうした」
「その、また、怪物が――」
今度は信じられないほどの巨大な蜘蛛だと言う。
おれと幸村さん、安兵衛と佐助は急いで騒ぎが起こっているという広間に駆けつけた。
確かにこれは蜘蛛だろう。ただでかすぎて、取り囲みその巨体を見上げている侍たちが子供のように見える。さすがの広間も狭く感じるほどだ。
「嘘だろう」
広間のほぼ半分を占める不気味な蜘蛛が、毒々しい赤い目玉をギラギラと光らせている。
「この毒蜘蛛はタリンジャーです」
また後からやって来た結菜さんが言った。
「はあっ、またまた何でそんな気の抜けるような名前なの」
全く、力が全部抜けてしまうではないか。
「まさかこいつも甘党なんて言うんじゃないだろうね」
「気を付けて。このラスボスに噛まれたらアウトです」
「ラスボス!」
早くも出て来たのか。
「安兵衛うかつに近寄るなよ」
「分かりました」
安兵衛は刀を抜き身構えている。
おれはスタンガンを手に持ち様子を伺っていた。
「トキ、また奴の隙を狙うからな」
「分かりました」
チャンスはすぐやって来た。タリンジャーが横の侍に気をとられているタイミングを狙い、
「いまだ、トキ」
「はい」
おれは蜘蛛の下に潜り込むとスタンガンを突き上げた――
だが、
「なに!」
腕がしびれ、何が起こったのか分からず、おれは辺りを見た。
「しまった」
蜘蛛の足の一振りで、スタンガンがすっ飛んでしまった。
こいつはスタンガンを危険視しているんじゃないか。そうとしか思えない仕草でスタンガンは払いのけられた。しかもその速さが並みではない。
「殿!」
佐助と安兵衛がもぐりこんで来た。
「イエーー」
安兵衛が気合と共に蜘蛛の足を一本切り落とす、
「ギッギッギッギッーー」
「早く」
佐助がおれを引き起こそうとするのだが、なぜか身体が動かない。
「くそ」
見ると巨大な蜘蛛の足がおれを抑えつけているのだ。
――やばい――
「がっ」
おれが唸り声を出すのと、トキが三人を助けてくれたのとは同時だった。
だが、
「スタンガンが」
「殿、はい」
トキの手にスタンガンが握られている。
そして、すぐ言って来た。
「この物たちを封じ込めるのは、ただ倒すだけではダメなようね。きりがないわ」
「じゃあ、どうしたら?」
「それは……、私がこの星に居てはダメなの」
トキは永遠にこの星を去ると言う。それしかトキが居る事で出現している、仮想空間とリアル空間とのトンネルを閉める手立ては無いと言うのだ。
「私があの蜘蛛の注意を引くから、その間にスタンガンで攻撃して」
「分かった」
「それから、……殿」
「えっ?」
「今度こそ、本当にお別れよ」
トキが始めておれの手を握り、言って来た。
「ごめんね」
「ごめんなんて、そんな事……」
トキは結菜さんを見ると、
「結菜さん、殿をよろしく」
結菜さんはこっくりとうなずいた。
「じゃあ、いくわよ」
「よし!」
次の瞬間おれは巨大な怪物の真下に居た。だが蜘蛛は注意が他に行っているのか無防備だ。
「やろう、くらえ!」
おれはスタンガンを黒々とした胸に向かって突き上げ、
「ギッギッギッギッーー」
周囲に見える全ての物がゆがんだ――
おれと結菜さんは現代に戻っていた。
「トキ……」
もうトキの気配は何処にもなかった。
毎日のように来ている近所の公園では、うぐいすが盛んに鳴いている。
「殿」
「あの、傍に他人がいる時その呼び方は止めようよ」
「ええっ、何故ですか。いいじゃないですか」
「いや……」
結局結菜さんは何時でも何処でも、おれを殿と呼び続けることになる。
「殿、ちょっとおなかが空いてきませんか?」
「そうだな、帰って食事にしよう」
キッチンに立った結菜さんの得意料理は目玉焼きだ。
だから我が家では、目玉焼きとカレーライスが日替わりで交互に食卓を飾るのだった。
「フリーター戦国時代に行く」後日談 @erawan
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