第5話見ずもあらず 見もせぬ人の 恋しくは
右近の馬場のひをりの日、向ひに立てたりける車の下簾より、女の顔のほのかに見えければ、よむでつかはしける
※右近の馬場のひをり:天平年間、聖武天皇の時代から続く騎射走馬の行事で、右近の馬場(右近衛府の馬術の練習場)は五月六日に行われた。
「ひをり」は古来語義未詳。
いずれにせよ、見物人が押しかけるほどの、人気のある行事だった。
在原業平朝臣
見ずもあらず 見もせぬ人の 恋しくは あやなく今日や ながめくらさむ
(巻第十二恋歌二476)
かへし
知る知らぬ 何かあやなく 分きていはむ 思ひのみこそ しるべなりけれ
(巻第十二恋歌二477)
右近の馬場のひをりの日に、向かい側に立ててあった車の下簾から、女の顔がほのかに見えたので、歌を詠んで遣わした。
はっきりと見えたわけでもなく、とうとう見えなかった人が恋しいなど、そんなあやふやな思いのまま、今日一日何もできずに眺め暮らすことになりそうです。
私を知っているとか、知らないとか、どうして無意味な分別のようなことを言われるのでしょうか、そんなことより貴方様の真面目な思いだけが、私への道案内になると思うのですが。
在原業平は、「車の下簾からほのかに見えただけの人」が、よほど美しく見えたのか、恋心を抱いてしまった。
そうなると、恋と歌に生きた業平としては、歌を詠んで贈るしかない。
「しっかりと拝見したとは言えないのですが、それだけに、心が落ち着かずに、何をどうしたらいいのか、悩んで一日何も手につかなくなりそうです」
しかし、歌を贈られた女性は、業平より上手だった。
「そんなあやふやなことを何故、おっしゃられるの?貴方様に真面目なお心があるのなら(浮気で有名な業平様ではありますが)、そのお心が道案内になるのでは」と、少々の皮肉を込めて切り返す。
尚、この業平と女性のやり取りは、伊勢物語九十九段「ひをりの日」にもあり、結局二人は、結ばれることになっている。
※在原業平:天長二年~元慶四年(825~880)。平城天皇皇子阿保親王の子。母は桓武天皇皇女伊都内親王。天長三年、在原姓を賜り、臣籍降下。六歌仙、三十六歌仙。「伊勢物語」の主人公。
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