〜アマタカ〜【スマホでゲームしていたら、神々のネトゲに参加させられました】

TAMODAN

第1話 スマホでゲームをしていたら、神々のネトゲに参加させられました



「彼にしますか。天野鷹斗あまのたかと。前世では他に敵うものがいなかったほど、凄腕の神の戦士だった男です」


 殺風景な和室の中、巫女服姿の若い女性が、黒塗りのテーブルの上に映し出された、学生服を着た少年を見つめ、厳かにつぶやいた。


 黒塗りのテーブルの表面が歪曲し、映し出された映像の中では、どうやら自室らしい散らかった部屋の中、ベッドの上に寝転がり、鼻歌混じりにスマホを弄っている少年の姿がある。短髪の黒髪で中肉中背、顔つきも特別に端麗というわけでもなく、どこにでもいそうなただの男子高校生といった感じだ。


「しかし翔利野女神トビリノメカミ様、いくらアマタカ殿とはいえ、今は普通の人間。とても神々のゲームに参加できるほどの力は、発揮できますまい」


 テーブルの周りに座した三人の男のうち、最も年老いた風貌をした和服姿の男が、しわくちゃの顔の皺を、さらに深くさせた。


 トビリノメカミと呼ばれた巫女服姿の女性が、首の後ろで一つに束ねられた長い黒髪と、サイドから触角のように垂れ下がった髪とをフワリと揺らし、テーブルの左側の席にいた若武者姿の男を振り向く。


「どう思いますか、龍之牙前リュウゼン。かつては貴方と肩を並べた男です」


 問われたリュウゼンが、カチャリと着込んだ甲冑を鳴らし、胸の前で腕組みをする。


「ただの人数合わせだ。俺は誰でも構わん」


 チラリと一度、テーブルに映る少年に目を向けたあと、物静かな雰囲気を漂わせる細長の目を伏せ、それきり黙りこくってしまった。


 その他の一同が顔を見合わせ、誰からともなく頷き合う。


「どの道、誰が出場しようと、その他の四人の戦士ほどの活躍は、望めないのです。ならば今はただの人間であろうと、彼に託してみる価値はある」


 トビリノメカミがもう一度、テーブルに浮き出た映像の男に目を向けたとき、和室の外の廊下を、誰かが歩いてくる気配があった。


「失礼します。リュウゼン殿、アカナベ殿、試合のお時間です」


 開いた障子の向こうで片膝を着いた若武者が、粛々として頭を下げた。


「では、我々は先に」と、リュウゼンと、アカナベと呼ばれた年老いた和服姿の男が立ち上がり、自分達の主神であるトビリノメカミにペコリとお辞儀をしたのち、落ち着いた足取りで部屋を出て行った。


 残された正面の席に着く初老の男に、トビリノメカミが流れるようにゆっくりと、黒く深い色を湛えた双眸を向ける。


「では……貴方の孫は、私が貰い受けます。構いませんね?」


「ははっ! 我が主神あるじよ。身に余る光栄に存じます」と、男は深々と頭を垂れた。







 俺は死んだかも知れん。


 明かりの一つもない、見渡す限り真っ暗な光景を眺めつつ、そんなふうに思った。


 世の中には夢を見ているとき、それが夢だと気づけないタイプの人間がいる。俺はそのタイプだ。したがってそんな俺が、これは夢じゃないのかと疑えるという時点で、これが夢である可能性も皆無だ。


 足元も、見上げた上空も、右も左も全部が、真っ黒な闇。


 なんかの話で読んだことあるなー。これをあても無く歩いていくと、山道だとか三途の川だとかに、たどり着くのに違いない。どっかに桃も落ちてるのかもなぁ。


 天野鷹斗あまのたかと。享年十六歳。呆気ない人生でございました。お父さん、お母さん、一人息子のわたくしが彼女の一人もできず、童貞のまま死んでゆくことをお許しください。


 ……って、認められるかアホー! なに? なんなのコレ? どこよここ? ていうか俺、どうやって死んだのよ?


