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それからかなり長い時間が経過したころ、不意にとんとんという音が聞こえてきた。誰かが扉をノックする音だ。
柱時計を見て時間を確認すると、針は八の数字を指していた。しかし時計の八という数字を見ても、窓の外は常に暗闇の閉ざされていたので、僕にはそれが朝の八時なのか、それとも夜の八時なのかの判断をすることはできなかった。
僕が扉に注意を向けていると、がらっという音がして扉が開いた。するとそこから白い服を着た年老いた男が一人、心の部屋の中に入ってきた。その年老いた男と僕の視線は空中でしっかりと重なった。男は僕の姿を見てとても驚いていた。その顔はまるで幽霊かなにかでも目撃したような驚きに満ちた顔だった。男はそれから床の上にあったお皿とミルクの空き瓶を見た。
「猫……。それも、よりによって黒猫とは」と年老いた男は言った。
男の言葉は、僕にはとても失礼な言葉に聞こえたので、僕は男に向かって牙をむき出しにして威嚇をした。すると男も怒ったような顔をして僕のことを見返してきた。
「先生」と男性ではない女性の声が聞こえた。
その声は年老いた男の後ろから聞こえた。見るとそこには昨日僕にミルクをくれた大人の女性が立っていた。名前は秋子さん。しかし、秋子さんが僕を見る目は昨日とはどこか違っていた。昨日は僕を好意的な目で見てくれていた秋子さんが、今日は僕に敵意のようなものを向けていように感じられた。
「ああ、すまない」
年老いた男は秋子さんに急かされるようにして、部屋の中央にある机の脇までやってきた。その上に手に持っていたクリップボードを置き、それからどさっとわざと大きな音を立てて木製の丸椅子に腰掛けた。その間、男と僕の視線は常に重なったままだった。
「ふん!」男は僕を見ながら大きく鼻を鳴らした。
秋子さんは瞳の眠っているベットの脇に移動する。
「瞳ちゃん。起きなさい。診察の時間ですよ」と秋子さんは言った。するとまるでその言葉が瞳が目覚める魔法の合図でもあったかのように、瞳がぱっちりと大きな二つの目を見開いた。
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