未完の蜜柑と未刊

エリー.ファー

未完の蜜柑と未刊

 文芸部というものがある。

 小説やら詩やら、とにかく日本語の連なりを書いて、それを作品として文化祭で発表したりするのである。

 私は数年前の文芸部が作り出したとある同人誌を読んでいた。

 面白かった。

 普通に面白かったのだ。

 内容は、いわゆる冒険もので、主人公が色々な問題に巻き込まれながらも目的を遂行していくのである。

 この、主人公がかっこいいのだ。

 私はファンになっていた。

 その小説を書いた生徒のファンではない、主人公のファンになっていたのである。

 主人公と自分が登場する夢小説も書いたし、漫画部の友達に頼んで薄い本も書いてもらった。

 私の知る限り、主人公の情報は非常に少なく書き足していかなければならない。当然ながら、そこは私の想像ということになるのである。私に創作の才能がなければこの主人公の人生をそれはそれはつまらないものにしてしまう。

 これはいけないと私は小説をたくさん読んだ。

 そうすれば、面白くなると思っていたのだ。

 非常に甘い考えであった。

 もしも。

 この主人公に恋をしていなければ私は簡単に主人公の追加情報というものを作ることができただろう。

 愛が邪魔をする。

 恋が邪魔をする。

 跳ねまわる心がすべての邪魔をする。

 簡単に主人公に手を付けられなかった。

 ただの夢小説や薄い本なら良かったのだ。

 その作品内ですべては完結する。

 私がしようとしたのは禁じ手。

 設定の追加である。

 どうせ、この物語の作者もこの主人公のことなど覚えていないのだから、別にいいだろうと横柄にも思ったのだ。

 設定の追加は言ってしまえば創作の範疇。

 もし、私好みに作りかえて、かつ完成度も高ければ。

 それを想像するだけで。

 鼻血が出る。

 そして、その血を主人公に笑顔で飲んでもらいたい。

 違う。

 私も知らなかった私の知らないところが一瞬見えた。

 なにこれ、怖い。

 私って。

 こういうので興奮するんだ。

 Mなのかな、Sなのかな。

 でも、主人公がやられてるのを見ると、興奮してくる。

 そうだ。

 エグイ設定を追加しよう。

 たとえば、体中に拷問された火傷の跡があるとか、昔殺し損ねた魔物の怨霊が体の内側にいるとか、子どもの頃に母親に性的関係を迫られてそれ以来女性不信だとか。

 いける。

 これはいける。

 もっとヤバい目にあわせてやりたい。

 泣かせたい。

 苦しませたい。

 強がらせたい。

 可哀そうな設定だけでご飯三杯はいけるし。

 ご飯が三杯あれば、幾らでも可哀そうな設定を思いつけそうな具合である。

 とにかく、気分はマジでハイ。

 私は天才なんじゃなかろうか。

 ここまでくると、自分好みのキャラを作った方が手っ取り早いのだけれど、そうはいかない。何故なら私の心は主人公に奪われているからである。

 もはや、私は私を止められないのだ。

 他の者を推すなどできるわけもない。

 だって、そうではないか。

 私が想像もできなかった推しが生まれていて、それを発見したこともさることながら、もうこの推しには私の血が通っているのである。翻って私は私自身の創作の才能を推しているのである。これは推しを通した自己愛なのである。

 ナルシズムなのである。

 めっちゃ気持ちいのである。

 主人公などなんだっていいのだ。

 私は私が誰を推しているかに酔っているのである。私レベルに推されているとは、なんと素晴らしい主人公なんだ、と心から思っているのである。

 私は夢小説も、薄い本もすべて消し去った。

 これは未完のままがよい。

 誰にも知られぬ未刊がよい。

 

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