メイド赤木さんの恋の道

総督琉

メイドの赤木さん

 私の家は代々、とある一族のメイドや執事をしている。

 私には夢があった。歌手になって世界進出するという夢が。

 だがしかし、その夢は代々受け継がれてきたその仕事に邪魔をされ、私はこの一族ーー神楽かぐら家でメイドとして仕えている。

 あー。私は自由に生きられないものだろうか…………。


「赤木。ちょっと来て」


「はい」


 二十畳はあるその部屋の真ん中に置かれている大き白な金テーブルのそばに、清楚に置かれた白金の椅子に、足を組んで紅茶の入ったカップを片手に座った女性。彼女に呼ばれ、私は彼女のそばへと歩み寄る。


「どうされましたか?」


「この紅茶、誰がいれたの?」


「私でございますが、お口に合わなかったでしょうか?」


「ああ、合わなかった。全然美味しくない。こんなまずい紅茶は初めてかな」


 口に含んだ紅茶をカップに戻し、彼女は席を立った。


「赤木。もし次そんなまずい紅茶をいれたら、だから」


 背中を向けられて冷たく放たれたその一言は、私をひどく不快にさせた。


「こんなとこ、辞められたら辞めてやるのに」


「あら。何か言ったかしら?」


 冷徹なその瞳を、彼女は初めて私に向けた。


「はい」


 私は強気で言い返す。

 それに比例し、彼女はさらに強い口調で私に歩み寄ってくる。


「あなた。速く辞職届けを出しなさい」


「はい。解りました」


 と私たちが睨み合い、その後キスをするという展開などには発展せず、水場のないところで燃える火炎はさらにヒートアップしていく。

 とそこへ、一人の男が駆け寄る。


「二人とも落ち着け。ここは冷静にな」


「あなたは少し黙ってなさい」


 止めに来たのは神楽かぐや、つまりは私と喧嘩している女、その夫が私たちの喧嘩を止めに入った。

 だがすぐに神楽かぐやは夫を腕でなぎ払い、私の頬へビンタした。


「出ていきなさい」


 私は黙ってその場を去り、部屋に戻って荷物を全てスーツケースの中へと入れた。メイドの服をポイ捨てし、部屋を思いきり飛び出して家を後にする。

 かぐやの夫、金閣きんかくは、去る私の背中を呼び止める。


「赤木。かぐやはああ言ってるけど、戻ってくれないか」


「私は、帰らない」


「そ、そうか」


 露骨に寂しそうなため息を吐く。


「お金に困ったら俺にいつでも電話してくれ。頑張れよ」


「ああ……」


 さようなら。私の初恋の人。

 私は過去の思い出を振り替えりながら、大通りを悲しげに進む。

 辺りが暗いせいか、私の涙は流しながらスーツケースを地面に転がす。


 いつしか歩き疲れ、狭い路地裏で一人静かに座っていた。


「寂しいよ……。私、寂しいよ……」


 私は普通の女の子だ。強い人間じゃないし、怖いことがあればすぐに脅えて逃げてしまう。嫌なことがあれば腹を立てて物に八つ当たりする。

 そうやって私は生きてきた。そんな私が、一人でいられるはずもないだろ……。


「ねえ。私を、助けて」


「大丈夫、かな?」


 私にそう言葉を放ったのは、子供だった。

 私よりも明らかに年下で、雨も降っていない街の中を、彼は傘を差して歩いていた。その傘を泣いている私を覆うようにして差し、周囲から私が見えないように隠した。


「俺は霧崎麗莵れいとって言います。良かったら、家来ませんか?」


 霧崎という名前はよく耳にする名だ。

 確かそうとう数ある財閥の中でも、屈指の実力をもつ財閥だったっけ。


「私は赤木けい。霧崎財閥でメイドをさせていただけないでしょうか?」


 私は少し、強欲になった。


 ーーそれからそれからーー


「赤木さん。お風呂が沸いているので入ってください。掃除してくれたお礼として、風呂上がりにスイーツでも用意しておきますので」


 麗莵は私にそう言って、スイーツを取りに冷蔵庫がある場所へと向かった。その隙に私は風呂場へと行く。

 やはり財閥の家は相変わらずの豪邸で、風呂が男湯と女湯で分かれていてさらには広くて滝まである。


「恐ろしきかな霧崎財閥」


 一句読み終えたところで、私はゆっくり風呂に浸かる。

 三十分ほど経ち、私は風呂から上がった。そしてメイド服に着替え、いや、今日は私服に着替え、麗莵のもとへと向かった。


「赤木さん。スイーツ、好きなだけ食べてください」


「はい」


 私は用意されていた百以上のスイーツを全て完食し、麗莵にお礼を言った。