 覚えている最後の記憶は……確か、部屋でスマホゲームをしていたことだ。FPSのサバイバルゲームだった。野良でマッチングしたパーティで、明らかに声を作っているネカマと、それにまんまと騙されている下ネタを連発するオッサンがいたのを覚えている。


 それから……ええーっと。うん。覚えているのはそこまでだ。


 その後の記憶がないってことは、おそらくゲーム中に死んだんだろう。


 でも、なぜ? 別に身体が悪かったわけでもないし、突然死する理由が何も思いつかない。


 けれどこの状況……諦めるしか道はなさそうだ。


「あー……せめて死ぬ前に、スマホのサイト閲覧履歴だけでも、削除しとけばよかった〜」


 フォルダーの画像だけは、普段からシークレット登録してあったから、父さんや母さんには分からない操作をしなければ、開くことはできないけれど。ああ……あと、ちょっとエッチなゲームアプリもインストールしてたっけか。あれもヤバいなぁ。


 と、


「削除しなければならない履歴って、普段からどんなサイトを見ているのですか? ……安心してください。貴方は死んでなどいませんよ、天野鷹斗さん?」


 ふと、空から声が降ってきた。ビクッとして上を見上げると、白と赤の巫女服姿の綺麗なお姉さんが、ゆっくりと降りてきて、俺と同じ高さにストンと足をつけた。


 どうやら、地面はちゃんとあるらしい。


 ていうか……真っ暗なはずなのに、お姉さんの姿はハッキリと見える。まるでお姉さん自身が発光しているかのようだ。いや……よく見たら俺もだ。明かりなんて何一つないのに、姿だけは何かに照らされているように、しっかりと見える。なんなんだこの空間。


「なんで俺の名前を? 死んで、ない? ていうことは、まさか……」


 巫女服のお姉さんが、両手を前に組んでニコリと首を傾けた。


「人攫いのお姉さん!? 俺、誘拐されたの!?」


 笑顔で首を傾けた姿勢のまま、ガクッとそのまま片膝から崩れ落ちる。


「ち、違います。いえ、ある意味ではその通りなのですが……

 私の名前は、翔利野女神トビリノメカミ。日本の八百万の神が一柱。天野家の一族の魂を管理する、貴方の主神です」


 立ち直って、乱れた長い黒髪を直しながら、お姉さんが整った黒い双眸を、まっすぐにこちらに向けた。


 なんというか……ヤバいやつに誘拐されたみたいだ。自分のことを神様だなんて、なんて罰当たりなことを。


「ええーっと……ごめんなさい。知らない人と話しちゃいけないって、お母さんが……」


「それは貴方が幼稚園のときの話ですよね?」


「悪い女の人を信用しちゃいけないって、お爺ちゃんの遺言で……」


「私は悪い女の人じゃありません。それにちゃんと、貴方のお爺さんには、許可を貰ってありますよ。

 繁夫さん、説明してあげてください」


 と、お姉さんが俺の背後に視線を向けると、いきなりそこに、それまでにはなかった人の気配が。


 ハッとして振り向くと、


「元気じゃったか、鷹斗。何年ぶりかのう」


 ニコニコと笑う、小学生のときに死に別れた、繁爺ちゃんが立っていた。


「繁爺ちゃん!? 生きてたの!? ん!? やっぱり俺が死んでる!?」


「ハッハッハ。死んではおらんよ。いや、わしは死んどるがな? ここは今年から開催されるようになった神々のゲーム、その待機ルームじゃ」


 ポンポンと俺の頭を叩き、やおらガシッと掴むと、グイッと巫女服姿のお姉さんの方へと首を捻られる。


 うう……相変わらず乱雑な扱いぃ。変わらないなぁ繁爺ちゃん。


「こちらにいらっしゃるのは、我ら一族の主神、トビリノメカミ様じゃ。正真正銘、お前の神様じゃぞ。戦国の世に端を発せられた女神さまでな、生前はそれはもう麗しき姫君で……」


「繁夫さん。細かな話は省略で。もう試合も始まっているのですから。

 それに……生前は、は余計です」


「は、ハハハハ! これは失礼を!」


 俺の背中をバンバン叩きながら、豪快な笑い声を上げる繁爺ちゃん。


 たぁたぁくぅなぁよぉぉ! 加減を知らないんだから繁爺ちゃん! ……てか、


「神々のゲーム? なにそれ、暇を持て余した遊び的な?」


「んむ? おお、暇を持て余したかと聞かれれば……まぁ、中にはそんな神々もいらっしゃるじゃろう。じゃが我らは、そうではないぞ」


 言って繁爺ちゃんが、神様に向かって目配せをした。神様がコクリと頷き、背後を振り向いて手をかざす。


 すると目の前の空間に、三畳ほどはある大きさの、スクリーンが現れた。


 映し出されたのは、荒廃した廃墟のような場所で、異形の怪物と戦う三人の鎧武者の姿。


 すっげぇ、これなんて特撮? 見たことがないほどめっちゃリアルなんですけど。


「映画か何かと思っちゃおらんか? これは映画ではないぞ。現実に、この向こう側で行われておる戦いじゃ」言って、スクリーンの向こう側を指差す。


「戦っているのは、私の眷族である、神の戦士達です。相手はゲーム内に設定された、魂無き魔物達。それと、対戦相手となる別の神の、眷族達です」


「わしらはな鷹斗、神々の世界に横行した不正を正すため、こうして戦っておるのじゃ。今回の戦いは、対戦相手の神に騙され、魂を奪われた人間を、あるべき場所へと帰すための戦いじゃ。まさに正義の戦い! どうじゃ、厨二病の血が騒ぐじゃろう!」ケタケタ笑いながら、俺の背中をバシバシと叩く。


