情報生命体

高野豆腐

情報生命体

 壇上には、柔和な笑みを浮かべる人の好さそうな若い男が立っている。中肉かつ中背で、取り立てて特徴のない男だ。

 そんな男が、これから近頃話題になっている「悪魔」について話すのだという。

 私の経験則に言わせてもらえば、こういう話をするやつというのは、明らかに金のことしか考えていないやつか、軽薄そうなやつか、頭のおかしいやつのどれかだ。

 しかし、この男はいずれとも違っていた。

 なのに――いや、だからと言うべきか――、私の脳は警鐘を鳴らすかのようにドクドクと脈打ち、心臓の鼓動はかつてないほど高鳴っていた。


「皆さん、こんにちは。江山貴文という者です。本日はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます。本日は、「悪魔」について私から少しばかりお話できることがございますので、お話しさせていただきます。

 日本の田舎のある山奥にいると言われている、俗に悪魔と呼ばれるその存在は、現在の世間を騒がせるホットな話題だそうですから、皆さんが私の話に耳を傾けて何か一つでも情報を得ようとするその姿勢は私にも理解できます。ですが、非常に残念なことに、私からお話できることはほとんどないのです。というのも、私はそれと出会ったことに関する記憶をさっぱり忘れてしまっているのです。

 いえ、これについては大変申し訳ないと思っておりますが、皆さんまだ落胆するには早すぎます。私に記憶はありませんが、私は確かにその悪魔と呼ばれる存在に出会っているのです。

 記憶もないのに何故そんなに自信満々に言えるのか、ですか? はい、それにはこのスマートフォンが関係しております。私が私の仲間と共に日本の田舎の山奥に悪魔を探しに行った時、私はスマートフォンを絶えず離さずにずっと録音しておりました。幸いにも、このスマートフォンも無事に生きて帰ることができたのです。これから、皆さんにこの録音内容を公開致します。

 ああ、初めに言っておきますが、心臓の弱い方、精神的に虚弱な方は事前にこの場から立ち去ってください。この録音データを聞いたことによる、如何なる影響も私には責任を取りかねます。それに同意していただける方のみ残ってください。

 ……よろしいですね? それでは、再生します。」


「録音開始だ」

「よし、じゃあ行こうか」

 二人の男の話し声。そのうちの一つは、目の前でスマートフォンを掲げている江山の声だ。

 ザク、ザク、ザク……。落葉を踏み分け進む足音。それがしばらく続く。

「この辺りは特に何もありませんので、早送りします」

 江山がスマートフォンを操作する。

 音声は飛んで、新しい場面から再開された。

「しかし、まだ見つからないなぁ。悪魔の話はやっぱり作り話だったのかもなぁ」

「かもしれないが、まだ早いだろう。もう少し探してみて、日が暮れかけてもダメなら引き返そうじゃないか」

「ああ、そうだな」

 少し歩いた音がした。

「ん? おい、あれは何だ? あの辺り、木が全くないぞ」

「それだけじゃない。草もないし、……いや、そもそもがおかしい。逆光かと思ったが、太陽は俺達の背後にあるじゃないか。俺達はあの辺りを視認できていない!」

 先ほどまでの吞気な調子から一転して、今や二人の男の声は焦燥と困惑に満ちていた。

「うわあああ! なんだあいつは!? 木が! 木が消えてイ゜」

 江山の裏返るような声の直後、スマートフォンが落ちたらしく音声が乱れた。

 その裏でもう一人の男が何かを叫んでいたらしいが、よく聞き取れなかった。

 そして、その直後。


「qpq-s。xv@q「d。xmべwqりf84l6・s「sqqjdsっし。」


 こレハなンだ? ノイず。チがう。じョウホうカた。のウノシょリノうリョくヲコエた。イじょウナハちョう。

 アクマ。

 ジょうホウセいメイたイ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

情報生命体 高野豆腐 @koyadofu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