「いえいえ。赤木さんのおかげで家はきれいになりましたよ」


「こちらも何かお礼させてください」


「では俺も少しあまえて、買い物に手伝ってくれないかな?」


「買い物?全然オーケーです」


 ーーそれからそれからーー


 ショッピングモールで、私は麗莵とともに歩く。


「赤木さんはさ、何かほしいものとかあるの?」


「ないかな」


「そうなの。じゃあああいうのはほしくないの?」


 麗莵が指差したのは、十カラットはあるであろうダイヤの指輪。

 さすがの私には手も足も出ない代物だ。


「いやいやいや。あんなもの、高すぎて欲しいだなんて思いもしないよ」


「赤木さんはもっと、自分に正直に生きたら。多分赤木さんはずっとメイドとして仕えてきたんだね。でもたまにくらいはさ、こうやってショッピングして、自分の欲しいものを買いな。それに今日は俺の奢りだしな」


「でも……悪いし……」


「だーめ。今日は赤木さんの贅沢の日だよ。だから俺から君へのプレゼントさ」


 麗莵は宝石店へ入って十カラットのダイヤの指輪を買った。値段を見たかったが、あまりの高さに失神してしまいそうだったので、目を閉じて宝石店の外で帰りを待つ。

 人通りが多いな、と思い通る人を一人一人見ていると、隣の店から出てきたばかりの人が私に気づかず電話を大声でしている。


「悟、速く来なさい。今日は旦那に隠れて浮気中だから」


 どうやら悟という男性と浮気をするらしい。にしても、よくそんな会話を大声でできるものだ。

 その女性の顔が気になって見ると、その顔は見たことある顔。


「神楽かぐや……」


 彼女は私に気づかないまま歩み寄ってきた夫ではない相手と楽しげに会話をしながら目の前の高そうなレストランへと入った。

 私は速く帰りたくなり店の中を覗くと、ちょうど店から出てきたばかりの男性に話しかけられた。


「赤木……だよね」


 恐る恐る声をかけてきた男は、私を雇っていた神楽かぐやの夫であった。

 金閣は宝石の入った指輪箱を握っている。


「何か買ったのですか?」


「ああ。実は今日が結婚して三年目なんだ」


「じゃあそれは……」


「ああ。妻へのプレゼントだ」


 無邪気にほくそ笑む金閣の顔を見て、私はかぐやに対して怒りがこみ上げてくる。

 私はかぐやと男が入っていったレストランへと突撃する。


「私の人生なんかどうでもいい。今は自分がどうしたいかだけを考えさせてもらうよ」


 私はレストランへと入り、すぐさまかぐやを見つけてその席へ行く。男を半強制的にどかし、私はかぐやと対面で座る。


「赤木、お前、何しに戻ってきた?」


「神楽かぐや。貴様はどうして他人を思うことができない?どうして貴様は他者を愛し続けることができない?どうして今日が何の日かも忘れてしまっている?」


「何のことだ?」


 かぐやはまるで最初からなかったことのように結婚記念日を忘れ、私を鋭い眼孔で睨んでいる。


「そうか……。貴様の愛はその程度だったのか。ならいいよ。私はお前がこの浮気相手と別れるまで、貴様を殴ることにした」


 私が拳をふりかざすと、そこへいつものようにして金閣が止めに入る。


「もうやめてくれ、二人とも。俺たちはケンカするために出会ったんじゃないだろ。こんなことでケンカなんかしないでくれよ」


「金閣、どうしてお前はーー」


「解っている。かぐやが浮気をしていることくらい知っていた。それでも、俺はかぐやの笑顔を知っている。かぐやの頑張っている姿を知っている。あの時に戻れるのが一番さ。でも時間なんて簡単には戻らない。だから進むしかない。自分がどうしたいか、それをするためだけに」


 どうしてか、私は彼の言葉に続ける言葉を出すことはできなかった。

 きっと、後悔してしまうと思ったから。だから私は、あとは彼女らに託した。どうせこれは彼女らが主役の物語なんだから、脇役の私にはスポットライトなど当たらない。


 私がレストランから去ると、


「お嬢さん」


 一人の子供の声。


「よく頑張ってきた。辛いことも、悲しいことも、よく全部乗り切った。赤木さんはもう立派なメイドだ。だから……」


 麗莵は私の指に指輪を差し込み、


「俺の彼女に、なってくれませんか?」


 子供のくせに……。

 あーあ。私、今まで頑張ってきたよね。たまには、自分に正直に生きてもいいよね。


「霧崎麗莵。私は、あなたが大好きです」

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