 騒ぎません! だから、叩くのはやめてってば! 絶対背中に紅葉饅頭ができてるよこれ。


「繁夫さん。ここまでで大丈夫です。早く応援に行ってあげてください」


 トビリノメカミがそう言ったとき、スクリーンの隣に、白く輝く扉が出現した。


「おお、そうでしたな。それじゃあ鷹斗や、しっかりと役割を熟すのじゃぞ」


 言って繁爺ちゃんが、出現した扉を開け、中へと入ってゆく。しばらくするとスクリーンで戦っている鎧武者達の中に、同じように鎧を着込んだ爺ちゃんが加わって、異形の怪物達を相手に、炎を纏った刀を振り回して勇ましく戦い始めた。


 うーん。やっぱり夢なんじゃなかろうかこれ。だがしかし、あの爺ちゃんなら、これくらいのことはできて当然な気はするが。


 と、


「サンクチュアリーバトル……聖域戦争と呼ばれる、神々のゲームです。最近とある神から提案されたもので、その用途は、神々の間に横行した不正を、正すことにあります」


 スクリーンの映像を眺めながら、トビリノメカミが厳かな声で語り始めた。


「不正に他の神へと流れてしまった魂、または土地や縄張り、あるいは魂を分け与えた、大事な眷族達……。それらを在るべき場所へと取り戻すための戦い、それがこの聖域戦争なのです」


 スクリーンに映る映像の中で爺ちゃんと、爺ちゃんと同じくらいの歳に見える老武者が、協力して一体の巨大な鬼と戦っている。


 二人掛かりでも、相当に苦戦しているようだ。頑張れ爺ちゃんズ!


「かつてこの国が戦国の世であった頃、私のもとには、数多くの神の戦士が集っていました。しかし神々の間での争い事が禁止され、この国に平穏が訪れてからは、神の戦士は必要がなくなり、一人、また一人と、人間として転生していったのです。当時は名を馳せた私の派閥も、今ではすっかり衰退してしまい、いざこのようにして戦いが始まっても、戦えるだけの力を持った戦士が、ほとんど居なくなってしまっていました」


 あ! 危ない爺ちゃんズ! ほらほら、足元から相手の後ろに回り込んで……そうそう! そこで一気に……ナイっスゥ!


「試合に参加できる人数は。五人。チーム戦です。ですが今の私の派閥には、試合に出場できるほどの猛者は、四人しか数えられなかったのです。

 そこで、かつては神の戦士であった者達の中から、現在は人間として転生している者に、白羽の矢を立てることとなったのです。

 天野鷹斗さん。いえ……天鷹アマタカさん。私が選ぶのは、貴方を置いて他にはありませんでした」


 おお、なんかすっげぇ強そうな若武者もいるなぁ。立ち位置的に、チームリーダーって感じの、細もての兄ちゃんだ。兜に着いてる飾りも、一人だけめっちゃ豪華だし。


「もちろん、人間としての今の貴方には、かつての力は失われてしまっています。ですが私は、信じてみたいのです。貴方ならばきっと………もしもし? 聞いてますか?」


 うわー、草生えるほどつえーわ、あの兄ちゃん。何をどうしたら、槍一本であんなデカい大鬼を両断できるんだ? あれか? 神の力ってやつか? あるいはあの槍、神の力を宿した神槍か何かとか?


「すみませーん。聞こえてますかー? おーい」


「え!? あ、す…すいません、ちょっと試合に夢中になっちゃってました」


 グイグイとほっぺを指で突かれ、ハッと我に返る。見るとトビリノメカミが、白いほっぺを片方ぷぅっと膨らませ、いじけたような目つきで俺の顔を凝視していた。


「……そういうとこ、人間になっても変わらないんですね。もういいです、小難しい話は。どうせ昔と同じで、半分も理解してくれないでしょうから」


「あ、あははは……。え? 昔? それってどういう……」


 トビリノメカミがジッと俺の目を見たあとで、ふうっと小さく息を吐いた。


「機会があれば、お爺ちゃんにでも聞いてください。

 それよりも、単刀直入に申します。貴方はこれから、あの中に加わって、彼らと一緒に戦ってもらいます」言ってトビリノメカミは、ビシッと目の前のスクリーンを指差した。

 

 

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